聖女魔王、勇者魔王の必殺技を再現する
「ディアマンテぇぇ! 貴様、よぐもやっでぐれだなぁぁ!」
それは巨木のトレントだった。
ただしただのコラプテッドトレントではなく、全身が固い泥で覆われていて葉が一つも付いておらず、目と口らしき穴から大量の泥を常時垂らし続けていた。
どうやらこいつが標的とする土の邪精霊の師団長で、強力な個体のトレントを乗っ取ったのか。汚泥を撒き散らす有り様は汚らわしさよりおぞましさの方が先行した。元の森の牧人の見る影もなく醜悪で、見苦しい。
「叩いで潰しで丸ごど食らっでやるぞぉぉ!」
「げぎゃぎゃぎゃ! 口だげは勇まじいなぁ!」
ディアマンテは両手を敵、マッドトレントとでも呼ぶか、へとかざして指で輪っかを形作ってから力ある言葉を唱えた。
「マッドハイドロポンプ!」
彼女の手から発射されたのは水の奔流。それはまるで流れ落ちる滝が垂直から水平方向になったみたいにマッドトレントへと浴びせかけた。水流を受けてトレントを覆っていた固い泥がもろく剥ぎ取られていく。
後にミカエラに原理を聞いたところ、水と土の合成魔法らしい。通常の水属性魔法ハイドロポンプに砂や砂利を混ぜて破壊力を増しているのだとか。これも水の大精霊から奪い取った技能の賜物らしい。
「な、なんだぁごれはぁぁ! 何故貴様が水の精霊の奇跡をぉぉ!」
「げぎゃぎゃぎゃ! 全では偉大なる魔王ざまのお導きだぁ!」
剥ぎ取られた汚泥は雨で洗い流されていく。マッドトレントは阻止すべく飛びかかろうとするも、その度に水砲を真正面から受けてしまい、全く手も足も出なかった。もがいている間も汚泥どころか樹皮、枝までが千切られていく状況はもはや一方的だった。
とは言え、ディアマンテの方も無事ではない。水の大精霊の力を行使するごとに本体の汚泥が浄化されてしまうようなのだ。限界を超えた場合、自我より手中にした水の大精霊の性質が強く出てしまうかもしれない。
「止めろぉぉその小賢しい真似をぉぉっ!」
マッドトレントは一か八かの捨て身に出てきた。水の噴射を耐え凌ぎながら前進を強行する。あの巨体で腕を一振りすればディアマンテの身体は粉々に砕け散ることだろう。その一撃にかけようとする根性は褒めたものだが、視野が狭すぎないか?
「足元がお留守だぜ!」
俺はコラプテッドエルフの残党を一旦放置してマッドトレントへと肉薄、その足元へと戦鎚を旋回させた。ディアマンテに意識が集中していて奇襲攻撃を仕掛ける俺に全く気づかなかったようで、敵が足にしていた根っこの大半がちぎれ飛ぶ。
「こっちも隙だらけだよ!」
ほぼ同時にイレーネもまた魔王剣で片方の腕を、聖王剣でもう片方の腕を切り飛ばした。手足がもがれたマッドトレントが地面に倒れ伏すのは当然のことで、どんなにもがこうが上体を起こせもしなかった。
かろうじて幹……じゃなく身を転がして見やった先では、権杖に光を集結させるミカエラが微笑んでいた。慈悲、慈愛、そんなものは一切無い。しかし嘲笑、冷笑でもない。言うなら自分の欲を満足させられる喜びに満ちていた。
「グランドクロス」
放たれた極光はまるで晴れた夜明けの太陽、暁のごとし。光は瞬く間にマッドトレントを飲み込み、塵一つ残さず消滅させた。光は降りしきる大雨の粒も全て吹き飛ばし、余波で発生した衝撃波で俺達もふっ飛ばされそうになった。
この現象、確か前回の聖地でイレーネが放った必殺剣、十文字斬りに似ていた。違う点はイレーネの奥義は光と闇の斬撃、ミカエラの奇跡が光の斬撃ってところか。おそらくはイレーネの方が闇を混ぜた改良版で、ミカエラのが本来の奇跡だろう。
でもさあ、絶対こんな大規模な奇跡は要らなかったよなぁ。もはやイモムシにも劣る成すすべがなかった相手ならもっと簡単に料理出来たはずだ。絶対ミカエラがやりたかっただけだろ。
「どうですイレーネ! 余なら貴女の必殺技とて造作もないですよ!」
「上等、喧嘩売ってるなら喜んで買うよ」
「ミカエラはすぐそうやってドヤ顔で調子乗るんじゃない! イレーネもいい大人なんだから笑って見過ごしてくれよぉ」
何か急にイレーネに絡んだミカエラ。イレーネも聖魔両方の剣を構えてミカエラへと距離を詰めていく。互いに冗談だとは分かってるんだろうが、魔王同士の死闘に興じられたら巻き込まれる俺がたまったもんじゃない。
土の邪精霊の親玉をやっつけたからか、役目を終えた大雨は次第に勢いを失っていき、やがて雨雲は綺麗サッパリ消えていった。雨の中の戦いが嘘のように星空が輝き、森も静けさを取り戻し……ていなかった。
森の奥の方から閃光が見え、遅れて僅かに爆音が聞こえてくる。
どうやらティーナとアデリーナの死闘はまだ終わっていないようだ。




