幻獣魔王、賢聖に完勝する
■(三人称視点)■
賢聖コルネリアはダーリアと対峙する。超竜軍を国境際で撃退し続けたドワーフの竜騎士としての名声は彼女の耳にも届いている。そして超竜軍の本体をも下した立役者として最近報告を受けている。
しかし、真紅髪の少女は飛竜は愚か騎竜にも乗っていない。槍を地面に突き立てて待ち構えるばかり。明らかに自分からこちらを攻めてくる気はない意思をありありと突きつけられたコルネリアは湧き上がる怒りをぐっと堪える。
「どうして竜騎士が竜に乗らないの?」
「接近戦を仕掛けたらあっという間に終わっちゃうでしょう。それが望みなら沿ってあげるけれど?」
「いえ、そっちがその気なら別に構わない。わたしはわたしのやることをやるだけ」
「そう。ゆっくり5つ数える間は攻撃しないから、かかってらっしゃい」
コルネリアは瞬きするほど間に術式の構築を完了させて雷撃魔法ライトニングを発動した。経過時間ほぼ無しでダーリアに命中して対象を感電させ……ていなかった。ダーリアを覆う障壁に衝突して全て散らされてしまう。
「マナシールド……!?」
「5」
「くっ! グラビトンウェーブ!」
コルネリアは地属性の重力魔法を発動する。大地へと作用して落下する力を何倍も増幅させる大魔法の影響を受けて地面がダーリアを中心に陥没し始める。これまで数多の魔物の群れを押し潰し、ドラゴン種すらも倒したほどの威力を誇るが……、
「……!? そんな、全く効いてない!?」
あろうことかダーリアは倒れるどころか膝をついてすらいなかった。たったまま陥没した地面の中心からコルネリアを見つめ続けている。足が地面にめり込んでいることからも確実に効果は及んでいる筈なので、平然と耐えていることになる。
「4。竜の群れを束ねる王がドラゴンより弱いとでも思ったの?」
「なら、サンダーストーム!」
彼女の発言が何を意味するかは後で考えればいい。そう頭を切り替えたコルネリアは風属性の雷を伴った竜巻の魔法を発動した。超重力波が消え、ダーリアの周りを今度は猛烈な烈風が吹き荒れる。土が捲れて巻き込まれ、竜巻の中はすぐ先すら見えなくなった。時折轟く雷で瞬間的に光り輝くのみだった。
竜巻の維持に膨大な魔力を注ぎ込むコルネリアは夢中で気付かなかった。ダーリアが竜巻の頂点から飛び出し、呼び寄せた飛竜に乗ってゆっくりと降下し、コルネリアの少し離れた後ろに着陸したことに。
「2」
「!?」
「ドラゴンは嵐の中でも悠然と飛び続けるの。勉強になったかしら?」
「だったらこれで……! クリムゾンプロミネンスっ!」
続けざまの大魔法も難なく対処されたことに愕然としたコルネリアだったが思考は放棄しない。地、風が駄目なら今度は火の大魔法を発動させた。たちまちに太陽のような猛烈な閃光と熱波が発生する。
「ふーっ」
が、ティーナが吐いた凍てつくドラゴンブレスによってたちまちに熱は奪われてしまった。コルネリアのもとにはぬるい風だけが届いて肌をくすぐるだけ。ティーナはやけどどころか服に焦げ目一つもついていない。
先ほど魔王相手には同じ属性魔法で対処されたのでまだ分かるが、ティーナの手法にはコルネリアの理解が及ばなかった。彼女はこれまで多くの強敵、魔王軍でも邪神や魔影を相手にしてきたが、ここまで単体で強かった敵がいただろうか?
「1。今度は水属性の大魔法でも使うの? 何なら私が見せてあげようか、タイダルウェーブ」
「……その余裕はこれを受けてからにして!」
もはやどんなに実力で上回れてても関係ないほどの圧倒的暴力でかたをつけるしかない。そう判断した残った魔力を全て振り絞り、足りない分は生命力すらも削り取って、もはや周囲への影響や近くで戦う仲間すらも頭からかなぐり捨て、一心不乱に魔法陣を構築していく。
コルネリアは何とかティーナが最後の指を折る前に完成した魔法陣を上空へと飛ばした。すぐさま魔法陣は複雑な駆動をし始めた。ティーナは一切妨害せずに上空を見上げて大魔法の発動を待ち続ける。
「0。ふぅん、それが貴女の奥の手ってわけね」
「メテオストライク!」
上空を何割も占めるほどに巨大な魔法陣から滑るように落ちてきたのは山がそのままえぐり取られたと思わんばかりの岩石だった。隕石、という一部の学者にしか認識されていない現象をコルネリアは実現させたのだ。
圧倒的質量が落下すれば中心にいたティーナはもちろん、少し離れた位置にいるコルネリアや別に戦っている勇者一行達も無事では済むまい。しかしこれほどの真似をしなければ目の前の圧倒的強者には太刀打ち出来ない、と判断しての捨て身の選択だった。
当のコルネリアはこの隕石魔法の発動に全てを注ぎ込んでしまい、もう一歩も歩けない。ティーナがなすすべなく押しつぶされようが隕石の巻き添えとなり命を落としてしまうだろう。
だが、それで良い。人類の平穏な生活を脅かす魔王に与する強者を今ここで倒さなければこの先何が待ち受けるか分かったものではないから。それが勇者一行に加わった賢聖としての自分の役目。自分の使命。そして自分の全てなのだから。
……本当に?
頭痛で頭が疼く。既に隕石は魔法陣から抜け落ちたので魔法を維持し続ける必要はない。あとは成り行きを見守るばかり。これで良かったんだ、と自分を言い聞かせながら相手がどう対処するかの観察を続ける。
「どうして人間の魔法使いが行き着く先は隕石魔法なのかしらね。馬鹿の一つ覚えで呆れちゃうんだけれど」
ティーナが口を開き、口腔内で何かを発生させる。それの大きさは眼球ほど、黒真珠のように漆黒、しかし計り知れないほど膨大な力が蓄えているのが端からでもコルネリアには分かった。
ティーナは辺り一帯に轟くほど大きな咆哮を上げて漆黒の球を隕石に向けて射出した。それはさながら蟻がドラゴンへと向かっていくような無謀な光景に思えただろう。しかしティーナは勝利を確信して不敵に微笑み、コルネリアは逆に底冷えするほどの不安に襲われる。
漆黒の球が隕石に着弾。すると漆黒の球は膨張し始めて隕石を飲み込んでいく。しかし漆黒の球が隕石ほど巨大になったわけでもない。隕石が圧縮されて漆黒の珠に吸い込まれていくのだ。岩が石に、石が砂に分解し、見る見るうちに吸収されていく。
「あ……そんな。何なの……? アレは一体……?」
「光も闇も全てを飲み込む漆黒の穴。原理は私もよく分かってないわ。極限まで膨大な闘気を圧縮すると超重力波で何もかも飲み込む穴が生成されるってだけ。現象としては全然維持出来ないけれど、隕石への対策には充分でしょう。私は勝手にブラックホールショット、って今の技を名付けたわ」
「あり得ない……! こんな、理解が及ばない現象なんて、認められるわけが……」
体力的にも精神的にも限界を迎えたコルネリアはその場に倒れ伏す。起き上がるどころか指一つ動かせないまま彼女の意識は深く沈んでいったのだった。もはや自分の知識が敵う相手ではない、一刻も早く逃れなければ、と最後に考えながら。
無防備を晒すコルネリアを見下ろすティーナは、しかしとどめを刺さずに踵を返した。勇者の一味ということで一応相手してやったが、ティーナにとって現段階のコルネリアは駆除の対象にすらなっていなかったから。
「お前達なんて私達ドワーフの誇る勇者達の足元にも及ばないわよ」




