首席聖女、先代勇者一行を召喚する
やがて俺達は聖女一同が招集された謁見の間に戻ってきた。イレーネがまた入口を細切れにしかけたので慌てて止め、入口を守る警備兵もいないので俺が重厚な扉を開けた。
神の威光を演出する壁画やステンドグラス等の数々も誰一人いない空間だと逆に怖く思える。そんな寂しい広間の中央にただ一人、首席聖女のイスラフィーラが俺達を待ち構えていた。
イスラフィーラは普段選りすぐりの聖騎士数名を護衛として連れているが、この場にはいなかった。代わりに彼女の周りには盾、弓、槍、杖が置かれている。担い手のいない武具達はまるで聖女を守るようだった。
「さあイスラフィーラ。年貢の納め時ですよ!」
「それはお金の代わりに小麦などを税として収める一部地域でしか伝わらない表現ですよ。それはそうと、よくもまあ戻ってきましたね」
イスラフィーラは俺達五人を前にしても全く怯む様子がない。むしろ彼女一人で俺達を相手する気満々なようで、並々ならぬ気迫と覚悟に満ちていた。彼女の場合それは無謀なのではなく実績にもとづいているのだから、決して侮れない。
「イブリースを引き入れて人造聖女を作らせたのは貴女の指示ですか?」
「彼女は私達が討伐した魔王にその座を譲り渡した先代の魔王でしてね。魔王城で出会って言葉を交わしたら意気投合しました。その知識を教会に役立ててもらおうと勧誘したんですよ」
「ルシエラの遺体をユニエラを派遣して聖都に持ち帰らせたのも貴女ですか?」
「魔王軍正統派とやらにイブリースの間者を紛れ込ませていたので、貴女と聖女ガブリエッラの正体や聖女ルシエラについては調べがついていました」
なんてこった。教会には最初からミカエラの正体はばれてたわけか。
そして事を成すまでは黙って見過ごしていた、と。
随分とまあ性格がいいことで。
俺達一同は各々の武器を構えてイスラフィーラと対峙するも、彼女は自分から動こうとしなかった。盾を大事そうに……いや、愛おしそうにすら感じられるぐらい丁寧に触れる様子は隙だらけだ。
「さて、問いましょう。聖女の聖痕とは何か? そして勇者の紋章とは何か?」
唐突に投げかけられたがそれはさっきイブリース先生に聞いたばかりだ。しかし目の前の大聖女が今更俺達の理解度を確認するつもりではないだろう。と、なると機能的な話ではなく彼女の求める答えは、そうだな……各々の感想、印象か?
「運命、だな」
「そう、神の定めた運命。しかし私はこう考えています。呪いだ、と」
イスラフィーラは袖をめくる。彼女の腕には入れ墨のように聖痕が刻まれている。輝きが失われているのは魔王を討ち果たして役目を終えたためか。しかしそれ以上に彼女の腕には生々しい傷跡がいくつも残っているのが目につく。
「話をしましょう。あれはもう七十年以上も前になりますか。私は片田舎に住む小娘に過ぎませんでした。村から出ないまま狭い世界で一生を過ごすものと疑っていませんでしたし、幼馴染の男の子と結婚して子どもを作るんだと思ってました。ええ、この聖痕が現れるまではね」
「私の時代では幸か不幸か紋章持ち勇者は現れませんでした。いえ、実はいたのかもしれませんが私はついに会いませんでした。代わりに勇者になったのは幼馴染の男の子でしたね。そういう意味ではラファエラとヴィットーリオは昔の私達を見ているようでしたっけね」
「当時の魔王は残虐で人を苦しめて殺すのを楽しんでいました。駆けつけるのが遅くて多くの犠牲が出てしまいましてね。その度に私達が悪いんだと罵られて卵や石を投げられましたよ。それでも勇者は私が聖女としての使命を果たすならどこまでもついていくし絶対に守り抜いてみせる、と」
「自分で言うのも何ですが私達勇者一行は敵無しでした。だからこそ魔王は私達を人々と分断する作戦を取ってきました。私達はその時滞在していた城塞都市から追い出され、魔王軍の前に差し出されたのです。勇者一行と城塞都市全員を天秤にかけてどちらかを選べ、と言われてね」
「魔王は勇者一行を討ち果たすために大軍勢を差し向けました。更には軍長も勢揃いするという絶望的状況でしたっけ。弓聖、槍聖、賢聖と仲間が徐々に力尽きていき、魔王との一騎打ちにまでこぎつけた頃には満身創痍でした。ああ、ちなみにこの間人々は城壁の内側に引きこもって助けてくれませんでしたよ」
「魔王は倒せました。幼馴染の勇者の犠牲を経て、ね」
「聖痕持ち聖女のどこが偉いんですか? どこが凄いんですか? 勇者や聖女に任せきりにして自分達は戦いを見守るだけなんていい身分ですよね。聖女になんてなりたくてなったわけじゃないのに。大切な人に勇者を強いたくなかったのに……!」
「もう一度言います。聖痕は呪いです。私は導かれし者におんぶ抱っこするのを許さない。だからこの世界にそんなものは不要なことを証明するのです」
それなりに長い昔話が終わった。相対する敵の事情なんて知るかと話を打ち切って攻撃を仕掛けられもしたんだが、俺達は誰もそうしなかった。それだけイスラフィーラが真剣だったからか、それとも壮絶な過去に興味をひいたからか。
イスラフィーラは背負っていた巨大な戦棍を手にし、構えを取った。さすがは歴戦の戦士だけあって威圧感が半端ないが、いかんせん彼女は全盛期をとっくに過ぎている。一対一の手合わせならともかく五人まとめて相手して敵う筈無いんだが……。
「聖女ミカエラと聖騎士ニッコロだけは先に進みなさい。あのお方が待っています」
注意深く相手の出方を窺っていたら拍子抜けする許可が来た。どうしたもんかとミカエラの方を見やると、すでに彼女は悠然と歩み始めている。そしてイスラフィーラの直ぐ側を通り過ぎる。俺も慌てて彼女の傍まで駆け寄った。「遅いですよ!」と怒られた。
あのお方? イスラフィーラほどの大聖女が敬う相手は教皇ぐらいなんだが、あの人はもはや意識があるかも怪しいほど呆けてるからなぁ。いつもイスラフィーラや枢機卿が教皇の言葉を代弁してた記憶しかない。そんな彼がミカエラとおまけに俺をお呼びとは、どういうことだ?
「コールエインヘリアル!」
俺とミカエラが謁見の間を抜けようとしている最中、イスラフィーラが力ある言葉を発すると、後方が強く光りだした。思わず振り向くとイスラフィーラの周囲四箇所から光の柱が立ち上っているではないか。
それに呼び出されるように天より四名の英霊が降り立つ。
英霊達は無言でイスラフィーラが準備した各々の武器を取った。
彼ら、イスラフィーラが旅を共にした勇者一行がイレーネ達の相手だった。
「さあ、古の魔王達。私達本当の勇者一行がお相手しましょう」
イスラフィーラは凛とした口調で誇らしく宣言した。