【閑話】勇者魔王、首席聖女に追い詰められる
■(第三者視点)■
一方、イスラフィーラと戦闘を開始したイレーネは彼女と互角の勝負を繰り広げていた。戦棍を振るい続けるイスラフィーラと大盾を構えてイレーネの剣を防ぐ勇者の組み合わせはまるで一人の達人かのように隙が無かった。
イレーネの魔王剣とイスラフィーラの戦棍が交わり、イレーネの聖王剣が振るわれると勇者の盾が完璧に防ぐ。イレーネが聖王剣と魔王剣両方で勇者に切りかかってもイスラフィーラが戦棍で片方を止めてしまう。
イレーネが奇跡を行使しようとすればイスラフィーラが同じ奇跡ですかさず相殺。その間に勇者は盾を前に出して突進を仕掛ける。イレーネは魔王剣を突き出して何とか抑え込むも、勇者に集中しているうちにイスラフィーラが戦棍を振り下ろす。
(強い……! さすがに魔王を討伐した勇者と聖女なだけはあるか)
それにしても、とイレーネはイスラフィーラをよく観察する。人間かつ既に高齢な彼女がここまで普通に前衛を務められるとはとても思えない。なら何かしらのからくりがあると判断し、目を凝らして観察すると……淡い光が常時彼女を包んでいる。
その正体が何なのか察しが付いた瞬間、イレーネは別の意味で驚愕した。
「ミラクルブレイブ……」
「おや、ご存知でしたか。さすがは勇者兼聖女を乗っ取っただけはありますね」
奇跡の奇跡ミラクルブレイブ。それは生き物である以上決して避けられない老化からの解放。すなわち年を取った者が一時的に全盛期の若い能力を取り戻す奇跡だ。しかし、それは命を最後に輝かせるようなものだ。
「その奇跡は諸刃の剣じゃん! 燃え尽きかけの暖炉に風を送るようなものであって、そんなものを使ったってこの戦いが終わったら……!」
「老い先短い老聖女が賭ける命なら安いものでしょう?」
「……!」
「言わばこれは最後の審判! さあ魔王共、私達勇者一行を超えられますか!?」
気迫に押されたのもあってか、イレーネは魔王剣を持つ手を戦棍で殴打され、得物を弾き飛ばされてしまった。手薄になったイレーネの懐に潜り込んだ勇者がシールドバッシュを繰り出し、イレーネは壁に叩き付けられた。
一瞬呼吸が止まったイレーネへの追撃としてイスラフィーラは光の斬撃セイクリッドエッジを発動。イレーネは聖王剣を振るってかろうじて光の刃を弾くも、身体のバネだけを使った無理やりな動作だったため、壁から落ちて床に膝をつく。
「参った……勝てない」
イレーネは素直に認めた。目の前の聖女と勇者の二人組は確実に自分よりも強い、と。一人ひとりはそれほどでもないが二人合わさると二刀流でも厳しくなる。魔王鎧の防御力もあるのでそう簡単にやられはしないだろうが、最終的に倒れるのは自分、とイレーネは冷静に分析する。
悔しいとは思った。もっと腕を磨けばきっと彼女らにも勝てるだろうに。羨ましいとも感じた。勇者としても聖女としても魔王としてもイレーネは孤高であり続けた。背中を託せる誰かとなんて結局巡り会えなかったから。
「でも……負けるわけには、いかない!」
だからこそイレーネは強く望んだ。彼女達に今勝ちたい、と。
自分だけで勝てないなら自分達で勝てばいい。
そう、もう自分は一人じゃあないのだから――!
「アームドアウト!」
とどめを刺しに疾走する勇者めがけてイレーネは手をかざし、自らが纏っていた魔王鎧を分離。前方に飛ばされた魔王鎧は人型に合体したと同時に喧嘩蹴りを勇者の盾めがけてぶつけ、相手を大きく蹴り飛ばした。
「フォトンアームド!」
それと同時に勇者イレーネは武装の奇跡を発動、聖王剣から光の粒子が溢れ出ると勇者イレーネの身体を覆っていき、やがては純白と銀色の鎧となる。具足、籠手、兜が作り出されるとイレーネは聖王剣を振るって構えを取った。
それは今日においても広く一般的に知られていた。絵画や像といった芸術作品の題材にもされる黒鎧魔王と対峙する聖女勇者の姿そのもの。すなわち聖王装備一式に身を包む勇者イレーネの完全武装形態だった。
「勇者イレーネ、見参!」
聖女勇者の完全復活、それをイスラフィーラはまざまざと見せつけられていた。
しかしイスラフィーラとて場数を踏んではいない。度肝を抜かれるような真似をされてもその結果戦いにどのような影響をもたらすかを冷静に見極め、単に武具を交換しただけと判断する。
すかさず勇者と共に勇者イレーネを追い込むべく踏み出そうとした直前、視界の端で動く何かに気づいてようやくイスラフィーラは己の迂闊さに気付いた。そう、独りでに動いていた床に転がっていた魔王剣を拾う魔王鎧の存在に。
「さあ、戦いを再開しようか」
「今度は僕と『僕』が相手するよ」
「「だって僕と『僕』で勇者魔王だからね」」
勇者イレーネと魔王イレーネは同時にイスラフィーラと勇者へ飛びかかった。