聖女魔王、試練の悪夢を見せる
既に日が沈んで夜になった。エルフの里でもまだ寝静まる時間帯ではないらしく、多くの家屋から明かりが漏れている。俺達の客間も例外ではなく火が付いている。なお、他のエルフと違ってティーナが火属性魔法で灯したのは黙っておく。
目の前にはこんな夜更けなのに教えを求めてきた女子エルフや少年少女エルフが頭を下げていた。ティーナが明日にしたらと促したんだが、せめて導入部分だけでも今から聞いておきたいのだと言って聞かない。
「どういうことだ? エルフには普通火は扱えないのか?」
「エルフは精霊に近い種族ですから、火属性とはとてつもなく相性が悪いんです。人間が誰しも魔法使いになれるわけじゃないのと同じで、才能に左右されてしまうんですよ」
「じゃあどうやってエルフはブラッドエルフになったんだ?」
「無理やり火を使えるようにしてしまう儀式がある、とは聞いたことありますけど、詳細までは……」
ふむ、知識豊富なミカエラすら知らないとは意外だ。それほど秘匿されていたのか歴史上から抹消されていたのか、事情は当事者たるエルフ……いや、もはや過去を知るティーナしか真実は把握してないのかもしれないな。
ティーナは緊張する三人の若いエルフに座って楽にするよう促した。三人とも素直に言うことを聞くも、まだ強張った様子だったので、座り方や姿勢も崩すように助言。彼らは大人しく従った。
「エルフはどうあがいても火属性魔法は覚えられないぞ。火を燃やすって感覚が理解出来ないからだな」
「その前提を覆す方法があるんですね」
「一つは火の精霊と契約すること。火の精霊の神官になれば自ずと使えるようになる。そうやってブラッドエルフになった同胞もいたぞ。一番それが安全かつ無難だけど、風や土の精霊に愛されなくなるのが最大の欠点だな」
成程、それは理に適っている。しかし風や土の精霊に愛された種族がエルフ。これまでの自分と完全に決別しないといけなくなる。まだこの先長くを生きるだろう若者にこの選択を取らせるのは酷だろう。
「二つ目は自分の体に魔法刻印を刻むこと。火属性魔法の発動は刻印が補助してくれるぞ。これが一番確実なんだが結構痛いし一生取れないからな。風や森の気配を肌で感じにくくなるのも難点か」
ああ、人間も魔法を極めたいからって刻印を刻む者が後を絶たないらしいな。あと神官達が契約した精霊に誓いを立てるために施す場合もあるらしい。後付けとしてはお手軽だけど、入れ墨と同じで体を傷つける行為には違いない。
「最後の一つは……火を燃やす感覚を覚え込ませることだ。火に手をかざす程度じゃあ話にならないぞ。全身を焼き尽くされるぐらいの思いをしなきゃあ無理だな」
「それでは死んでしまいます!」
「火をものにすれば自分を焼く火は操れる。現にうちは火の邪精霊を相手した時に焼かれて習得したぞ。そうでもしなきゃ覚え込ませられないってことだな」
「そんな……」
思った以上に難易度が高いな。安全性と確実性を選べば捨てるものが多く、死にものぐるいで学ぼうとしたら志半ばで生命を落とすかもしれない。種族全体の不得手を克服しようとしたらそれなりの代償が必要ってことか。
突きつけられた選択肢に狼狽える女子達。小声で相談をするも戸惑いは拭いきれず、どれを選ぶか決断しきれないようだった。ティーナもこうなるとは分かっていたようで、静かに行く末を見守る。
「今どれか選ばなきゃいけないわけじゃない。少し考えればいいさ。何ならどれも選ばずに魔道具に頼るって手もあるしなー」
「火属性の魔道具はエルフには作れません。人間から買えと言うんですか?」
「自分達で出来ないなら他所から助けてもらうのも立派な手段だろ。意地を張って状況が改善出来るのか?」
「……いえ、これはエルフの問題です。わたし達がどうにかしなきゃ駄目なんです」
ふうむ。この後の自分を左右するんだから即決するよりは悩んだ方が良いだろう。何も今決めなければエルフが滅亡するほど追い詰められてもいない。じっくりと考え、三人で相談し、未来を見据えて決断すれば良い。
「いえ。第四の選択肢がありますよ」
そんな中、割り込んできたのはなんとミカエラだった。
彼女は用意された食事を全部胃に運び終わってお腹を擦りながらエルフ達を見やった。まさか聖女に会話に割り込まれるとは思ってなかったようで、若きエルフ達は一様に驚きを顕にし、次には彼女を警戒した。
「火の感覚を覚えるだけなら実際に焼かれなくてもいいですって」
「そうは言うけどなぁ。催眠にかけたら冷めた鉄棒でも火傷するらしいけれど、その類かー?」
「もっと確実性はありますよ。ティーナは援護お願いしますね」
「は? いや、ちょっと待て――!」
「ヘルナイトメア」
ミカエラが力ある言葉と共に女子エルフ達に権杖を掲げたと思ったら、エルフ達は次々とその場に倒れたではないか。




