聖女魔王、封印の状況を看破する
無性に腹がたった俺は戦鎚を振りかぶって扉に叩きつけようとして、ミカエラに制止された。
「ニッコロさんにしては随分迂闊でしたね。彼ら、初めから余達を騙す気満々でしたよ。丁重にもてなしてその気にさせ、ここまで連れて来る。それを過去に何度もやってきたんでしょうね」
「聖女を魔王の生贄に捧げてきたのか! なんて奴らだ……!」
「そうしないと封印が維持できないのか、それとも余個人がはめられたのか。それは今となってはどうでもいいです。取れる選択肢は三つありますけれど、ま、本来の目的を果たしに行きますか」
「……あー。そうだよな。どんな封印か見極めないとな」
ミカエラは閉じ込められても平然とした様子で先へと進んでいく。俺はどう扉をぶっ壊してアイツ等をぶちのめすかばかり考えてて忘れてた。元々は魔王の再封印のために俺達は来たんだったな。
奥に進むに連れ、段々と空気が重苦しくなってくる。一応は空気が循環してるのか、カビとホコリ臭いものの酸欠にはならずに済んでいる。けれど、そんな環境の問題じゃあ決してない。
最奥の開けた広間、その中央にその存在はいた。
全ての光を飲み込まんとする漆黒の鎧兜を身に纏う乙女が、広間の壁という壁から伸びる鎖でがんじがらめになっていた。その側には何やら長い物体が聖骸布らしき布でぐるぐる巻になって横倒しになっている。
「察するに、勇者はリビングアーマーの魔王を装備することで封印したわけか」
「封印が保っている間は老いないようですね。討伐した姿のままですか」
「分かるのか?」
「施された封印の術式を見れば分かります」
ミカエラ曰く、このがんじがらめの鎖は後世での後付のもの。本来は全身鎧の上から書き込むように封印の奇跡が施されたらしい。そして大聖女だった勇者が装備し、内側と外側の両方から魔王を封印した、という経緯なんだとか。
そんな封印が何らかの方法で解けかけていると判明し、大慌てで後世の聖女達がこの鎖を施したんだとしたら、かなり大掛かりな再封印だったんだろう。加えて、封印された魔王を中心として何重にも魔法陣が描かれている。これは別の時代の再封印だろうか?
「これは封印の奇跡もあれば封印の魔法もありますね。一個一個で時代も仕組みも違います。外側になるにつれて新しい時代で施されたみたいですね」
「へえ。ペンキが剥げかけた壁にペンキ上塗りしてるみたいだけどさ、効果はあるのか?」
「微妙ですね。その例えで言うならペンキを全部剥がした完全修復が必要じゃないかと。剥げたらまた上塗りすればいいや、みたいに問題を先送りしたんじゃないですか?」
「完全に手抜き工事じゃねえか。悪質商会もびっくりだな」
しかしそれは仕方がない面もある。過去俺達みたいに教会の連中にはめられて閉じ込められて、それでも孤独にも自分の使命を全うしようとしたら、上から更に封印するしか道は無いだろう。目の前の光景はそうした歴史の積み重ねの結果だ。
「つまり封印はまだ破られてないってことだろ。何だよあのハゲオヤジ共、ビビり過ぎじゃねえのか?」
「……」
「おい、ミカエラ? ちょっと……!」
呆れる俺を無視してミカエラは遠慮なく封印された魔王の方へと歩み寄っていく。途中、再封印を施したらしき魔法陣を踏み越えても特に何も起こらない。悠然と進む彼女に呆気にとられるのもつかの間、慌てて彼女の後を追い、抜き返した。
「近寄るならそう言え! とっさに守れねえじゃねえか……!」
「ニッコロさんを信用してますから、必ずこうしてくれると思ってましたよ」
「調子の良いこと言ってもごまかされねえぞ」
「とにかく、彼女の間合いに入らない距離まで近づきましょう」
彼女の言い回しに嫌な予感はしたものの、ひとまず不満は飲み込む。戦鎚を構えながら前進すること少しの間。もう飛び込めば魔王に一発打ち込めるぐらいの間合いまで詰める。ここまで来ると兜の隙間から相手の容姿まで確認できるようになるが、ミカエラの言った通りかなり若いまま、噴水広場で見た像そのままの状態を保っていた。
封印された鎧の魔王は微動だにしない。俺は唾を飲み込んで警戒心を集中させる。ミカエラは余裕そうに権杖で床を叩き……次々と床に施された封印の魔法陣を消していった。過去の聖女が決死の覚悟で施しただろう封印が、儚く散っていく。
「こんなものは芳香剤と同じですね。効き目が無くなったら片付けるに限ります」
次にミカエラは至るところから張られた鎖を権杖で軽く叩く。それを合図として甲高い嫌な音が広間全体に響き渡り、残らず腐り落ちていくではないか。これはミカエラがやったのではなく、有効期限はとうに過ぎていたんだろう。
そして、外付けの封印が全て無くなった中、ミカエラは礼儀正しく一礼する。
「始めまして。魔王イレーネ、と呼べばいいですか? 余は現代の聖女ミカエラ。そしてこちらは我が騎士のニッコロさんです」
「……なんだ、つまんない。最初から分かってたのか」
聖女の身体がゆっくりと動き出し、被っていた兜を脱いで頭部をあらわにした。像や肖像画に残された勇者イレーネそのままな彼女はおもむろに転がった長い物体に巻かれた布を引き裂き、中身を取り出す。
それは、全ての光を引き裂く暗黒の剣だった。生きとし生けるものに恐怖と絶望を与え、世界を闇に染め、聖女や天使を葬る、まさしく魔の象徴。それでいて吸い込まれそうなほど美しい造形をしていることが恐ろしい。
魔王剣。そんな単語が自然と頭に浮かんだ。
「始めまして。僕は魔王イレーネ。よろしくね」
イレーネを名乗る復活した魔王は一礼した。
それはまるで決闘の前に対戦相手へ敬意を込めて礼をするようだった。




