戦鎚聖騎士、静かな夜番を過ごす
洗濯物はティーナが作った即席の物干し竿に吊るし、ティーナが風魔法をかけ続けたおかげで夕暮れ時には乾いた。ミカエラが丁寧に畳んでいる間に俺が夕食の準備をする。イレーネはティーナが狩ってきた動物の肉で保存食を作り、ティーナは周囲の警戒に当たった。
「大森林の至る所で戦闘があるみたいだなー」
「分かるのか?」
「聞こえてくるんだよ。あと風と森の気配を感じ取れば把握は簡単だぞ」
「早速正統派共と魔王軍が衝突してるのか……」
ティーナが言うには太陽が沈んでも森の中では激しい戦いが繰り広げられているらしい。邪精霊は夜の方が本領を発揮するらしく、魔王軍がコラプテッドエルフの里やコラプテッドトレントの集落を次々と襲撃してるんだとか何とか。
そんなわけで夕食の最中、夜間の見張りを誰がやるかって話になったんだが、ディアマンテが配下を周囲を巡回させていて、何かあればすぐに分かると断言してきた。しかしイマイチ信用出来なかった俺達三人は結局交代で見張りに付くことにした。
「じゃあ最初はニッコロの番だな。よろしくなー」
「おやすみなさい。何かあったら僕達もすぐに起きるから」
天幕の中で横になったイレーネ。樹の上で幹に背を預けて仮眠を取るティーナ。かまどの火を枝を放り込んで維持しながらも、俺は夜空を眺めて時間を潰す。何故かミカエラが寝ないで俺の腕に寄りかかってくるのはもはや何も言うまい。
「そう言えば、人は夜空に輝く星に何かしらを連想して、その配置から星座を見たんだが、ミカエラ達はどうなんだ?」
「星空に物語を見出すなんてとても浪漫的ですよね! 恋人同士が引き裂かれて一年に一回しか会えない、とか」
「それ知らないな。もしかしたら星座も種族で違うのかもな」
「実はこの夜に輝く星は太陽と同じなんじゃないか、って説もあるらしいですよ。だとしたらこの世界が星の数だけ存在してるのかもしれませんね!」
「そりゃ壮大な話だなぁ。少なくとも俺が生きてる間は絶対関わりない領域だ」
「余の魔法を持ってしても太陽は作り出せません。随分とちっぽけですよね」
ミカエラは天に手を伸ばし、拳を握った。もし太陽が昇っていたならそれを自分の手で包み込んで手中とする、そんな動作に思えてしまった。お日様が降り注ぐ世界の全てを掌握したならあの眩く輝く星も我が物にした扱いになるのだろうか?
その後も星座にまつわる神話などで色々と盛り上がった。この辺りの雑学は学院時代にミカエラと付き合って覚えまくっている。ミカエラったら知識が豊富だから話についていくのに苦労するんだよなぁ。
「何だかもう、聖都にいた頃が懐かしいな」
「まだ聖地巡礼は二箇所目。まだ半分残ってますよ。帰りたくなってもニッコロさんと余は一蓮托生、絶対帰してあげませんから」
「馬鹿言うな。ミカエラは経験を積んで奇跡を掴みたいんだろ? 嫌と言っても付いていくに決まってる」
「えへへ。それでこそ我が騎士です! 頼りにしていますよ」
ミカエラが妹を蘇らせるために会得したい死者蘇生の奇跡リザレクション。果たして神は魔王である彼女にも微笑んでくれるのだろうか? いや、俺が神を掴まえて強引に振り向かせるぐらいの勢いじゃないとな。
夜風は昼間と違って肌寒い。自然と俺はミカエラを抱き寄せていて、ミカエラも俺に身体を預けてくる。目と鼻の先にあるミカエラの顔がとても可愛くて、服越しに伝わってくる彼女の温もりや吐息が俺を悩殺してくるのだが、この二人きりで過ごす静かな時がとても愛おしく、そのままでいた。
夜は更けていく。誰にも平等に。しかしどう過ごすことになるかは不平等。
俺とミカエラはお互いを感じあったわけだが、彼女らには違ったらしい。
俺がソレに気付いたのは気配を感じたからでも物音が聞こえたからでもなく、ほとんど直感に近かった。すぐさまそばに置いていた戦鎚を握って立ち上がった時には、既に相手に一歩先を行かれていた。
森の奥で何か軽い破砕音が聞こえた。それも立て続けに、そして段々と音の発生源がこちらへと近づいてくるではないか。俺が咄嗟に転がっていた薪用の丸太を森の奥へと蹴り飛ばすと、空中で粉々に砕け散ったではないか。
「殺気……!?」
「いえ、これはもはや狂気に近いですね」
途端、向こうから発せられる威圧感に俺とミカエラは身構える。天幕から飛び出たイレーネは完全武装状態で魔王剣を抜剣、ティーナもまた身を起こして弓矢で襲撃者を捉えている。池から慌てて這い出てきたディアマンテの表情はとてもうかない。
程なく、暗い闇夜から姿を現したのは……エルフの射手?
外見年齢はティーナと同じぐらいか。これまでいくつか里を巡ってきたが見ていない顔だ。その物腰や佇まいからしても只者でないのは間違いなかったが、何より目を引いたのは奴の顔面だった。瞳が左右非対称にぎょろぎょろ動きまくり、口元は耳まで裂けてるんじゃないかと疑いたくなるぐらい酷く歪んでいる。
「アデリーナ……」
そして、ティーナが呟いた彼女の名が何よりの異質さを物語っていた。




