戦鎚聖騎士、千年竜の初手奇襲に驚く
ついにグランプリが開幕する日になった。
人類圏全体が魔王軍の脅威にさらされる中でも四年に一度の祭典をこの目で見ようと、ドヴェルグ首長国連邦中のみならず人類圏の隅から隅まであらゆるところから観客が会場となるドワーフの渓谷に詰めかけていた。
シルヴェリオの宣戦布告からこの日まで超竜軍による攻勢は受けていない。奴らもただ闇雲に攻めるのではなくこのグランプリで勝利を収め、幻獣魔王の雪辱を晴らしたいとの想いが強いのだろう。
昨日はイレーネのアーマードワイバーンを乗りこなす特訓に費やした。とはいえ魔王鎧を装備した状態だと不思議と彼の気分が伝わってきて自然に操縦出来たがね。イレーネ曰く、俺は比較的センスがいいそうだ。一応褒め言葉として受け取っとく。
「結構参加してるなぁ」
「それはそうでしょう。なんたって栄誉あるグランプリへの参加権がかかってるんだもの」
で、グランプリ当日に行われるレースは何もグランプリだけじゃなく、グランプリへの参加権を競うレースが二回行われる。実質的な敗者復活戦なんだが、最後の切符目当てに数多の飛竜乗りが会場に詰めかけていて、熱気が凄い。
ここでグランプリのルールをおさらいしよう。
グランプリのコースは全て渓谷に収まっている。しかし渓谷も一本道ではなく枝分かれや合流が幾つもあって複雑な地形となっている。それを利用して周回するようなスタート地点を三回通過すればゴールなんだっけ。
コースアウトは即失格。周回遅れも即失格。参加資格は飛竜乗りまたはそれに類する者、またはドラゴンそのもの。ただし渓谷を塞ぐほどの巨大なドラゴンは参加不可らしい。それ以外は何でもありだ。
「何でもあり……つまり妨害どころか相手を攻撃してもいいの?」
「これはあくまで竜騎士とドラゴンの一騎打ちを模した決闘だからな。お上品に速さを競う娯楽じゃないんだと」
「いいじゃん。むしろ僕らにとってはやりやすくない?」
「ああ。人目を気にせずドラゴン共を仕留められるからな」
ちなみに仕掛けてきた筈のドラゴンの姿は一向に見られない。ドワーフ達を怖気づかせるために堂々と姿を見せるかとも思ったんだがな。もしくは姑息にも既に会場内に紛れ込んでいて、事を起こす機会を見計らっている、とか?
俺達は二回目のレースに参加することになったので、まずは一回目のレースを観戦するとしよう。既にスタート地点の広場には選手が大勢詰めかけていて、開幕の合図を今か今かと待ち構えていた。
「さあて、お手並み拝見といこうか」
イレーネが独り言を口にしたすぐ後、レース開始の打楽器が鳴らされた。各飛竜乗り達は飛竜を一斉に空へ羽ばたかせていく。しかしそんな中、スタート地点の広場から動かない選手が数名ほどいた。
俺と同じように観戦してた第二レース参加選手曰く、大勢の観客からの歓声にビビって怯える飛竜もたまに出るらしい。言われてみれば確かにすくみ上がる飛竜を何とかやる気にさせようと飛竜乗りが説得をしているようだな。
そんな中、スタート地点の後ろ寄りに待機していた選手は微動だにしなかった。他の選手達が競い合いながら飛行していくのを確認したソイツは、おもむろに口を大きく開き……何かを吐き出した。
瞬間、衝撃波と共に閃光が渓谷の間を突き抜けていった。
直後、前方に巻き起こる大爆発。会場内に悲鳴が錯綜する。
「一体何が起こった……!?」
「まさかアレは、ドラゴンブレス!?」
「知ってるのかイレーネ!」
「何百年も歳を重ねたドラゴンは吐息すら全てを薙ぎ払うようになる。アレはまさにエルダードラゴンの放つ闘気の吐息、ドラゴンブレスだよ」
ようやく視界が戻ってきたので選手達が飛んでいった先を確認したが、選手や飛竜の姿は一切確認出来なかった。スタート地点から少し経たないとカーブに差し掛からないから、向こうに通過して難を逃れた線は無いのだろう。
要するに、スタート地点に留まったアイツが自分に背を向けた選手一同をドラゴンブレスとやらで一網打尽にしたわけか。そしてそんな高等な技を飛竜なんかが放てるわけもなく、アイツの正体は明らかだろう。
犯人の身体が歪んで膨張して、その真の姿を皆にさらけ出した。
やはりというか、奴は首長一族との晩餐の邪魔をしたサウザンドドラゴンだった。
千年を生きたドラゴンのシルヴェリオは悠々と飛び立ち、コースを飛び回る。
「あんなのが有りだったらもう何でも有りじゃん」
「だから決闘なんだろ。どうやらここ最近は平和すぎてボケたみたいだけどな」
敵対するドラゴンが我が物顔で渓谷を飛行する光景を目の当たりにするドワーフ達の心境を〇〇文字以内で述べよ。こんな問題が出されたら一体どんな答えが返ってくるんだろうな。とんでもない反響があるに違いない。
しかし今この時は誰もが目を疑っているだろう。幻獣魔王という覇者を下した伝統ある大会でドラゴンに好き勝手させる屈辱。信じられていない者が大半だろうが、正気を取り戻した後に支配するのは憤怒か、憎悪か、それとも……。




