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幻獣魔王、騎竜勇者と再戦する

 観客の誰もがイザイアとダーリアの名前を呼ぶ。

 その熱気が否応なしに俺達にも降り注がれる。


 勝負を仕掛けたダーリアはいつもどおり自信満々。仕掛けられたイザイアは呆気にとられながらも次第に事情を把握し、やがて獰猛に歯を見せながら笑った。輝かせた目には闘志を宿らせながら。


「遅えよ。千年もかけんなって。オレがどんだけ待ちくたびれたと思ってんだ?」

「あら、アンタが残した手記には腐ってく様子が赤裸々に書かれてたけど。その調子だと錆落としは必要無さそうね」

「もう一回戦おうとは言ってたけどよ、まさかドワーフになっちまうなんてな。あ、経緯は説明しなくていいからな。今アンタ……ダーリアがオレの目の前にいる事実さえあれば充分だ」

「そうね。私達に言葉は無粋。後は空を飛ぶだけよ」


 二人は飛竜に乗ってスタート位置に付く。これから何が行われるか分かった観客達の盛り上がりは最高潮に達する。俺も幻獣魔王が千年をかけた集大成と油の乗った勇者がどんな勝負を繰り広げるのか楽しみで思わず身を乗り出してしまう。


「レース開始の宣言をしなさい、兄さん!」

「はあっ!? お、俺!? わ、分かった、ちょっと待ってろ」


 哀れ首長嫡男。いきなり名指しされて慌てて奥へと引っ込み、レース旗を持って所定の位置に付いた。皆が固唾を飲んで見守る中、開幕の旗が切って落とされる。


 次の瞬間、二人は姿を消した。

 正確に言うなら目にも止まらぬ速さでスタートダッシュし、第一コーナーを曲がっていったのだ。


 そして後から周囲一体に爆音と衝撃波が襲った。音を置き去りにするほど速い、との言い回しがあるのは知ってたが、まさか本当に音より速く飛べるだなんて。ましてや体験するなんて想像もしてなかった。


「……は?」


 いやいやいや、何だあの速さは。グランプリの時のダーリアはおろか、他のどの選手も超竜達ですらそんな速くなかっただろ。まさかダーリアはグランプリの時は本気を出してなかったのか?


「いや、グランプリの時はドワーフとして全力を尽くしてたみたいだなー。今日はドラゴンだったり悪魔だったりあらゆる技術を駆使してるぞ」


 さすがにエルフのティーナはしっかりと捉えていたようだ。とは言え彼女も驚きを隠せていないが。


「アーマードワームが飛んでたみたいに闘気を後方に噴射させて推進力にしてた。空気抵抗は前方にマナシールドを貼って上手くそらしてたなー」

「けれど俺達がシルヴェリオを仕留めた時すら超える加速度だったぞ」

「出力がそもそも違うのさ。だってダーリアは幻獣魔王だったんだろ? もし闘気の量がそのままだったら頷けるぞ」

「これまでの人生の蓄積とは言ってたが、こういうことかよ……」


 もう飛竜は添えるだけだなこりゃあ。それともダーリアの無茶な操縦にも付いてこれるように訓練されてたのか? にしても、この技術が確立されて竜騎士の間で伝承されるようになったら空中戦のあり方ががらっと変わるな。


「ちょっと待ってよ。ダーリアの方は納得したけれど、ドワーフの勇者が追走出来てるのはどうしてなの? 彼はダーリアと違って正真正銘生粋のドワーフだよね?」

「勇者の場合は飛竜に背負わせた魔道具で加速してるようです。更に前方の空気抵抗は魔道具で空気を抜く、真空状態に近くしてますね」

「真空! 空を遥か高く昇ったら空気が薄くなるのは深海棲后に教えてもらったけれど、それをドワーフはレースに応用してくる? 訳が分からない……」

「何にせよただ速いだけじゃなくきちんと渓谷を飛べてます。並大抵の技術じゃあないですよ」


 ミカエラは桶に組んだ水で盆を作り出し、水見の奇跡を発動させる。上空から実況者がレースの状況を逐次伝えているものの、確かに勝負の様子は見てみたい。揺らめく水面はやがて優雅な渓谷の一部を映し出し……それだけだった。


「え? あれ?」

「おーいミカエラー。もしかしてダーリア達はとっくに先に行ったんじゃないか?」

「そ、そんな筈は……ちょっと待ってください。調整します」


 映し出される映像が小さくなり広い範囲が表示されていく。どうやらティーナの指摘通りダーリアとイザイアは入り組む渓谷を全く減速することなく高速で飛び回っていて、ミカエラは追いきれないようだ。


 それにしても、ダーリアもイザイアも互いに相手を妨害しようとしない。彼女らはただひたすら前へ前へと飛ぶだけ。刹那でも速く相手より先に出て有利なコースを飛ぶ。ただそんな駆け引きがひたすら行われるばかりだった。


「妨害有りだからてっきりグランプリで黄金竜と戦った時みたいに攻防を繰り広げるとばかり思ってたんだが……」

「そんな悠長な真似してたらあっという間に引き離されるんでしょうね。もしかしたら幻獣魔王がかつて敗れたのもこの辺りが敗因なのかもしれません」

「メガフレアを吐き出そうとしたら勇者はとっくに次のコーナーを曲がっちゃってるもんなー。そりゃあ勝てないわけさ」

「それにしてもあらゆる種族の技術を結集させてもなお互角な勝負をするドワーフの勇者は凄いよ。今まで崇拝され続けるのも納得しちゃうね」


 一周目を終えて二人はほぼ並走。

 続けて二周目を終えてもなお二人は並んでいた。

 いよいよ三周目に入り、これで二人の再戦は雌雄を決する。


「それにしても……」

「あ、ニッコロさんもそう思います? 余もです」

「ん? あー、二人の考えてることうちも分かったぞ」

「見ているとなんだか妬けちゃうよね」


 これは勝負に思えなくなってきた。

 ダーリアもイザイアもとても楽しそうだ。しかし負けるもんかとの気迫も伝わる。

 なんというか、これって……。


「デートだよなぁ」

「デートですよね」

「運命の相手との二人きりの世界に入っちゃってるよなー」

「分かるよ……僕には分かる。今ダーリアは感無量でしょうね」


 三周目も終盤にさしかかり、いよいよゴール手前の直線部までやってくる。

 ここに来て先に仕掛けたのはダーリアの方だった。

 彼女は急に後ろを振り向いて後方へと魔王槍の矛先を向けると、


「メガフレア!」


 とどめとばかりに最後の加速に入った。

 もはやイザイアは万事休すかと思われたが、彼もまた勝負に出た。

 勇者は前方へ魔道具へ向けて力ある言葉と共に発動させる。


「グラビトンウェーブ!」


 それはいつぞや俺がランドドラゴンを押しつぶしたのと同じ重力魔法。イザイアはなんとそれを前方にかけたのだ。つまりイザイアと彼の乗る飛竜は前方からの超重力波の影響を受けて更に加速していく。


「嘘!? まだそんな奥の手があったの!?」

「最後の最後で仕掛けてくると思ってたぜ!」


 後から聞いたらこの時ダーリアとイザイアはこんなやり取りをしたらしい。当然ながら音速を超える超速度の中で声のやり取りは無理。けれど互いの目が相手が何を言っているのか物語っていた、と彼女は断言していた。


 ダーリアか、イザイアか。

 二人は同時にゴールを切り、減速しながらも渓谷にぶつからないよう天高く舞い上がっていった。


 聖地は大歓声に包まれた。世紀の一戦を見ようといつの間にか聖地中から人が集まっており、どうやら首都からも慌てて飛竜を飛ばしてきた者もいたようだ。人々は熱狂し、感動し、深く心に刻んだ。


 もはやどちらが勝ったかなんて問題ではない。

 二人はこれまでの思いを全て晴らしたんだ。

 それでいいじゃないか。


 天を舞って笑い合う二人を見ていたらそう思えてならなかった。

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