戦鎚聖騎士、洗濯を邪魔される
エルフの大森林内にはびこる邪精霊共を駆逐するため、ついに魔王軍が動き出した。俺達は成り行きを見守るために魔王軍の前線基地となった聖地で待機することになり、野営の準備を済ませた。
「じゃあちょっと食器と調理器具洗いに行ってくるぞ」
「ちょっと待ってください」
一通り昼食を取り終えたので、食器と鍋を洗いにまた小川まで行こうとしたら、いきなりミカエラに呼び止めれた。まさかミカエラが自分がやる気になったのか? もしそうなら明日は大雨だな。
「ディアマンテが食器洗いの達人なので任せましょう!」
「げぎゃ!?」
と思ったら部下に無茶振りしましたよこの魔王! 結局いつも通りかと呆れ果てたと同時に平常運転で安心した自分もいる。ディアマンテは寝耳に水だったのか、狼狽えようが半端なかった。
「洗剤生成は土魔法のちょっとした応用でいけますし、水洗いは水魔法でいけます。余も出来るんですから水の大精霊を取り込んだディアマンテなら出来ますって!」
「ぞんな、生活魔法なんでおで使ったごどなんで……」
「はい! ディアマンテのちょっといいトコ見たーいー!」
「ぎぎぎ……!」
何だアレ、かまど作りと同じようにミカエラがディアマンテに手取り足取りやり方を教え始めたぞ。というかそんな便利な魔法があるなら俺に雑用押し付けんなし。いや、聖女の世話をするのも聖騎士の務めだと言われたらそれまでだけどさぁ!
ディアマンテは呪いを伴ってそうな呻きを発しながら汚泥に浸かった池のほとりで食器を洗い始めた。清潔な水は魔法で生成してるようだ。汚れは手で磨き落としている。向こうを向いてるから表情は分からないが、背中から哀愁が漂っていた。
「て、天気もいいし、洗濯でもするか」
仕事を奪われた俺は待機中あまりにも暇なので、溜まった雑務でも消化しよう。
俺が言い出した直後、ミカエラが飛び跳ねながら手を振ってくる。
「はいはーい、でしたら余のも洗ってください! 祭服も汗と埃で汚れちゃって」
「へいへい。で、イレーネはどうする? ついでに洗ってやるぞ」
「じゃあお願いするかな。僕は武具の手入れをしとくよ。ついでにニッコロのもやっておくから、脱いでいってね」
「おう、頼むわ。で、ティーナは?」
「いや……うちは男に下着を洗われる趣味は無いぞ。後で自分でやるさー」
「俺は女の下着で興奮する変態じゃないんだがなぁ。まあ、そこまで言うなら無理強いはしねえよ」
俺は装備一式を外して三人分の汚れ物を詰めた三つの袋を担いで小川へと向かう。何故かミカエラが後ろからついてくるんだが、あえて何も言わないでおいた。それで汚れ物を広げ、まず一着目から小川に漬けて洗い始める。
本当なら川で石鹸を使った洗濯はやりたくないんだが、流れ着く先は汚泥溜まりと化した池だ。遠慮なく汚水は流させてもらうとしよう。汚れの落ち具合が雲泥の差なんでね。あーやっぱ気分がいいわー自分の心まで洗い流される気分だ。
「あ、ニッコロさん。ついでにこれも洗っておいてください!」
「ん、畏まり。……って、何で全部脱いでるんだよ!」
「え? 水浴びしたいからですけど? 服を脱ぐのが普通でしょう」
「おーおーそうだなー。突然水浴びし出すのが常識の範疇ならなー」
ミカエラが突然祭服と下着を脱ぎだし、生まれたての姿になった。そして当たり前のように俺へと脱ぎたての汚れ物を差し出してくる。皮肉を込めて非難してもどこ吹く風、ミカエラは少し上流に遡って小川に入っていった。
ええい、くそ。惑わされるものか。しかし堂々とどこも隠さなかったミカエラの裸体が目に焼き付いて離れない。こちとら健全な大人だぞ。こうなったら衣服ごと煩悩を洗い落としてくれる……!
ふう、無心で作業し続けたら段々と冷静になってきた。勝った。やはり一瞬の気の迷いだったようだ。俺の強靭な精神力の前では聖女だろうと魔王だろうと惑わすことなど出来ないことが証明されたな。
「あ~気持ちいいですね~」
「流れてくんなって! 洗濯の邪魔すんなよ!」
とか自分を言い聞かせてたら、ミカエラが清流に身を任せて下流の俺の方に流れてきやがった。もはや据え膳どころか甘い声出して擦り寄ってきて「あ~ん」してきてる状態なんじゃねえのか?
「あのなぁミカエラ。俺は日が暮れるまでに洗濯物を乾かしたいの! そのためには手早く洗濯しなきゃ駄目なの!」
「しないんですか?」
「話聞いてた?」
「そうじゃなくて、ニッコロさんが着てる服だってもう数日間使い回しじゃないですか。この際ですから洗いましょうよ」
俺の服? 言われてみれば確かにその通りなんだが、帰りは今洗ってる替えの服に着替えれば済むしなぁ。とはいえ、確かに今着てる服も洗えば帰り道で一回着替えられるんだよなぁ。
……うん、清潔な方がいいに決まっている。
ついでに水浴びもして身体の汗と垢も擦り落としてしまおう。
その間に何があったかはこの際語るに及ばずって奴だ。そうに違いない。
「はぁ。男の誘い方は部下のグリセルダ辺りにでも教わってるのか?」
「いいえ。余のやりたいようにやってるだけですよ。それがニッコロさんに効果抜群ってことは、余とニッコロさんは相性抜群なんですよ!」
「ま、そういうことにしとくか。怪しまれないよう手早く済ませるぞ」
「それはこっちの台詞ですよ。節度は大事ですから夢中にならないでくださいよ」
「ぬかせ」
と、言うことで俺とミカエラは身も心も欲も綺麗さっぱりになったのだった。
なお、戻った時に俺に向けたイレーネの眼差しは汚物を見るようだった。
不浄は当分近づかないでくれ、は酷すぎると思うんだ。




