戦鎚聖騎士、聖女魔王を守る戦いをする
火属性魔法のファイヤーボルトとファイヤーボールは厳密には異なる。
ファイヤーボルトは初心者用の魔法で、魔法を学ぶなら真っ先に覚えることになる。効果は火を発生させるもので、攻撃魔法としては火を投げ放つ様子を想像してもらえればだいたいあってる。期待できる効果としては火を敵の服や体毛に燃え移らせるもの。魔法の火自体で相手を焼き尽くすなら持続性のあるもう少し高度な魔法が必要だ。
コレに対してファイヤーボールは中級者向けの魔法。火を投げ放つのはファイヤーボルトと一緒だが、命中した瞬間に爆発炎上するのが特徴だ。火力と熱量で敵を焼き尽くすには充分な殺傷力があり、魔法使いはこれを覚えて一人前だと言われるのだとか。
学院の授業で学んだそんな基礎的な知識を思い返しながら、ティーナの射撃を改めて観察する。瞬く間に連射する矢の全てがファイヤーボールの効果を持っている。おかげで弾こうにも叩き切ろうにも盾や剣が接触した瞬間に爆発、勢いが殺されてしまう。
結果、イレーネはティーナに対して攻めあぐねていた。
ティーナは間合いを詰められまいと細かく動き回りつつ射撃を続行、時にはイレーネ本人ではなく足元を狙って体勢を崩そうとしたりと、攻撃を巧みに使い分けていた。これでエルフ本来の強み、風属性魔法を加えて矢の軌道を操ってきたら手に負えない。
イレーネが攻撃の合間を縫って飛ぶ斬撃を放ってもティーナは爆発する矢で迎撃。両者の中間付近で爆発するばかり。剣士として戦うイレーネにとって射手として攻めるティーナとは相性が悪すぎた。
一方の俺、役立たずなことに攻めるに攻められず。
「この、またかよ……!」
何せティーナは時たまミカエラ向けて矢を射るものだから、俺が防御できる距離を保たないといけないのだ。イレーネと二人がかりで攻め込めばさすがに一太刀浴びせられるだろうが、その前にミカエラが撃ち抜かれる。
結果、俺はあまり得意じゃない闘気術を用いた飛び道具に頼らざるを得ず、ティーナへの牽制になっていれば関の山な有り様。情けないのだが今の状況だとイレーネに任せるのが最善手だった。
「くそっ、ミカエラが自由に動けてたら……!」
実にもどかしい。俺の後ろにミカエラがいてくれてたらもっと自由に動き回れたのに。つくづく補助、補佐としてのミカエラの有り難みを痛感するな。こんな泣き言口に出したらミカエラにドヤ顔でいじられそうだから絶対言わねえけれど。
仕方がない。あまりいい戦法とは言えないのだけれど、このまま指を咥えて待ってるなんざ性に合わない。何よりミカエラから格好悪かっただのと不満を投げつけられるのはまっぴらごめんだからな。
「コンセントレーション」
まずは集中力向上の闘気術を自分に付与。
「アクセレレーション!」
そして速度向上の闘気術を自分に重ねがけ。そのうえでティーナに向けて突撃する。ティーナがこちらに向けてファイヤーボールを付与した矢を放ってくるが、盾を装備した腕を振るって全部弾く。爆発の衝撃は盾で受け止めつついなす!
ならばとティーナが駆け回れば俺もまた方向転換して回り込む。急に止まって逆方向に走り出せば俺もまた同じように逆走する。俺の意図に気付いたティーナが狙撃を試みても俺は盾、届かなければ戦鎚で全部の矢を撃ち落とした。
「戦いながら守るつもりか! あの魔王を!」
「そうでもしなきゃアイツに格好つけられないんでね!」
何のことはない。ティーナが場所を移動する度に俺はアイツとミカエラの間に割り込むような立ち回りをしているだけだ。山なりに放物線を描く矢を放ったところで全部撃ち落として見せるさ。
当然、距離を詰めれば詰めるだけ矢を撃ち落とす難易度は格段に上昇する。最初の半分近くまで近づいた時点で既に俺では対処しにくくなっている。ちょっとでも集中力を切らしたら必殺の一矢を素通りさせてしまうことだろう。
「だったらこうするまでさー!」
ティーナはこれまでの高速射撃を止め、更にはその場に立ち止まった。そして矢をつがえた弓を思いっきり引き絞る。
悪寒、恐怖。これまでとは一線を画す必殺の一撃が来る。
俺は自分の勘と本能だけを頼りに戦鎚を振るった。
「インファーナルフレイム!」
「ヘヴンズフィストぉっ!」
俺の戦鎚は刹那の間に襲いかかってきたティーナの矢に命中した。まさに神業、と自分を褒めてやりたいところだが、矢に付与された魔法はファイヤーボールを遥かに凌ぐもののはず。このまま闘気をありったけ込めて押し切る……!
途端、火炎を伴った熱風が俺を襲った。
戦鎚から闘気を放出させて火炎流を防いでいるものの、熱波のせいで着ている鎧兜が鍋みたいに熱いわ肌が焼けて痛いわで散々だ。それでも炭や干物になりたくない一心で腰に力を入れて、炎の奔流に押し切られないよう脚を踏ん張る。
「おおおっ!」
咆哮。
俺は煉獄の炎を伴った矢を地面に叩きつけた。
魔法効果を失った矢は代償とばかりに芯も残さず灰となって散っていく。




