【閑話】天啓聖女、今更正気を取り戻す
■(ラファエラ視点)■
一体何を間違えたんだろう?
ミカエラ達に戦いを挑んだこと? ヴィットーリオを切り捨てたこと? 勇者一行の一員になったこと? 聖女になったこと? 聖女候補者になったこと? ヴィットーリオと幼馴染になったこと?
それとも……生まれた事自体がいけなかったの?
聖痕がわたしを運命づける。縛り付ける。
迷える子羊を救済せよ。闇を払い秩序をもたらせ。
聖女であることがわたしの使命で、生き様で、誇りで。
わたしはただ、ヴィットーリオのそばにいれれば良かったのに。
苦しむのはわたし。悲しむのはわたし。
生まれ持った宿命のために身を汚され、心狂わされ、魂は摩耗して。
救ってほしいのは他でもないわたし自身。
けれど誰もわたしを助けない。
わたしに手を差し伸べてくれる相手はわたしがこの手にかけてしまったもの。
もうわたしは聖女という奴隷としての使命を全うするしかない。
願わくば、もし次があるならわたしは奇跡なんていらない。
想い人に寄り添えられる自由さえあれば、わたしは幸せなんだから――。
■■■
「あらあら、目が覚めた? 随分とひどい目にあったようだけれど……」
目を覚ますと、わたしは見覚えのない場所にいた。わたしは確か聖女として魔王と名乗ったミカエラ達と戦って、魔王としても聖女としても彼女に完敗したんだ。けれど無事でいられてるってことは、あの場からどうにか脱出出来たのかしら……?
辺りを見渡すとグローリアは全身に裂傷があって気絶中。オリンピアは額に矢を受けていて生きているかも怪しい。コルネリアは全身から汗を流しながら胸元を押さえて悶え苦しんでいた。
そしてドナテッロは……うなされながらニッコロに砕かれた両手の治療を受けてる? あんな重傷を治せるのなんて聖女ぐらいしかいないのに一体誰の治療を……。
そう疑問に思って、ようやくその存在に気付けた。
彼女、大先輩の聖女ガブリエッラ様はわたしの頭を優しく撫でてくれた。
「大丈夫。ここは危なくないわ」
「ガブリエッラ様……。ガブリエッラ様ぁ……!」
わたしは聖女だ。誰が何と言おうと聖女なんだ。そう自分に言い聞かせて今まで走ってきた。聖女を目指したのだってそう。勇者と共に旅立ったのもそう。大切でかけがえのなかったヴィットーリオを切り捨てたのだってそうだ。
けれどもう限界だった。わたし達は魔王に完敗した。手も足も出なかった。あんなのをどう相手しろって言うのよ。修行を死闘をくぐり抜ければそのうち太刀打ちできるようなるの? あんな途方もなく強大な敵に?
それに……わたしは心が折れてしまった。
他でもない、ミカエラが魔王のくせに放ってきた浄化の光によって。
今まで支配されてきた微睡み、甘い誘惑から解放されてしまった。
わたしはガブリエッラ様の胸に飛び込んで泣いた。これまで流さなかった分の涙までこぼれ落ちた。吐き出さずにはいられない。わたしの罪、わたしの苦しみ、わたしの後悔。懺悔する資格がないのは分かっていても、少しでも救われたくて。
「殺しました……わたし、ヴィットーリオのことを……!」
涙とよだれでぐちゃぐちゃになりながらわたしは全部告白した。勇者ドナテッロに惹かれたこと、ヴィットーリオが邪魔で鬱陶しくなったこと。憎しみのあまり彼をこの手にかけたこと。ミカエラに魔王としても聖女としても負けたこと。
このまま目が覚めなければ良かったのに。愚かなままで良かったのに。
……ううん、そんなの逃げでしかないわ。
こんな救いようのない女の泣き言もガブリエッラ様は親身に聞いてくださった。わたしの涙を拭い、相槌を打ち、頭を撫でてくださった。わたしを抱きしめて「大丈夫、大丈夫だから」と何度も語りかけてくださった。
「仕方がないわ。それが紋章を授かった勇者の定めだもの」
全てを吐き出し終えてようやく少し落ち着いたわたしに、ガブリエッラ様が述べた説明は最初理解出来なかった。苦悩を仕方がないの一言で片付けられたのもアレだけれど、わたしが知らない単語が飛び出したからだ。
「紋、章?」
「聖女の聖痕や魔王の刻印と同じよ。魔を払う希望の象徴としての使命を授けられた人のことね。誕生する頻度も同じぐらいだったかしら」
「そんなの、わたしは知りません……」
「知らなくて当然よ。聖痕と違って秘匿されているもの。教会内でも知る者はごく一部なの。その方が都合がいいから」
「何ですか、それは……」
「勇者に相応しい能力と同時に魅力が備わるの。円滑に使命を果たせるように自然と人々を惹きつけてしまうのね。勇者と共に旅をする聖女や三聖は特にその影響を濃く受けてしまうのよ」
何よ、何なのよそれは。
わたしの志、想い、魂が心が、全部全部歪められてたっていうの!?
勇者に尽くして魔王を倒すために、わたしは勇者の奴隷にされたの……!?
「すべての戦いは勇者のためにするもの、でしょう?」
なんて、ことなの……。
そんなもののためにわたしは、彼を、ヴィットーリオを……。
わたしは胃の中のものを全部地面にぶちまけた。空っぽになっても胃液とよだれだけを出し続ける。わたしの苦しみ、悲しみ、悔やみ、全部もこんなふうに吐き出せれば良かったのに。




