幻■魔■、五頭邪竜を成敗する
「勇者だとかいうドワーフの雑魚野郎にでもあの世で泣いて詫びとくんだな!」
「……あ?」
途端、ダーリアの雰囲気が変わった。
散々ドワーフや他の超竜達が貶されても全く心に荒波立たなかった彼女が。
ドワーフの勇者を貶されて、怒りを露わにした。
「……」
「お、おい、何を勝手に……!」
「いいから、早く」
「……っ。わ、分かった。けれどお前にはまだ色々言いたいことがあるんだから、勝手な真似はするなよ!」
ダーリアが手を上げると表彰会場となっていたスタート開始位置広場から一斉に避難していく。首長嫡男が抗議の声を上げるが、あまりのダーリアの迫力に気圧されて引き下がった。俺達も一旦離れるとしよう。
広場にはただ一人ダーリアだけが残る。表情を消した彼女はただオズヴァルトを見据えるのみ。小さなドワーフが大きなドラゴン相手に何を無茶な、と思うかもしれないが、あの場にいた者は口を揃えてこう言うだろう。ダーリアの方が遥かに存在感が大きかった、と。
「5つ」
「はぁ?」
「5つ数えている間に私の前から消えなさい。さもなければアンタを殺す」
「く、ははは! 面白え冗談だ!」
「5」
突然の処刑宣告にオズヴァルトは爆笑した。しかし笑うのも束の間だけ。次には怒りを爆発させて赤い首から熱線を吐き出した。
「馬鹿がよ! 死にやがれ!」
「マナシールド」
しかし、次の光景は一体誰が想像しただろうか。熱線はダーリアに届く前に彼女の周りを覆う障壁に阻まれてしまった。焼き尽くせたのは会場だけ。ダーリアには汗一つ流させないほど効果がなかった。
「アレはフォースシールドか?」
「いや、多分アレは防御魔法マナシールドだと思う」
「は? ドワーフの竜騎士なダーリアが何で?」
「あぁああっ!」
突然俺の耳元で遠くにいるはずだったティーナの声が聞こえてきた。とても慌てているのが声だけでも分かる。後で聞いたが風属性の遠距離通話魔法を使ってきたらしい。それほどティーナはこの瞬間誰かと話したかったようだ。
「ティーナか、どうした?」
「マナシールド見てやっと分かったぞ! アイツはうちが魔王とか呼ばれてた頃に味方してくれた悪魔元帥だ!」
「え? は?」
「理解出来ないかもしれないけれど、悪魔元帥が今ダーリアやってるのさ!」
何言ってんだコイツ、と思った俺は正常だ。それだけティーナの発言は意味不明だったからな。しかし後ほど振り返ればよく分かる。事実を最低限の言葉で説明したら確かにその通りだったと。
「3」
「はぁぁ!? ふざけんじゃねぇぞ! 大人しくくたばっとけよ!」
「ウォーターポール」
オズヴァルトが五つの首から次々と火、氷、風、雷、闇属性のブレスを放ったが、直前にダーリアは会場真下を流れる河の流れを操作し、巨大な水の柱を作り出した。多様な属性攻撃も大質量の水を突破できず、ダーリアには一切届かない。
「ああ~~っ!!」
「ちょ、今度はイレーネかよ。どうしたんだ?」
「あのウォーターポール、僕が魔王だった頃に海の魔物を率いてた深海棲后が良く使ってた!」
「は? どういうことだ?」
悪魔元帥に深海棲后だぁ? どういうことなんだ?
しかし考察してる時間なんて全く与えられなかった。
「1」
「お、俺様はドラゴンだ! 俺様達こそが世界最強の生物なんだぁぁ!」
「はあっ!」
オズヴァルト、五つの首から同時に属性攻撃のブレスを放った。渾身の一撃だっただろうそれは、奴とダーリアのちょうど中間地点で爆発四散した。ダーリアはただ大声を上げた、ただそれだけでヒドラの一撃を完璧に相殺したのだ。
「ド……ドラゴンブレス……」
「だよなー……やっぱアレはドラゴンブレスだよな! うちの目がおかしくなったわけじゃないよなー!」
「間違いない、今ダーリアはドラゴンブレスで攻撃を撃ち落としたよ!」
この場にいる誰もが信じられなかった。おそらく対峙するオズヴァルトすらも。
あの強大な力を持つドラゴンが小さなドワーフの小娘に手も足も出ない。
しかもドワーフとしてはあり得ない力を行使して正面から叩き潰したのだ。
そしてようやく俺にも彼女の正体が何なのか察しが付いた。
家族の怯え、ティーナやイレーネの発言、ドラゴンブレス、そして勇者への思い。
これらを総合するに、彼女は――。
「0。さあ、今こそ戻ってきなさい! 私の牙よ!」
雷がダーリアのすぐ前に落ちた。その場にいた一同はそう思ったことだろう。
実際には天から落ちてきたのだ。天を裂くほどの力がこもった漆黒の槍が。
魔王槍。ドワーフの勇者が残した傑作。そして幻獣魔王の牙。
ダーリアはそれを手にし、大きく体を捻った。端から見ていても分かるぐらい膨大な闘気が込められていくのが分かる。ダーリアが狙うはただ一人、ドワーフの勇者を見下したヒドラの若造だけだ。
「ひ、ひいいっ! お、お許しをぉぉ!」
恐怖と絶望に彩られたオズヴァルトは翼を翻して逃亡を図った。必死なのもあって大した加速度ではあるんだが、今更もう遅い。
「シューティング・メガフレア!」
ダーリアが放った魔王槍による投擲は一直線に進んでいきオズヴァルトへ命中。
大爆発、二つ目の太陽が現れたと思うほどの発光と熱風が俺達を襲う。
ようやく視界が戻ってきた頃にはオズヴァルトの姿は影も形もなかった。
どうやらチリ一つ残さず消滅したようだ。
「成敗、ってね」
他ならぬ幻獣魔王の一撃によって。




