【閑話】死霊聖騎士、三聖に最後通告をする
■(ラファエラ視点)■
「は……? はああぁ!? なんでお前が魔王刻印を持ってるんだよ!? 魔王はあの聖女に化けてたミカエラじゃないのか!?」
「そうよ。お姉ちゃんが今の魔王であたしは単なる一軍長に過ぎないわ。冥法軍長ルシエラ、覚えておきなさい」
ドナテッロが当然の疑問を口にしてルシエラがあっさりと真相を答える。あまりにも拍子抜けだったけれど納得した。ルシエラはミカエラの妹で、ルシエラがミカエラの下に付いたからミカエラが魔王になったのね。
そして冥法軍長、か。これまでアンデッドの軍勢を一向に見かけなかったのはずっと息を潜めていたからなのね。てっきり人類圏に攻め込んだ軍勢で今代の魔王軍は打ち止めかと思ってたけれど、まだ終わっていなかったのか……!
「そんな! 戦いはあと魔王を倒せば終わりじゃないのかよ!?」
「あいにく、今までアンタ達人類共が相手してきたのは魔王軍全勢力のうち六割ぐらいよ。愚かな連中でさ、お姉ちゃんを魔王だって認めなくて勝手な真似してたのよ。粛清を手伝ってくれてありがとう、お疲れ様」
「くそっ! ヌカ喜びさせやがって……! じゃあお前らだってボクが斬り伏せればいいんだろ!」
「剣も無いのにどうやって? ああ、お姉ちゃんに折られたりお姉ちゃんの聖騎士に叩き落されたんですって? ぷっ、だっさ」
煽られたドナテッロは考え無しにルシエラに殴りかかって、アンラに軽々と受け止められた。同時にフランチェスカに足を引っ掛けられてその場に倒される。……彼女達がその気だったらドナテッロはとっくに命を落としていたに違いない。
「フランチェスカ」
「お任せあれ。転送式波動門、開門」
ルシエラが顎で命じるとフランチェスカは空間を歪曲させた。すると何本かの剣がこぼれて地面に転がり落ちる。抜き身のそれらは専門外のわたしが見ても分かる。どれもが一流の剣士が使うような業物だと。
「魔王城で保管してる過去に返り討ちにした歴代の勇者や剣聖の剣よ。好きなのを使いなさい」
「は? いいのかよ?」
「ええ。遠慮しないで。別に呪ってないし付与された効果や加護もそのままよ」
「なめやがって……! 後悔すんなよ! 遠慮なく貰ってやるよ!」
ドナテッロは無造作に転がる剣から最も派手な剣を選んで構えた。さすがに一度痛い目見て思い知ったのか、今度は飛び込んだりはしない。ただし「かかってこいよ!」と威勢よく豪語するのはさすがだと思う。
そんなドナテッロの相手をするのはルシエラでもガブリエッラ様達でもなかった。
野営の準備をしていた騎士がミカエラから「出番よ」と声をかけられるとこちらへと歩み寄ってくる。そしてルシエラを守るようにわたし達の前に立ちはだかり、剣を構えた。揺らぎも淀みもない、真っ当な正眼の構えだった。
「生意気だな、すぐに終わらせてやる!」
「……」
ドナテッロが斬りかかり、騎士が剣を振りかぶる。
剣を振り下ろしたのはほぼ同時。互いに相手の頭を狙った一撃。
二人の剣が交わり、擦れ、滑る。
「ウェポンブレイク」
そのやり取りの果て、ドナテッロの剣が破壊された。
騎士の剣と触れていた位置を起点に突然ひび割れたのだ。
そして、無防備になったドナテッロの頭を騎士の剣がかち割る――。
「させない!」
「ドナテッロ、下がって!」
その直前、グローリアが剣を割り込ませて防御に成功。ほぼ同時にオリンピアが矢を立て続けに射掛けて牽制する。騎士は矢を風の防御で受け流したものの、再び構えた頃にはグローリア達三人が騎士の前に立ちはだかっていた。
……どうして。三人共なんで気付かないの?
ウェポンブレイクは武器破壊の闘気術。聖騎士の技じゃないの。
それに今の太刀筋、わたし達の目に焼き付いた彼のものそのままでしょうよ。
「ドナテッロを失うわけにはいかないの!」
「その前にあたし達が相手になるよ!」
「ドナテッロは私達が守る」
止めて。グローリア達は操られてるのよ。
使命に、宿命に、運命に翻弄されてるの。
自分の意志だったつもりで弄ばれてただけなのよ。
騎士はグローリア達の乱入にも一切動じない。むしろ影になってて見えない兜の奥でわずかに何かが蠢いた、気がした。それはまるで怒りまたは失望で顔を歪ませたように思えたのはわたしの独りよがりだったかしら……?
「グローリア、オリンピア、コルネリア。最後に聞く。お前達はルシエラの敵か?」
騎士が発した声はかすれて、呻くようで、ひび割れていた。
まるで墓場から蘇った死霊がこの世の恨みを込めた呪詛を撒き散らすような。
けれど……けれど! 間違いない。この声は、そんな、まさか……。
そんな彼からの最後の問いかけを、グローリア達は無下にする。
「当然よ。剣聖の名にかけて私は勇者のもう一振りの剣なのだから!」
「弓聖の称号を授かった時に誓ったのよ。勇者と共に平和を取り戻すって!」
「魔を払う勇者を守る、それが賢聖としての使命……!」
彼女たちはこの期に及んでもなお三聖の名にこだわった。
いえ、ミカエラの浄化を受けてなかったらわたしもこの中にいたに違いない。
わたし達の命運を分けたのは単なる偶然に過ぎない。
「そうか、分かった」




