戦鎚聖騎士、千年竜から逃げる
全く違う行動を見せたのはやはりシルヴェリオ。彼はまたしても他全員のスタートを見届けてからドラゴンブレスで一網打尽にするつもりだったらしい。腕を組んだまま微動だにしなかった。
そして、もう一人。彼女の行動には誰もが度肝を抜いた。
なんとダーリアは飛竜を駆って飛び立ったかと思うと他の選手とあわや激突する勢いで逆走し始め、ためらうことなく最後方にいたシルヴェリオめがけて槍を突き出したのだった。
シルヴェリオ、ダーリアの槍をなんと歯で受け止める。
しかしダーリア、そこですかさず雷撃魔法ライトニングを発動。
シルヴェリオはたまらず槍を解放して後方へ大きく引き下がった。
「あら。こんな奇襲攻撃にしてやられるなんて、千年は耄碌の日々だったようね」
「おのれ……!」
ダーリアは嘲笑を浮かべると颯爽と飛び立っていく。シルヴェリオは憤怒で顔を歪ませながら身体を振るわせてその正体を現す……なんて悠長な真似を許すわけないだろうがよ。
「スクラップ・フィストぉ!」
あまりに隙だらけだったので戦鎚を振るって追撃をお見舞いしてやる。ダーリアにばかり意識が向けられてたおかげでシルヴェリオは戦鎚に全く対処出来ず、アーマードワームの加速も合わさった攻撃をもろに受け、面白いぐらいに吹っ飛んだ。
「うっわ。誰の良心が咎めるんだっけ?」
「うるへー。ほらイレーネ。さっさとこいつに追撃指示出してくれ」
「そうだね。絶好の機会を逃す手はないね。フローズンオーブ!」
アーマードワームから放たれた凍気の塊がシルヴェリオに襲いかかり、瞬く間に彼を変身途中で氷漬けにした。しかしこのまま凍死するほどやわだとはとても思えない。今のうちに打ち砕くのが良しだ。
しかしアーマードワームを飛ばそうとした矢先だった。シルヴェリオを覆う氷の棺がひび割れていき、次には粉々に砕かれてしまった。しかも中から出てきた奴は千年竜としての正体を表してるじゃないか。
「黒鎧魔王殿、やはり我々に立ちはだかってくるか」
「残念だよ。誇り高きドラゴンがその誇りを捨ててしまうなんてね」
「もはや老兵は去るのみ。ならせめて我らは若き者の道しるべとならねばならん」
「その野望は早くも終了さ! 今ここで討ち取らせてもらうよ!」
俺とイレーネは共に戦鎚と魔王剣を構えて闘気と魔力を溜める。対するシルヴェリオも口に闘気を溜めだした。辺り一帯が吹っ飛びそうなほど膨大な力の集中に大地や大気が震えているような錯覚に陥る。
「グランドクロス!」
光と闇ならぬ闘気と闇による十字の斬撃が飛ばされる。全てを薙ぎ払うドラゴンブレスが放たれる。互いの攻撃はちょうど中間位置で激突した。そのまま押し切るべく踏ん張る……って踏ん張れねえ! アーマードワームがその場に留まれずに後ろへ大きく吹っ飛ばされちまった!
「イレーネ! これどういうことだよ!」
「あまりに長くアイツと遊んでたら他の選手に追いつけないって。この辺が潮時だったんだよ。いい助走になったでしょう?」
「あー、なるほど。アイツの攻撃を利用して加速したのか」
いつの間にか俺達は進行方向を背に向けていたらしい。シルヴェリオのドラゴンブレスをそのまま加速剤扱いして一気に速度に乗り、俺達は他の選手を追う形になった。既に第一コーナーを抜けているから、開始地点に留まったシルヴェリオはもう選手達を撃ち落とせない。
勢いそのままにアーマードワームは更に速度を増していく。やがて数十秒の差は縮まっていき、コースを半周した辺りで最後尾集団の背中を捉えた。さあて、その無防備な姿を晒すのなら吃驚させてやるとしようか。
■(ダーリア視点)■
開幕と同時に千年竜に奇襲攻撃を仕掛けたダーリアはその時間浪費が祟って全選手のちょうど中間順位に付けていた。シルヴェリオの妨害は他の選手も助かったのだがそれとこれとは話が別。他選手は優勝候補のシルヴェリオを脱落させるべく攻撃を集中させていた。
飛び交う烈風や雷撃を巧みに躱しつつダーリアは反撃で一人、また一人と着実に返り討ちにしていく。中には接近戦を試みる竜騎士もいたが、国境警備で多くのドラゴンを仕留めてきたダーリアにとっては児戯も同然。敵の槍を打ち上げてからすれ違いざまに柄を当てて選手を昏倒させる。
それに、ダーリアは一人ではなかった。広い区域で防衛戦を繰り広げたために彼女の武勇伝は多くの地方の竜騎士に知れ渡っている。彼女を何としても蹴落とそうとする中央の竜騎士の横暴に黙ってはいられず、何名もダーリアに加勢したのだ。
「我らの姫様を王者に!」
「中央の連中に負けてたまるかぁ!」
「姫様! ここは儂等に任せてくだせえ!」
「分かったわ、ありがとうね! 後で思う存分飲み食いさせてあげる!」
ダーリアは中間集団を一気に引き離し、先頭集団を追う。
彼女の目と記憶が確かなら先頭集団には首長嫡男とその取り巻きも含まれていた。何だかんだ言おうと彼らは連邦中から集ったエリート集団。何らかの異変でも起こらない限り彼らの優勢は揺るがないだろう。
しかし、そんな普通な展開がこのグランプリで許される筈がない。
突然前方で雷が迸ったような閃光が走った。たまらず目を細めたダーリアだったがコーナーを抜けた先で彼女が目撃したのは想像を超えた惨劇だった。なんと先頭集団の半分以上が墜落、または渓谷の崖に衝突していたのだ。
「そう、やっと正体を見せたのね」
先頭集団の中央で堂々と飛行していたのは飛竜ではなかった。
威風堂々とした出で立ちに全てを飲み込まんとする圧倒的な威圧感。遠く離れた後方に位置してもなおその存在を否応なしに意識させられる巨大な存在感。何もかもが規格外な黄金色の飛竜が辺りを支配していた。
「エルダーサンダードラゴン……タルチージオ!」
天空雷竜、三体目の超竜軍四巨頭とダーリアは対峙する。




