【閑話】悪魔公爵、聖都へ攻め入る
■(第三者視点)■
ルシエラが発動した大規模転送魔法デモンズゲートで召喚された魔王軍は聖地から離れた聖都近傍に出現し、たちまちに聖都を強襲した。
ゾンビ、スケルトン、グール、ゴースト等のアンデッド系の魔物の群れはただひたすら聖都へ向けて進軍する。もはやそれは全軍突撃ではなく津波が襲いかかるかのような勢いで、守備兵はなすすべなくたちまちに飲み込まれた。
「やれやれ、妹様にも困ったものですわね。冥法軍の指揮権をわたくしに委ねて先に行ってしまうとは。逆に言えば冥法軍はこの戦いで使い潰しても良い、ということなのでしょう」
「公爵閣下。我らはいかが致しましょう?」
「無論蹂躙を……と言いたいところでしたが、余計な危害を加えないとガブリエッラと約束していますからね。一般市民の避難が間に合う程度にゆっくりと前進しましょう」
「畏まりました」
冥法軍を率いているのは悪魔軍長のフランチェスカ。悪魔軍自体は多くが正統派として離脱してしまったために先日の粛清で壊滅状態。なので小規模の精鋭を伴っての参戦となっている。
そんなフランチェスカは戦場の真っ只中にいてもなお優雅に歩む。彼女が引き連れる悪魔もまた彼女に劣らず気品に溢れている。堂々とした有様はこの場が社交界の一幕ではないかと錯覚させるほど場違いだった。
「あ、フランチェスカったら勝手に行っちゃったよ。わたし達はどうする?」
「私達も行きましょう。聖域の結界が張られている城壁まで前線を押し上げても構わないわ。勿論、罪なき人々が逃げられる程度に」
一方、リビングアーマーやゴーレムを主軸とする魔影軍を率いる魔影軍長ガブリエッラもまた邪神軍長アンラと共に前進を開始する。たまに突破を試みる騎士団達はアンラが帯同させた邪神によってたちまちに壊滅した。
一応こちら側にも次世代型の人造勇者や人造聖女が差し向けられはしたが、いかんせん実戦経験がまるで無かったため、フランチェスカ達の相手ではなかった。時間稼ぎにもならずに木っ葉のように蹴散らされるばかりだった。
なお、ガブリエッラはさすがに聖女の格好で魔王軍幹部として姿を見せるわけにも行かず、黒く染まった衣をまとい、頭巾を深く被っている。更には影で聖女の肉体を覆う徹底ぶり。これで彼女が聖女ガブリエッラだと気づくものはいない。
こうして魔王軍は郊外の防衛線を突破して郊外区域に侵入する。
「思った以上に人間どもの避難が進んでいませんわね」
「避難しないで家の中に閉じこもってる人たちもいるみたいだよ」
「不意打ちの機会を窺う戦闘員以外は捨て置いていいわ」
郊外を囲む塀や堀を無力化して複数の進入路からなだれ込んだ魔王軍だったが、その進軍速度は目に見えて遅くなった。というのも魔王軍の強襲が突然過ぎたもので市民の避難誘導が全く進んでいなかったからだ。
すでに教国軍は郊外区域を放棄したらしく抵抗されてはいない。それでも逃げ惑う人々の群衆に追いつかない程度に進行するとなると普通に歩くよりもゆっくりになってしまっていた。前方が詰まっていて中々前に進めないようだ。
「一部の街道ではスケルトンランサーが矛先で集団最後尾の尻をつついているようですわね。そちらのリビングアーマーナイトも似たようなものでしょう」
「ええ。それにしてもおかしいわねえ。有事の際は聖域の奇跡の内側で籠城するようになってた筈なのだけれど」
「あまりに平和すぎて避難訓練をサボってたんじゃないの?」
「……いえ、どうもそうではないようですわね」
フランチェスカが睨みつけた方向では聖都住民が城壁に殺到しており、内側へと入る城門が固く閉ざされ、堀をまたぐ桟橋が上げられているではないか。これでは市民が聖域の奇跡で守られることはない。
それを目の当たりにしたガブリエッラは歯ぎしりしながら憎々しげに睨みつけ、フランチェスカは眉をひそめて侮蔑し、アンラは「あ~あ」と呟きながら頭を掻いた。市民は内側へと怒声を浴びせたり懇願したり泣き叫んだりと、大混乱だ。
「で、どうします? 攻勢をかけるには庶民を片付けなければいけませんわよ」
無力な市民に犠牲を出さない、という縛りを設けているとは言え、今回の魔王軍の侵攻はそもそもミカエラやルシエラを教会総本山に導くために少しでも気をそらすためだ。ここで睨み合いになっては少なからずミカエラ達に追手が差し向けられるかもしれない。故に攻めの手を止めるなどありえなかった。
「はいは~い。じゃあわたしが何とかするよ」
「穏便に済ましてくださいませ」
「アンラ・マンユにおっ任せー!」
アンラはフランチェスカ達の先に歩み出て、天高く拳を掲げた。
「ダエーワ・ギガンティック!」
するとアンラは光に包まれ、空に跳び上がった直後からぐんぐんとその体を大きくしていく。そして山にも匹敵する巨人へと変化し、轟音と共に着地する。大地が揺れ土が舞い上がり、人々が跳ね上げられた。
巨神アンラ・マンユ。正体を表したアンラは両腕に力を収束させていく。膨大な力に大気が震えて雲が散っていく。その姿は破壊の化身そのもの。人々は怯え、絶望し、神に救いを求める。
「エヴォルレイ・ストリーム!」
そんな人々の懇願などどこ吹く風。アンラは両腕を交差させると城壁めがけて破壊光線を解き放った。光の奔流は容赦なく対象へと突き進んでいき……、
「サークルバリアー、発動シマス」
――突如城壁から伸びた巨大な手から展開された光の盾に阻まれた。
なら強引に突破を、とアンラは破壊光線を放出し続けるも、盾は破れない。
それどころか手はやがて腕、胴、頭、腹、脚を伴い、人型になったではないか。
「エビルマウンテン。そのままその邪神を遠くにやってしまえ。近くで戦闘されたらたまらない」
「命令ヲ受諾。排除シマス」
黒曜石のような漆黒の岩石で出来た超巨大ゴーレムは盾を展開したままアンラへと突撃する。アンラはとっさに破壊光線の放出を打ち切って身構えるも防御出来ず、そのまま跳ね飛ばされ、聖都からかろうじて見える遠くの山に背中を打ち付けた。
フランチェスカは確かに見た。人型に変形していたがあの超巨大ゴーレムはところどころ要塞の外見をしており、しかも彼女がよく知っているものだ。だがアレは本来魔王城の影に隠されたアレであり、面体構造ではなかったか?
「モビルフォートレス種、と私はあのゴーレムを新たに分類した」
フランチェスカとガブリエッラの前にどこからか飛んできた蝙蝠が集結し、やがては人体を形成する。外套ならぬ白衣を翻して現れたのは寝癖と眼鏡が目立つが整った顔をし、姿勢の悪い女性だった。
「イブリース……!」
白衣の女、錬金魔王ことイブリースはズレた眼鏡の位置を直し、相対する二人の軍長を静かに見据えた。