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勇者魔王、蘇って負けを認める

 砕かれた首元から血の噴水を吹き出しながら倒れ伏すイレーネの身体。魔王剣が彼女の手から離れて床に音を立てて転がる。首にあごひもでかけていた兜も転がり落ちていった。

 念のため戦鎚の柄でイレーネを小突いてみたものの、ぴくりとも動かなかった。


「さすがは我が騎士! しっかりとやっつけてくれましたね!」


 ミカエラが喜びをあらわにしながら俺へと駆け寄ってきた。必死の攻防に疲れ果てた俺は何とか手を上げて答える。

 ミカエラは俺の側に寄って俺の頭を撫でてきやがった。抱きついてくるかと思って身構えてたんだが、不意打ちを食らった。


「いや、ミカエラだってコイツの攻撃をきちんと防げたじゃないか」

「横薙ぎしてくるのは分かってましたから。あとは機を読むだけです」

「聖女が出来るような真似じゃないんだよなぁ。どんな反応速度してるんだよ」

「凄いでしょう。もっと褒めても良いんですよ」


 鼻高々にしつつ胸を張るミカエラに呆れながらも、楽しそうで俺も嬉しい。


 さて、ひと時の勝利を喜ぶのはこの辺にしておこう。


「で、どうする?」

「この魔王イレーネをですか?」


 ミカエラも分かっていたようで、俺が横たわる鎧をチラ見すると、彼女も脇目で視界に収めた。


「一時的に行動不能になってんのかもしれねえが、死んではいないんだろ?」

「もちろんです」


 この魔王の正体はリビングアーマー。肉体はあくまで勇者を乗っ取ったものであって、その頭を粉砕したからって討伐出来たわけじゃない。むしろ剣も鎧も兜もほぼ無傷の状態で残ってる以上、本来の姿としていつ動き出すか分かったものじゃない。


 だったら何か仕掛けてくる前に封印するべきだな。今の実力じゃあ俺とミカエラの二人がかりでも勝つ見込みはほぼ無い。一時行動不能にすればそれなりの期間保つ封印は施せるだろうし、問題は後世に先送りしてやろう。それでやるべきことはやったってことにして、とっとと帰りたいんだがね。


 ミカエラは少しの間倒れ伏す魔王を眺め……、


「勝負は終わりましたから、そろそろ蘇ってはどうですか?」


 今日の天気を語るみたいに、そう普通に呼びかけた。

 直後、それが合図だったようにイレーネの腕が動きだす。


 失われた筈の頭部から輝くほどの光が放たれた。

 光はやがて光の粒子となり、次第に頭部を形作っていく。

 そして、鮮明になっていくと、元のイレーネの首、頭、髪、顔を復元していった。


「回復の奇跡……! リビングアーマーが死体を動かしてるのか……!?」

「何を驚いちゃってるんですか。聖女だったイレーネの身体を乗っ取ったんですから出来て当たり前でしょう」

「頭を粉砕したのにか?」

「あるでしょうよ。死による脱落を許さず、現世で救済を続けなければならない宿命を持つ聖女だからこそ授かる、至高の奇跡の一つが」


 完全に頭部が治ったイレーネはゆっくりと起き上がり、剣と兜を拾った。付いた埃を手で払い、剣を鞘に収め、兜はあごひもで再び首にかけ直す。そして、戦う前に俺達と向き合った時のように、屈託のない笑みをこぼしてきた。


「復活の奇跡、リヴァイヴ……だったっけ?」


 復活の奇跡リヴァイヴ。

 生命活動を維持できないほどの重体に陥って落命した直後に発動し、肉体や精神を完全回復する奇跡。一説では古代の聖者はこの奇跡によって蘇ったのではないか、とされている。もはや聖女すら超え、神や救世主の領域まで達している離れ業だ。


 リヴァイヴはミカエラも習得していない。大聖女だったイレーネだからこそ成し得たのだろう。


「いやぁ、やられたなぁ。まさか負けるとは思わなかったよ」

「蘇りたてだったからだろ。少し慣らしてたら到底敵わなかっただろうな」

「状況とか条件とか全部引っくるめての真剣勝負さ。文句は無いよ」


 警戒して戦鎚を構えた俺だったが、彼女は隙だらけにも両手を軽く上げて無害であることを主張する。その状態でも魔王剣を抜剣して俺の首を叩き落とせる技量はあるだろうが、目の前の魔王から戦意が感じられないのは間違いなかった。


「戦い方にこだわっていなければ倒れていたのは余達の方でしたね」

「さっきも言ったけれど僕は剣士だ。君が聖女であるようにね」

「……ごめんなさい。愚問でしたね」

「あっははっ。これが敗北かぁ、思ったよりも気分がいいね」


 ミカエラとイレーネの語り合いはまるで試合を終えた対戦相手と感想を述べ合うようだな。


 いや、実際にイレーネはそのつもりなんだろう。


 剣でのみ戦って俺に頭をかち割られたから負けを認めた。魔王としての本領を発揮していないどころか兜すら被らないまま決闘に望んだ。なめられたと言えばその通りなんだが、己の意地を通すことは決して悪くない。結果がどうだろうが己の矜持は最後まで捨てるべきじゃないだろう。


 俺は警戒心を解いて盾と戦鎚を背負う。そして肩から力を抜いて思いっきり息を吐いた。

 既にこの空間には張り詰めた空気は無い。もう戦いの時は過ぎ去った、と見なしていいだろう。


 そんな俺をイレーネは見つめていた。

 穏やかに、しかし決意を秘めた眼差しで。

 魔王に乗っ取られた邪悪な存在とは思えないぐらい爽やかに、そして凛々しく笑みを浮かべて。


「次は負けない。また戦おう」

「……勘弁してくれ」


 俺は降参とばかりに両手を上げるのが精一杯だった。

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