戦鎚聖騎士、思わぬ再会を果たす
「教皇聖下のお言葉はこのわたくし、首席聖女イスラフィーラが代わって伝えます。なお、嘘偽りや私情を挟まないことを神に誓います」
謁見の間に聖女一同達が集まりきると、イスラフィーラが教皇がぼそぼそ呟くのを聞き取って代弁し始める。教皇は相当年齢を重ねてるし、もはやこの広間全体に聞こえるような大声は出せないんだろうな。
首席聖女イスラフィーラ。前回勃発した聖戦で聖女として勇者一行に加わり、魔王を討ち果たした英雄。とうに還暦を迎えた彼女だが老いてますます精力的に奉仕活動に従事する聖女の鏡だ。片手で数えられるぐらいしか会ったことないが、やはり威厳に満ち溢れている。
「各聖女達の献身により各地に侵攻してきた魔王軍は退けられました。あとは残党を駆逐すれば人類圏に再び平和が戻るでしょう」
「そして軍長を全て失った魔王軍で残す脅威は魔王本人のみ。そこで聖女ユニエラに手薄となる魔王城に忍び込んで魔王を討伐するよう密かに命じていました」
「結果、聖女ユニエラは見事にこの密命を成し遂げ、魔王を討ち果たしたのです」
この場にいた一同がどよめいたのは当然だろう。これから人類が総力を上げて魔王城へと攻め込んで魔王を討ち果たす宣言をするのかと思いきや、既に終わっていると言われて混乱しないわけがない。
更には俺の目の前にはちゃんとミカエラがいる。いくら不在にしているとはいえ魔王は健在なのにイスラフィーラは何を言ってるんだ? と疑問に思ったのも少しの間だけ。俺の脳裏に恐ろしい可能性がよぎる。
広間の片隅に安置されていた布がかけられた物体を神官達が中央へと運んでくる。その大きさはまさしく死体を入れる棺桶と同じ。頭の中で警鐘が鳴り響き、喉がつまり、焦りと緊張で体がこわばった。
「聖女ユニエラが討ち果たした魔王の遺骸はこちらにあります」
イスラフィーラの宣言とともに布が剥ぎ取られ、その中身が露わになった。
そう、魔王城に安置されていた筈の、ミカエラの妹ルシエラの遺体が――。
咄嗟に動けたのは僥倖とでも言えよう。俺は皆の前であろうと構わずに前へと踏み込んでミカエラの肩を掴む。どうやらミカエラが何かを起こす直前だったようでかなりの力が入っていた。俺に触れられてミカエラは身体を震わせ、やがて俺の手を握ると肩から力を抜いた。
まさか決戦を挟まずに聖女が単身で乗り込んでルシエラの遺体をかっさらってくるとは。魔王城で紹介されたあの軍長二人はどうした? 彼女らの目をすり抜けたのか、それとも彼女らを突破したうえなのか。何にせよユニエラが成し遂げたのは確かに偉業に違いあるまい。
「これにより、今日をもって今代の魔王との聖戦の終結を宣言します」
今代の魔王がミカエラだと人類側で知る者はごく少数。ルシエラは魔王であらざるとも魔王刻印持ち。ならルシエラが魔王だと見なすのはごく自然な流れだった。
イスラフィーラの宣言はまさしく人類側の勝利を告げるものだった。
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「やあガブリエッラ君。息災で何よりだよ」
退出を促されて広間から出た俺達だったが、直後に前方のガブリエッラが呼び止められたことで足を止めざるを得なかった。
ガブリエッラを止めたのは俺やミカエラもよく知る顔だった。
「イブリース先生?」
彼女、イブリース先生は学院時代に俺達の授業を受け持っており、専門分野は歴史と魔法学だった。だらしなく伸ばした長髪とよくずれる眼鏡、そして大きめの実験用白衣が特徴的。そして教会お抱えの錬金術師という側面を持つ。
ガブリエッラはイヴリース先生に挨拶だけ送って通り過ぎようとしたが、イヴリース先生はガブリエッラの腕を取って待つように懇願する。ガブリエッラはシワを寄せた眉間を手で揉む。それから深い溜め息を漏らした。
「イブリース。あいにく私は貴女と話している時間は無いの。後で日程を調整してましょう」
「つれないねえ。けれど今回ばかりは君に都合を合わせてもらうよ。重要な話があるんだ。君の今後にも関わってくることは保証しよう」
「それは今じゃないといけないの?」
「ああ。今じゃないと駄目だね。もう待った無しさ。私とガブリエッラの仲じゃあないか。頼むよ」
ガブリエッラが外套の少女に視線を送ると外套の少女は静かに頷いた。ガブリエッラはイブリース先生に早く案内するように促す。渋々といった様子なのは彼女もまたあの魔王とされたルシエラの遺体に思うところがあったて急いでいるのだろうか。
「ミカエラ君もラファエラ君も来なさい。損はさせないからさ」
しかしイブリース先生はなんと俺達にも来るよう手招きしてくるではないか。
「……どうする? さっきのことを早くイレーネ達と共有して今後どうするか話し合うべきだと思うが」
「いえ、受けて立ちましょう。あくまで予測ですけど、ルシエラの遺体を持って帰ってきたことと関係しているように思えます」
何を根拠に、と思ったが、おそらくはミカエラの勘だろう。彼女の勘は単なる当てずっぽうや選択を放棄した神頼みなんかじゃなく、きちんと経験とその場の空気にもとづいたものだ。なら従うべきだろう。
俺達六人はイヴリース先生の後をついていく。彼女は段々と総本山大聖堂の外れへと移動する。段々と人影が少なくなり寂しくなっていく。それは決して動線だけの問題ではなく、まるでその場に寄ることを皆避けているかのようだった。




