焦熱魔王、先制攻撃を仕掛ける
教会を後にしたところでイレーネと合流した。店を巡るついでに情報収集をしたところ、町に来ているエルフは多かれ少なかれ森に生じる異変を感じ取っているらしく、一様に不安をあらわにしていたとのこと。
「あと、生活の拠点をこっちに移してるエルフも出始めてるらしいよ」
「ん? それの何が不思議なんだ? 人間社会で暮らすエルフってそこまで珍しくもないだろ」
「森の住人のエルフがこっちに移住してくるってすっごく重大なことなんだ。二度と生まれ育った森に戻らない覚悟が必要だって言われるぐらいにね。それだけの苦渋の決断をして森から避難してきてるってことさ」
「そりゃあとんでもないな。そんだけ今の大森林がヤバい感じなわけか」
で、ティーナとも合流したんだが、かなり気乗りしていない様子だった。あれだけ邪精霊死すべし慈悲はないって殺意丸出しだったついこの前とは雲泥の差だ。大森林に降りかかる異変とやらの原因が邪精霊かもしれないのに、どうしてだ?
ティーナは頭をかきながらミカエラの方へ視線を向けた。ミカエラは「どうかしましたか?」と聞いたものの、その表情から察するに、ティーナが何を問おうとしているのかは察しているようだな。
「なぁ。邪精霊共が精霊達を乗っ取ってるのはミカエラが立てた作戦なんだろ?」
「ちょっと、言いがかりですって。戦略を練ったのは確かに余ですけど、独断専行してるのは邪精霊達ですからね」
「この大森林の異変はミカエラの計画にもとづいた邪精霊共の侵略か?」
「邪精霊の仕業だとしたら、きっとそうでしょうね」
しれっと言い放つミカエラの態度にティーナは僅かに目尻を痙攣させた。
「どうしてエルフの大森林をまた邪精霊共に攻略させようと企んだんだ?」
「そんなのティーナの方が分かってるでしょうよ。もうティーナ達みたいな森を守り抜こうと決心するエルフは現れないとふんだからです」
ティーナ達のようなエルフ。
即ち炎をもって邪精霊共を焼き払うブラッドエルフのこと。
ミカエラは確信しているのだ。今度禁忌を犯す勇気ある者は現れない、と。
「そうかー。ミカエラはそう判断したのかー……」
「ティーナは焦熱の魔王として現世に伝わっているのが何よりの証拠。ブラッドエルフ達の名誉も回復してないようですし。邪精霊達にとっては格好の餌食でしょう」
もしミカエラが魔王として本腰を入れていたなら、きっと邪精霊軍は総動員でエルフの森を侵略していたことだろう。ディアマンテ達魔王派の連中やミカエラの策と叡智が加われば、もう手の出しようがない。
正統派の邪精霊は精霊の力を乗っ取ることでの強化を目的としている。精霊に近いとされるエルフにとって邪精霊は天敵、影響を受けて魔に堕ちる危険性が高い。現にティーナの時代はそうやって滅亡の危機に瀕したし、敵はその再現を狙っているんだろうな。
「とにかく、現状は明日エルフの森に踏み込めば分かります。今日のところは宿で休みましょう」
「ああ、そうだな――」
いい終わる前にティーナは反射的にエルフの森の方角へ顔を向けた。そして忌々しそうに舌打ちすると、何度も跳躍して付近で一番高い建物の屋根上へ昇っていく。そしてゆっくりと弓を引いてそちらへと狙いを定める。
まだ日が沈んだばかりの時刻、人の往来もまだ多い。ティーナの行動は人間エルフ問わずに注目を集めた。エルフの何人かは白金級冒険者ティーナのことを知っていたらしく、その名を口にして騒いでいた。
「チェーンライトニング!」
夜の町に稲光が走った。雷は瞬く間に大森林の奥へ抜けていく。あいにく地表にいる俺からは町の建物が邪魔でどんな様子かは伺いしれないが、遠い向こうで何度も光が発せられたことでその攻撃が効果を発揮しているんだろう、と悟った。
確か……チェーンライトニングは風属性の派生である雷属性の魔法だったか。雷撃魔法ライトニングとの違いは、敵に命中すると雷が付近にいる別の敵にも伝達され、命中するとまた別の敵へ、と連鎖的に敵の群れを仕留める効果なことだ。
「追い払っといたから数日は大丈夫だろ」
ティーナは憮然とした表情で俺達の近くに降り立つ。
「大森林に魔物でも潜んでたのか? それとも邪精霊共が様子をうかがってたか?」
「いや、もっとたちの悪い奴がいた」
「たちの悪い奴……?」
「おいおい、水の神殿で説明しただろー?」
ティーナの言葉を受けて思い出す。
邪精霊の影響を受けて堕ちた森の住人、コラプテッドエルフ。
しかしそれは昔の存在であって焦熱魔王討伐後には掃討された筈。
それが今になって現れた、ということは……。
「既に大森林は邪精霊に侵食され始めてるってわけか」
なんてこったい、と思わず天を仰いだ。
また厄介事に飛び込む破目になるとはな。




