熾天魔王、即死攻撃を連発してくる
俺は吹っ飛ばされかけたミカエラの腰を抱いて支えつつ脚を踏ん張る。ミカエラの後ろに回ると彼女の六枚翼魔法陣と接触するんだが別に何ともない。俺がミカエラ側にいるからなのだろうか。
ミカエラの放った漆黒の闇に閉ざされてた眼前が開け、光と闇の戦いがどうなったかの結果を突き付けられ……る? あれ、特に何ともない。双方が地属性魔法で水属性魔法を攻略したままの荒れた状態のままだな。
「ミカエラ、大丈夫か?」
「大丈夫です、問題ありません」
その奥でアズラーイーラが満足げに拍手を送ってくる。
さすがのミカエラも疲労がにじみ出ているのに対して彼女の表情は涼しげだ。
それは強者の余裕からくるものか。それとも本当に最後の試練のつもりだろうか。
「五連続攻撃にも対処されてしまうとはね。結構自信があったのですが」
「とは言いつつ初代聖女にも対処されたんでしょう? だったら余に出来たって不思議でもないでしょう」
「……ええ、聖女ミカエラの言うとおりですね。では、茶番は終わらせますか」
アズラーイーラは顔を引き締めた。ただそれだけで辺りの雰囲気が一変した。
圧倒的な存在感。平伏したくなる畏れ多さ。しかし同時に敬い尊びたくなるあべこべっぷりに混乱するばかりだ。
大天使。そう、俺達は今神の僕たる大天使を戦っているんだ。それを改めて思い知らされた。
「フォトンアームド!」
アズラーイーラの力ある言葉と共に背負っていた六枚の光の翼が彼女の身体、四肢、頭を包み込み、それぞれ具足、籠手、鎧、兜へと変化する。そして最後に彼女の手に神々しいとしか言いようがない槍が握られる。
反射的に手が前に出て盾を構えたのとアズラーイーラが飛び込んで槍を突き出してきたのはほぼ同時だった。あまりの衝撃に弾き飛ばされそうになったので身体を捻ってかろうじてそらすことに成功する。
こいつ、容赦なくミカエラの顔面に槍を打ち込もうとしやがったぞ!
ミカエラが常時張ってたと思われるセイントフィールドもガラスみたいにいともあっさり砕きやがったし。
お返しとばかりに戦鎚を振るうが引き戻した槍に阻まれる。くそ、余力の残しての攻撃だったのかよ。
「お見事! 初撃はパトラすら反応しきれなかったのですよ」
「そうかい! 特別報酬出すよう評価加えておいてくれ!」
「そうです! さあ、己の全てを掛けて戦いましょう!」
アズラーイーラの神槍、と俺が勝手に呼称した武器、は先程の光と闇の剣以上に俺の闘気をごりごりと削っていく。しかし戦鎚も盾も闘気を込めないと容易く壊されそうなので呼吸を整えて何とか捻出し続ける。
ミカエラも光の刃を飛ばし続ける遠距離攻撃をしつつ光の剣を形成する奇跡シャイニングセイバーで俺の援護攻撃もこなす。イレーネのマネはやめて斬撃の鋭さは衰えたものの飛び道具を混ぜた本来の彼女の戦い方になってやりやすそうだ。
「っ!? レジストフェイタリティ!」
「アズラーイール」
予兆も何もなしに放たれる即死攻撃にはまいったな!
即死耐性の闘気術を直前に発動出来たのも直感でしかない。
アズラーイーラの手が振られた瞬間に強烈な脱力感に襲われ、何とか踏ん張った。
「ホーリーサンクチュアリ!」
「ソウル・サクリファイス」
続けざまにアズラーイーラはミカエラを指差す。彼女に向けて新たな即死攻撃が放たれるも見切ったとばかりに自分の周りに聖域の奇跡を展開して防ぐ。
後でミカエラに聞いたところ、今の即死技は敵の魂を生贄に捧げて自分の供物としてしまう魂への直接干渉する攻撃らしい。なので聖域の奇跡で降りかかる呪いを弾いたのだとか何とか。
「ほう、これも駄目ですか。でしたら……サリエルステア」
アズラーイーラは今度は俺の目に視線を固定してきたので、口元に焦点が合うように視線を若干ずらした。目の動きを見て相手の意図を読んでたんだがこれで手段を潰されたな。しばらくアズラーイーラの目を見られなくて不便だが仕方がない。
これもミカエラの解説によれば、邪視を仕掛けてきたらしい。眼と眼が合ったら最後、桁外れの呪いが目を通じて頭の中に書き込まれて絶命するらしい。即死耐性付与の闘気術でも防げない呪いとかやめてくれ。
「ならこれでどうでしょうか? ヘルヘイムゲート」
「それはとっくの昔に対策済みです! ヘヴンズゲート!」
アズラーイーラが手を突き出すのとミカエラが力ある言葉を発したのはほぼ同時。途端に猛烈な悪寒と恐怖が後ろから襲いかかってきた。敵が目の前にいるのにどうしても振り向かざるをえなかった。
俺のすぐ後ろに広がっていたのは闇だった。単に暗いだけじゃなくその先に広がる世界は明らかに人が踏み入れていい世界ではない。墓場や廃墟から感じられる生命の息吹無き死が広がっている。
ただ、それから何の現象も起きない。ただ冥界への扉が開いただけ。そこに吸い込まれはしないし引きずり込まれもしない。かと言ってアズラーイーラが力付くで押し込んでくる気配もない。
「んんん?」
「地獄門を開いてそこから伸びた死者の手が生者を引きずり込む。それが熾天魔王が得意にする即死魔法ヘルヘイムゲートです。対処法は間近に別の転送魔法を被せてしまえばいいんです」
気になったので少し位置を変えて観察すると、死者の世界への入口から指二本程度が挟める間隔で反対側からは見えない光の門が開いていた。ミカエラの言う亡者の手は光の中へと吸い込まれていってるな。
完全に初見殺しじゃんか! しかも背後からの奇襲攻撃って形で地獄門を開くのだから殺る気満々だ。ミカエラが事前に調べて対策を講じてなかったら今頃俺は地獄へまっしぐらだな。まだ地獄を旅するつもりは無いぞ。
「さあアズラーイーラ! これで即死攻撃は打ち止めですか? どんな種類だってニッコロさんの機転と余の叡智で打ち破ってみせましょう!」
高らかに豪語するミカエラ。俺もまた彼女に賛同して頷く。
アズラーイーラは攻撃の手を止めて一旦距離を置く。追撃はしなかった。どうも今までとは全く異なる得体のしれない予感が俺の足を止めた。
「確かに。聖女ミカエラと聖騎士ニッコロが相手では生半可な即死攻撃では仕留められませんか。初めてですよ。こうまで鮮やかに攻略されてしまうのはね」
「凄いでしょう、もっと余を褒め称えなさい!」
「ですので、どうしようもない究極の死をくれてやりましょう」
アズラーイーラは神槍を床に突きたて俺の方を徐ろに指差してきた。
嫌な予感や恐怖心は無い。それどころか殺意や悪意すらも感じ取れない。
ただの何気ない仕草にしか思えなかったが……、
「リーインカーネイション」
次の瞬間、俺は死んだ。




