戦鎚聖騎士、脱走する
案内された部屋は一応来客用のものらしく、寝具が整えられていた。空間に限りがあるので基本的にエルフの家の中は居間兼寝室の部屋一つ。これが標準的な居住空間だとティーナは語った。
「私室が欲しい時は別の建物を作るんだ。そんな贅沢は里長とか裕福だったり由緒正しい家系じゃないと難しいけれどなー」
「やっぱり浴室は無いのな」
「外に貯めた雨水を利用した公共の水浴び場があるぞ。用足しも貯めた雨水を利用した水洗式だな」
「それなりに文明的な生活してるんだな。もっと野性味あふれる狩猟生活してるのかと思ってた」
夕食はこんなこともあろうかと人里で調達した保存食で腹を膨らませた。スープをどう暖かくするかで悩んだが、ティーナが手の平を魔法で熱くして鍋を熱することで解決した。魔法様々だな。
あしたも用心しながらの旅路になるので、さっさと寝ることにする。用心に越したことはないので鎧は脱ぐが寝具には着替えないでおく。ティーナなんて旅人の服のまま入り口付近で毛布に包まって寝息を立て始めたしな。
「おい、起きろ」
「……んぁ?」
その日の夜。俺はティーナに起こされて目を覚ます。既にイレーネは完全武装状態で入口から外の様子を伺っており、ミカエラは目を擦りながら祭服に手を伸ばしていた。ティーナの面持ちから何かがあったのだと察した。
物音を出さないよう全身鎧を着込み、盾と戦鎚を手にして俺も窓から外の様子を伺う。……深夜の時間帯なので光源は星明かりしかないわけで、何かがあっても俺にはさっぱり分からんだろうな。
「ニッコロは相手の無力化は得意か?」
「投げ技決めた後に絞め技で落とせばいいだけなら、それなりには」
「じゃあ出番だな。付いてきてほしいぞ。ミカエラとイレーネは先にここから脱出してくれ」
「えー、嫌です。ニッコロさんの活躍が見れないじゃないですか!」
「……そうだった。そうだよなー」
わけの分からないままティーナの後ろをついていくと、ティーナはある一軒の家へと正面玄関から不法侵入した。何してんだと抗議したかったが、不満を飲み込んで抜き足差し足忍び足で進んでいく。
意外。そこで目にした光景はなんと、女性のエルフが旦那に上から抱きつく情事じゃないか。何てものを見せるんだと思ったのも束の間、どうも様子がおかしいと気づけた。接吻にしては頭が動きすぎてないか? それはまるで何かを貪っているようで……。
「ニッコロ……!」
「ああ、分かった」
状況を把握した俺は背後から女性エルフに手を回し、寝間着の襟首を掴んですかさず絞め技に入った。
女性エルフが何やら叫んでいるようだが音にならない。ティーナが風属性の沈黙の魔法サイレンスでも使ったのだろうか。
首や脚を振って抵抗してくるが力は俺が勝っているようだ。腕を掴んで爪を立ててくるが、小手の上からじゃあ効かないなぁ。
やがて女性エルフは気を失い、身体から力が抜けていく。すかさずティーナが縄で胴、手、脚、口を縛り上げた。
その段階で女性エルフを正面に向けてようやく正体が判明した。目、口、肌、それぞれの特徴がこの女が既に邪精霊の手に堕ちていることを物語っていた。口の周りは真っ赤に染まり、食べカスの肉片がこびり付いている。コイツが先ほどまで何をやっていたかはお察しください、だな。
「どうして里の中にコラプテッドエルフが紛れ込んでるんだ……?」
「邪精霊が忍び込んで寝てるエルフを堕落させたんだろ。よくある手口さー」
「……精霊って人の目に見えなくなる時があるよな。全部を警戒しろって無理臭くないか?」
「だから厄介なんじゃないか。過去にエルフの大森林が壊滅寸前まで追い詰められたぐらいになー」
女性エルフは目を覚ましても身動きは取れまい。ティーナは紙に書き置きを残して部屋を後にした。そして木を伝って地上へと降りていく。イレーネと俺はそのまま飛び降り、ミカエラは浮遊の奇跡セラフィックウィングを行使してゆっくりと降りた。
「で、どうして逃げる必要があるんだ?」
「里の中でコラプテッドエルフが見つかったら大騒ぎになる。当分の間外に出れなくなるだろうし、よそ者のうち等は拘束されるかもしれないだろ」
「厄介事に巻き込まれる前におさらば、か。賢明だな」
「ま、あんだけ偉そうに言うぐらいなんだから、連中は自分達で何とかするだろ」
ティーナは冷たく言い放ち、これ以上語ることはなかった。
俺達は第二の里を後にする。異変を何も解決しないままに。
それがいいかどうかはエルフ達が決めることだろう。彼らが望んだ通りに。




