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聖女魔王、その悲願を告白する

「ご苦労さまです、ドゥルジ、ゾーエ。用事を済ませたらまた教国連合領地に戻ります」

「畏まりました。その間、反逆者達の粛清は進めていきます」

「ええ、うるさく飛び回らないよう徹底的に駆除しておいてくださいね」

「御意に」


 反逆者、正統派を名乗る連中のことか。ヴェロニカを初めとしてかなりの数がなおも正統後継者を支持しているのがこのやり取りからも伺える。魔王軍の統一が終わったら時こそ再び人類は災厄に見舞われることだろう。


「魔王様ー。そちらの方は聖女になった魔王様の聖騎士ですかー?」

「そうです! ニッコロさんは余を盾となって守る我が騎士です」

「食べちゃってもい――」

「――消滅させますよ?」

「いやーん怖ーい。冗談ですって。じゃあ手合わせ願うのはー?」

「んー。今は駄目です。後でならニッコロさんが良いって言えば、ですかね」


 ミカエラ、今一瞬背筋が凍るぐらい低く唸るような声を出さなかったか? 斜め後ろにいた俺にはミカエラの表情は伺いしれなかったが、ドゥルジと呼ばれた蝿女が恐怖で表情を引きつらせた辺り、俺には想像もし得ない顔をしてたんだろう。


 それと、何ちゃっかりとんでもない約束してるんだ。こんな湖の水が全部スライムになったような大きさしたゾーエに俺が勝てるわけないだろ。魔法が使えない俺にとっては高位のスライムは相性最悪なんだよ。打撃が効かないからな。


「それとーグリセルダちゃんからの報告聞きましたよー。鎧の魔王を復活させたらしいですねー。勇者イレーネの肉体を乗っ取ったんだとかー」

「自称ですけどね。実は勇者イレーネが魔王に洗脳されて悪堕ちしただけかもしれませんし」

「次に向かわれる聖地は焦熱の魔王縁の地と聞いていますが、道中は――」

「あー、ちょっとちょっと。報告と雑談は後です後! 用事が先です」

「あらーごめんなさいー」

「では報告書をまとめますので、後ほど目を通していただければ」


 ドゥルジとゾーエはそれぞれミカエラに道を譲り、俺達はその間を通って先へと進む。ゾーエの言った通り進行方向には誰もおらず、広大な廊下にはミカエラと俺だけがいた。


「ドゥルジは魔王直轄軍長です。旧邪神軍の幹部でしたが、あの軍は正統派だったので余が魔王に就任した時に解体、大規模に粛清して、何割かを余の直属にしました」

「旧邪神軍」

「ゾーエはスライム軍長ですね。旧悪魔軍っていう正統派の最大派閥を解体したのに伴って新たに組織しました」

「旧悪魔軍」


 情報過多だな。頭の片隅にだけ入れておいて、しばらくは忘れていていいだろう。


 それにしても掃討だと粛清だの、ミカエラは魔王になってから反対派勢力を尽く潰してきたんだな。ミカエラとは学院時代からの付き合いだが、そんな容赦ない真似をするなんてとても考えられない。


 もしかして、聖女として振る舞うミカエラは単に演じているだけで、本当のミカエラは世の中に伝わる他の魔王と同じく、人の心が分からない、人とは相容れない存在なんだろうか?


「そんなことないですよ」

「またそうやって人の心を読む。本当は読心術なんて嘘なんじゃないか?」

「ニッコロさんの顔に書いてますよ。嫌ならお面でも被ってみてはどうですか?」

「やなこった。息苦しくなるだけだ」

「逆ですよ。魔王としての余はそう振る舞っているだけで、聖女としての余の方が素なんです」

「……そうなのか」


 廊下を抜けた先に広がっていたのは庭園だった。聖地では日光が降り注ぐ昼間なのにそこは月が輝く闇夜で、様々な色の薔薇が月光で照らされていた。あまりにも美しく幻想的な光景に思わず息を呑む。


 薔薇園の狭い通路を抜けた先にあったのは、薔薇の中に埋もれた透明な箱だった。その中ではミカエラに良く似た、年齢も近いだろう可愛らしい少女が眠るように横たわっている。それはまるで、棺が安置されているようだ。


「紹介します。彼女は余の妹、ルシエラです」

「あー、道理でミカエラと似てるわけだ」

「そして、魔王の正統後継者として魔王刻印を持って生まれ、余と魔王継承の儀で戦い、余がこの手で殺しました」

「……!」


 正統派、と名乗る連中はこのルシエラを魔王にしたがっていたのか。そしてミカエラがルシエラを倒してしまったことを認められないでいるわけか。そう思うと何だか哀れなものだ。


 そして、自らの手で妹を殺めてしまったミカエラの心境は想像を絶するだろう。現に隣の彼女は今にも泣きそうなほど悲痛な顔をしていた。権杖を握る手も力がこもって腕が振るえるほどだった。


「余が頑張ってきたのはルシエラだけには誇れるお姉ちゃんでありたかっただけだったのに、凄いよって言われたかっただけなのに……! 余は、ルシエラに何も出来なかった!」


 俺は今ここで初めて本当のミカエラを知ったような気がした。

 これがミカエラが抱える闇で、ミカエラの思いの根底で、今に繋がる出発点だ。


 ミカエラは棺を優しく撫でた。とても愛おしそうに。浮かべる表情は愛する妹を安心させるように慈愛に満ち溢れている。しかしとても寂しさと物悲しさも同時に感じさせて、儚い印象も覚えた。


「余が聖女になったのは人を救いたいんじゃありません。ルシエラを蘇らせたいんです。すれ違ってばかりでしたけど、余の大切な家族なんです……」

「死者蘇生の奇跡、リザレクションを習得して、か」


 魔法には死者を蘇らせる術がない。あくまで俺の知る限りでは、だが、魔王にまで上り詰めたミカエラが聖女となったことからも、強大な魔力があれど人生を終えた者を呼び戻すのは奇跡にすがる他ないのか。


 道理で聖地巡礼だとか救済だとか理由をつけて旅をするわけだ。聖女としての経験を多く積んで、少しでも早く境地に至りたいんだろう。聖地に留まってぬくぬく人々の希望の象徴してたらいつまでかかることやら、だもんな。


「余は、ルシエラと仲直り出来るでしょうか?」

「ミカエラなら楽勝だろ。誰ともすぐ仲良くなれるんだからさ」

「余を軽蔑してますか? こんな自分勝手な動機で聖女になってしまっていて」

「それこそ今更だろ。人のため、なんて純粋な自己犠牲だって結局は自分が満たされたいからだし」


 今にも消えてしまいそうだったからか、俺は思わずミカエラの肩を抱いていた。ミカエラも俺の胴体に腕を回し、俺に寄り掛かる。


 こんな華奢で小さな身体をしてるくせに、背負ってる思いが大きすぎる。少しでも肩代わり……いや、そんなみみっちい事は言わない。ミカエラごと抱えて突き進むぐらいじゃないとな。


「ごめんなさい。もう少しこのままでいいですか? すぐに元に戻りますから……」

「たまにはいいさ。俺なんかで良ければな」

「ニッコロさんがいいんですよ、我が騎士」

「何で俺がミカエラの目に留まったかもそのうち教えてくれな」


 暫くの間、俺達は静かにその場に居続けた。


 そして新たな聖地に向けての旅が始まる。

 そこで何が待ち受けているにせよ、俺はミカエラと共にいる。

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