聖女魔王、最初の聖地に到着する
「とうとう着きましたよ。最初の聖地に!」
「あーはいはい。恥ずかしくなるから大声で叫ぶの止めような」
それなりに長い旅を経て、俺達は目的としていた最初の聖地にやってきた。
聖地に認定されたこともあってこの都市は大変栄えていて、ここを領土にする王国でも有数の総人口を誇っているんだとか何とか。商業も盛んだし多くの芸術家達も集い、まさに第二の都市に相応しい賑わいと言っていいだろう。
で、そんな聖地に聖女がやってきて何も起こらないはずがない。というかミカエラがここを目指していることはいち早く伝わっていたらしく、歓迎する雰囲気がひしひしと伝わってくる。とはいえ、さすがに聖地ともあれば何度も聖女が来訪した過去もあるため、混乱する騒ぎにまではならなかった。
聖地を管理する大教会には食事を取ってから行くことにし、適当な店を選んでおすすめを注文。舌鼓を打つ。しかしまあ、昔からミカエラはたくさん食べるよな。いっぱい食べて幸せそうだからこっちまで幸せな気分になる。不思議なものだ。
「そんなじーっと見つめてきてもあげませんからね」
「食いたかったら追加注文するっての。それより、ここってどんな聖地なんだ?」
「そんな基本知識は学院で学んだでしょう。授業中寝てたんですか?」
「言っとくが、そんな不真面目だったら聖騎士にはなってないからな」
俺だって聖騎士になるために必死こいて勉強したんだ。さすがに全部の授業を残らず真面目に取り組んだ、とまでは言わないけれどな。ていうかミカエラも分かってて言ってるのは見え見えなので、反論も必死にはしない。
「冗談ですって。ニッコロさんの成績ぐらいちゃんと知ってますから」
「聖騎士候補と聖女って結構授業違ってただろ。違うように教えられてないか知りたいだけだ」
「ニッコロさんはしょうがないですねー。ではこの聖女ミカエラが教えましょう!」
ちょろい、と思ったのは内緒だ。ミカエラは知識欲が人一倍あるのに加え、その知識をひけらかしたい欲求もかなりある。学院時代も勉強教えてと頼まれたら二つ返事で引き受けたりしたしな。
こら、フォークをこっちに向けるのは止めなさい。指摘するとミカエラはムスッとしながら口に肉料理を放り込む。じっくりと咀嚼して、飲み込んで、ほうと一息付いて、ようやく満足して俺を見据えてきた。
「そもそも魔王というのは称号です。魔王と一口に言ってもその在り方は様々です。神に選ばれた宿命の子、誰よりも強かった者、単に偉かっただけの奴。中には一介の冒険者にあっさり退治された情けないのもいたらしいですよ」
「いきなり話が脱線したな。それがこことどう関係あるんだ?」
「この聖地はその中でも誰よりも強かったから魔王になった者の終焉の地です。勇者によって討伐されたらしいですよ」
「勇者、ねえ。魔王と倒すために神に選ばれた宿命の戦士、だったか」
魔王が出現すれば勇者も誕生し、魔王が世界に混沌をもたらし、勇者は人々の希望を背負って戦い、最終的に勇者は魔王を討ち果たす。人類の歴史はそれの繰り返しだ。人類の存亡をかけた一大事には違いないが、さして珍しくもない。
勇者もまたその在り様は様々だ。魔王を倒したから後に勇者と呼ばれるようになったり、神に選定された稀代の戦士もいたし、何なら聖女が勇者を兼任した時代もあったんだから驚きだ。
そして、この聖地は、そんな聖女勇者が戦った地なのだ。
「神から与えられた才能、通称スキルのうち、剣聖のスキルを与えられた大聖女イレーネ。彼女が聖女を辞した後に勇者になって魔を打ち払い、攻めてきた魔王をここで討ち果たしたんだったか」
「当時の魔王は動く全身鎧、リビングアーマーだったそうです。魔法は一切使わなかったそうですが、剣の腕前は誰も敵わなかったんだと記録が残ってますね。剣を一振りしたら山を裂き、海を割り、空を切ったんだとか。そんな強い魔王を倒したんだから、勇者って凄いですよね」
「そう言えばちょっと向こうの噴水広場の中央に勇者像があるらしいな。ちょっとした観光名所になってるんだったか」
「資料館もあるみたいですね。食事が終わったら行ってみますか」
どうやらミカエラが教わった内容と俺の知識は同じだったらしい。とは言え、それを正直に信じるのは危険か。何せ魔王だとか暴露してきやがったことだし、自称魔王としての知識を喋ってない可能性があるからな。
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程よく腹が膨らんだところで出発。俺達は噴水広場に向かった。そこは市民憩いの場になっていた。子供達がはしゃぎ、カップルがいちゃいちゃして、老人夫婦がそんな皆のひと時を眺める。実にのどかな時間が流れていた。
「へえ、これが勇者イレーネですか……」
その中央に勇者の像があった。
勇者イレーネはまるで今を生きる市民をも守らんと剣を高々と掲げていた。年は俺達と同じか少し上ぐらい。もしこの見た目通りだったら随分と若くに戦ったんだな。中々に凛々しく、それでいて可愛らしいとはっきり言える容姿をしている。
勇者の像は細部まできっちりと作り込まれていて、今にも動き出しそうなぐらいいきいきとしている。イレーネの勇姿と偉業を必ず後世まで伝えよう、という彫刻家の強い意志を感じた。




