【閑話】幻獣魔王達、先代三聖との戦闘を開始する
■(第三者視点)■
英霊召喚の奇跡コールエインヘリアルで呼び出したかつての勇者一行と共に首席聖女イスラフィーラがイレーネ、ティーナ、ダーリアの前に立ちはだかる。ミカエラとニッコロが先へと進み、広大な謁見の間には彼女らだけが残った。
ところがその中の一人、ティーナだけは弓を構えるどころか腕を組んだままイスラフィーラを見据えるばかりだった。完全な無防備。このまま先制攻撃を仕掛けられれば圧倒的不利な状況に置かれるに違いないにも関わらず、だ。
「なあイスラフィーラ。うち等に勝ったらミカエラ達の後を追いかけるつもりか? それとも下に行ってルシエラ達を倒す気かー?」
「互いにどこかに加勢に向かう気がないなら戦う必要は無い、と言いたいので?」
「そうだぞ。それともうち等が元魔王だから聖女として討伐する、とかか?」
「そんな大義名分を掲げてもいいのですが、そうですね……。役目を終えた聖女と古の魔王、どちらが新時代を迎えるべきか興味が湧きました。これで納得いただけますか?」
ティーナはリーフ葉のような形をした少し尖った耳を弄り、気だるそうに弓を構える。もはや衝突は不可避であり会話の時間は終わった、と判断してのものだ。イレーネやダーリアも気を取り直して相対する敵を注視する。
最初に動いたのは勇者と聖女だった。イスラフィーラ達は何の合図もなしに同時に飛び出してイレーネへと襲いかかる。それに合わせて槍聖がダーリアへと間合いを詰め、弓聖がティーナを牽制するように矢を射る。
「槍の腕で競おうというの? 上等」
「ダーリア! 槍聖だけじゃなくて弓聖と賢聖にも気を配ってくれな! さすがのイレーネでも賢聖と弓聖の援護ありで勇者と聖女相手は厳しいぞ!」
「私達が三人受け持ちでしょう? 分かってるわよ」
「さて、うちも後列二人の手を開けないよう攻撃し続けないとなー」
ダーリアと槍聖の矛先が接触する。しかし両者共踏み込まない。互いにほんの僅かに切っ先を動かして牽制しつつ相手の出方を窺う。一足一刀の間合い、と東方からの言い回しがダーリアの脳裏によぎった。
その緊迫した空気の中、隙を生じさせようと弓聖がダーリアを狙って立て続けに矢を放つ。単なる射撃に留まらない。炎、凍気、風などの属性魔法を付与したり、でたらめな軌道を描くような矢や追尾性を持たせた攻撃も行使する。
ティーナはそのどれも純粋な弓の腕で撃墜した。それどころか手ぬるいとばかりに弓聖の弾幕の合間を縫って反撃を仕掛ける。だがそれは賢聖の防御魔法や弾幕魔法で防がれる。賢聖が大規模魔法の詠唱を開始すればティーナがすかさず狙いを変えて妨害する。
(思った以上に連携が取れてるなー。現代の勇者一行とは大違いに手強いぞ)
単なる一対二の戦いなら上手く立ち回って相手を出し抜く戦法を取るのだが、今回はダーリアの援護という二対三。ティーナは弓矢だけでの応戦を諦め、精霊術を出し惜しみなく使うことに決めた。
「ウィンドダード!」
風の刃が弾幕となって容赦なく槍聖、弓聖、賢聖へと降り注ぐ。賢聖はすかさず風の鎧を編み込む防御魔法ウィンドアーマーを発動。身にまとう突風が風の刃を打ち消して通さない。
しかし一瞬ひるめば充分。ダーリアは槍聖の切っ先を軽く弾いて槍聖へと飛び込んだ。狙うは相手の喉元。一切の無駄がない最速の刺突。それを槍聖は身を捻ってかわす。しかし僅かに首元をかすり、血がにじみ出た。
ダーリアは横払いで槍聖の首を落とそうとするも、今度は槍聖がダーリアの手を目掛けて槍を振ってきた。ダーリアは狙われた手を槍から離すことで攻撃を槍の柄で防ぐことに成功。その代償に首を狙った追撃は失敗に終わった。
ダーリアは相手の槍を絡め取ろうと巧みに自分の槍を動かすが、さすがに何をしようとしてるのか相手にばれてしまったようで、すぐさま大きく後退して間合いから外れた。攻撃を重ねられないよう残心しつつ。
「いいわね。私好みの死合いよ」
ただがむしゃらにぶん回したり突き入れるだけが戦いではない。相手に神経を集中させて隙を窺い、駆け引きをし、有効打をもぎ取るべく立ち回る。そんな竜騎士としての戦闘と全く異なる玄人の死合いは実にダーリア好みだった。
「ファイヤーアロー!」
そんな静かな戦いとは全く異なる派手な戦闘をティーナは繰り広げ続ける。戦いは数だとばかりにティーナは初歩的な精霊術を絶え間なく発動する。そのため弓聖も賢聖も対応を余儀なくされず、大技を行使出来ないでいた。
そんな一進一退の全面衝突もティーナにとってはさらなる一手の布石に過ぎない。
ティーナから何気なく放たれた矢は弓聖より少し離れた位置の床に突き刺さる。弓聖も己や賢聖に刺さらないから見逃したのだろうが、その甘い判断が危機を招く。突然弓聖は一切身体を動かせない麻痺状態に陥ったのだ。
「シャドウバインド、ってなー」
影縫い。ティーナが狙ったのは弓聖の影。外からの光が複数のステンドグラス越しにそそがれる屋内であってもティーナの目ははっきりと捉えていた。搦め手は絶妙な時に挟んで最大の効果を発揮させる。それが森の住人たるエルフの戦い方だ。
すぐさま賢聖がファイヤーボールで影を縛った矢を焼き尽くすも、一瞬無防備になった弓聖や助けに回るしかなかった賢聖に向けてティーナは容赦なく矢を射る。弓聖はかろうじて籠手で弾き、賢聖は氷の盾アイスシールドでなんとか防ぎきる。
「しまったなー。インファーナルフレイムで一気に勝負を決めればよかった」
そもそもハイエルフのティーナはイスラフィーラが勇者一行として活動していた頃には既に白金級冒険者として活動していた。今相手にしている当時の弓聖の腕前も把握済み。油断していなければ負ける相手ではなかった。
(長く生き過ぎたなぁ。もう誰も弓でうちには勝てないし、この世界で活動するのも潮時だったんだろうなー)
ティーナは改めて外世界に行こうとしているミカエラ達と同行する意思を固めた。




