戦鎚聖騎士、勇者魔王に勝負を挑まれる
「ボクっ娘とかあざといですねぇ。趣味ですか?」
「仕方がないよ。この身体の持ち主だった『僕』がこの口調だったんだ。リビングアーマーでしかなかった昔の僕は喋れなかったからね」
「成程。会話出来ているのは乗っ取った勇者イレーネの知識のおかげですか。で、当のイレーネ本人はどこ行ったんですか?」
「封印を破ろうとする僕と封印を保とうとする『僕』の死闘は今までずっと続いていたのさ。途中色々と横槍も入ったけれど、最終的に勝ったのは僕だったってこと」
後ろでミカエラが披露するうんちくをかいつまむと、リビングアーマーとその装備者は己の存在をかけて死闘を繰り広げるらしい。生きる鎧は肉体への痛みや快楽を与え、生きる兜は悪夢を見せたり音や臭いで惑わし、装備者を屈服させようとする。その攻めに耐えた装備者はリビングアーマーを屈服させ、以後は自分の武具として使いこなすようになる。逆に屈服させられると装備者はリビングアーマーに乗っ取られ、知識や技能など全てを奪われてしまうのだ。
なので、勇者は魔王に負けて分からされましたとさ、が結末だったらしい。
魔王が勇者のことを一人称で呼ぶのは完全に一体化したせいか。
イレーネを名乗るのも自分はもうイレーネなんですって自己紹介ってか?
何だよそのクソオチ。抗議ものだろ。
「多分余の前にも何人か閉じ込められた聖女が来たと思いますが、彼女達はどうしたんですか?」
「その時々で違うね。前々回の聖女はとっくに僕に影響されてた『僕』が封印のために犠牲になるのはやむを得ない、って唆して命をかけて封印の奇跡を施したっけ。前回は僕が復活するために食べちゃった」
舌を舐めるイレーネは聖女にあるまじき妖艶な雰囲気を放っていた。聖女をどう平らげたかはこの際疑問に思わない方が幸せだろう。どうせろくでもない最後を迎えたのに代わりはあるまい。
「それなら余達が来る前に完全復活を遂げていたんじゃないですか? ならどうしてこんな所に閉じこもりでいたっきりでいたんですか?」
「『僕』の身体を支配出来ても完全に馴染むのに時間がかかったんだ。自分のものになったのはつい最近。ならついでに次の聖女も頂いちゃおうかな、って思ったのさ」
「成程。じゃあイレーネは余を襲うつもりなんですね?」
「そう思ったんだけど、聖騎士を連れてきたなら話は別だ」
イレーネは魔王剣の切っ先を俺へと向けた。
イレーネの全身から迸るのは覇気。先程の魔の頂点に君臨する魔王としての在り方は完全に失せ、本物の強者のみの発する迫力だけが俺に襲いかかった。
「リビングアーマーは武具だ。戦うことでしか己を証明できない。聖騎士ニッコロ、僕と決闘しろ」
俺は危険を承知の上でミカエラの方をチラ見する。案の定、俺の聖女は期待を込めた眼差しを俺に向けてくるじゃないか。
「ミカエラ……初めからこの展開分かってて俺を連れてきやがったな……?」
「大丈夫です我が騎士! きっと魔王イレーネを成敗出来るでしょう!」
「どこからその根拠が出てくるのか分からんが、俺が魔王に勝てるとでも?」
「ニッコロさんはただ余を信じれば良いんです。我が騎士の勝利を確信する、この聖女ミカエラをね」
にっと笑ってきたミカエラに深くため息をつき、やれやれと思いながらもイレーネに向き直した。隙だらけだった俺に攻撃を仕掛けることもなく、彼女はただ静かに闘志を漲らせて構えたままだ。
俺は徐ろに後ろへと下がっていく。イレーネはそれを見て顔をしかめたものの、すぐに俺の意図に気づいたようで、逆に喜びのあまりに犬歯を見せながら笑顔を浮かべた。下がること数歩、だいたいこれぐらいの距離か。
「そうだったね! 聖騎士の決闘はこの距離から開始だった……今も試合の決まりは変わってないのか!」
「俺じゃあ物足りないかもしれねえが、とりあえずお相手仕る」
「へえ、心地いい気合だね。実に僕好みだ。善戦できたら僕の練習相手として下僕にしてあげるよ」
「それはごめんだね。俺を振り回す奴は、一人で充分だ!」
雄叫びを上げながら俺は飛び込んだ。ほぼ同時にイレーネも飛び込んでくる。俺は戦鎚を、イレーネは魔王剣を振るい、丁度中間付近で互いの得物が交わった。本来なら鉄の塊で出来た俺の戦鎚の方が重量があるし、体重や装備をひっくるめたら俺の方が押し勝てる筈なんだが……、
結果、弾かれた。俺の戦鎚が大きく後ろへと跳ね返ってしまう。
イレーネは勢いをそのままに俺の首を掻き切ろう剣を振るい……まんまと俺の策に引っかかりやがった、馬鹿め。完全に不意をつく形で俺の攻撃が敵の腹部にめり込んでくれた。それに力を込めて思いっきり振り抜くことで、相手の身体が大きく跳ばされる。
何をしたか? テコの原理だ。
俺は戦鎚を柄の中央付近で持ってる。なので戦鎚の槌側が跳ね飛ばされた反動で柄の逆側が勢いよく前に押し出されたわけだ。それだけイレーネの攻撃が激しかった証拠なんだがね。
「ぐ……猪口才な……!」
「一発限りの不意打ちだ。教官も初っ端に引っかかってくれたよ。素直で助かった」
「……挑発しようったってそうはいかないよ。今のはれっきとした技だ。まともに受けた僕が悪かっただけだ」
「そう言ってくれると嬉しいね」
とは言え、戦鎚を両手持ちしても押し負けたんだから、盾を装備した戦鎚片手持ちだとまず勝てないわな。イレーネは魔王剣を両手持ちで構えてるし、盾で防御しながら反撃の隙を伺うのはさすがに無謀すぎる。
仕方がない。コレやると疲れて明日ろくに動けなくなるんだが、命をかけた勝負なんだし贅沢は言ってられないか。




