戦鎚聖騎士、千年竜の宣戦布告に遭遇する
「あの娘も過酷な道を与えられたものだ。しかし、だからこそ強く成長してくれたのだと感謝もしているのだ」
「あなたはまたそんな呑気なことをおっしゃって! わたくしはあの娘が怖くてたまりません!」
その中でも首長はまだダーリアを娘として愛しているようだが、首妃はその真逆のようで、首長がしみじみ語るのを声を張り上げて咎めた。恐怖で身震いする様は一体ダーリアに関する何を思い出したからだろうか。
「わたくしは一体何を生んでしまったのでしょうか……! ドワーフではない、人間でもない! 得体のしれない化け物が本当の我が子を――!」
「妃! それ以上は申すでない!」
首長の一喝で首妃は押し黙った。しかし我慢しただけで恐怖と不安は胸中でうずまき続けているようだ。子供達はそんな母親のうろたえぶりに呆れ果てたり聞き流したりとまともに受け止めていない。
首長は妃の非礼を詫び、ミカエラは謝罪を受け入れる。
「ダーリアは血肉を分け与えたまごうことなき我らの娘だ。そして妻が怯えるのも無理はない。あの娘は出来すぎた。知識、技能、何をやらせてもすぐに会得してみせた。ドワーフとしては珍しく不器用だったから工芸には向かなかったがね」
「暴れる飛竜があの娘が見つめた途端にひれ伏したんですわ……。それ以外にも狩りの際には獣があの娘に怖気づく有様でして。知性のかけらも無い魔物ですら幼少期のあの娘に非常に警戒しましたっけ。きっとドワーフの皮を被った化け物に違いありませんわ」
「母上は大げさなんですって。あのチビガリの何が怖いのか理解に苦しみますよ」
「ホント、母様ってビビリよね。ドワーフっぽくないから少しでもなめられないように振る舞ってるだけでしょ」
散々な言いようだが、ダーリアの立ち位置が見えてきた。
そうなるとダーリアの方が家族をどう思っているのかが知りたくなってきた。
もっとも、そこまで深く関わるつもりもないのだけれど。
「複雑な家庭事情なのは分かりました。グランプリではそのダーリアと競うことになるんですね。頑張ってください」
「勿論ですとも! 俺の活躍をとくとご覧あれ!」
「――そうはいかない」
会話に割り込んできたのは今まで聞いていなかった声だった。
俺達は一斉に声が聞こえてきた吹き抜け窓の方へと振り向く。あいにく武装は部屋に置いてきたので食卓に並ぶナイフとフォークを手にして構えを取って警戒する。
そこにいたのは中年の男だった。
筋骨隆々だとか鋭い目つきとか色々と特徴を箇条書き出来るんだが、おそらく意味はあるまい。何故なら目の前の存在から発せられる威圧感と空気は明らかに人間……いや、人類のそれではない。
「何奴だ。名を名乗れ」
「我が名はシルヴェリオ。我らは誇り高き魔王軍正統派の一角、超竜軍の師団長だ」
超竜軍、と聞いて緊張が走る。護衛のドワーフ戦士は首長達を守るようにシルヴェリオとやらの前に立ちはだかった。首長達は固唾を呑んで相手の出方を窺う。呑気に食事を楽しむのはミカエラだけだな。
「お前達ドワーフに宣戦布告をしに来た。グランプリとやらで我らドラゴンが竜騎士共を蹴散らし、この地のドワーフ共を根絶やしにしてくれよう」
シルヴェリオは首長を指さしながら高らかに宣言した。
皆が衝撃を受け、言葉を失ってしまった。
やがていち早く冷静になった首長は落ち着いた表情で口角を吊り上げる。
「笑止。飛竜乗りでない貴様らがグランプリに参加するなど無理なことだ」
「出来るさ。グランプリの規約をもう一度初めから読み直すといい。我らの参戦について記載されていることだろう」
「何!? まさか……」
考えてみれば不思議ではない。何しろドワーフの勇者はグランプリにて幻獣魔王に勝利している。つまりはグランプリはドワーフの勇者を選定する場であり、同時にドラゴンとの果たし合いの場でもあるのだ。
そして幻獣魔王がドラゴンライダーだったって話は聞かないので、別に飛竜乗りじゃなきゃいけないわけでもないのだろう。ドラゴンが単体でグランプリに殴り込みをかけられる、と規約に明記していると推察する。
「グランプリ出場者は地方予選を勝ち抜いた者の他に当日開催される当日参加枠を決めるプレレースの勝者が参加可能らしいな。我らはそれを利用させてもらおう」
「馬鹿な、ドラゴン共が我々の伝統を把握しているとは……」
「お前達短命種と同列に語るな。我々にとっては我らの王の敗北はつい昨日の出来事なのだからな」
「雪辱戦、ということか……!」
シルヴェリオはほくそ笑むと窓から身を投げだした。渓谷の洞窟に作られたこの食堂の窓から外は渓谷だ。そのまま濁流に落ちていく……かと思われたが、シルヴェリオは震えると身体が急激に膨張しだす。そしてやがては飛竜より遥かに大きなドラゴンとしての正体を表した。
その姿は数々の絵画で描かれるドラゴンそのものだった。いや、もしかしたら過去の人類は彼の姿を見てドラゴンとはこのような存在なのかと定義したのかも知れない。それほど立派で威厳があり、恐怖よりも畏怖を先に覚えた。
「サウザンドドラゴン。彼は幻獣魔王を知る数少ないドラゴンの一体ですよ」
横で俺にだけ聞こえるようミカエラが注釈を入れる。
現在の魔王である彼女はまだ人類圏侵攻を命じていない。現在暴れているのはルシエラを担ぐ自称正統派の連中のみ。ありえない、とミカエラは断じていたが、もはや超竜軍が正統派に与しているのは疑いようもないだろう。
そのせいでミカエラがシルヴェリオを見つめる眼差しは冷たく厳しいものだった。怒りも憎しみも嘲りもない、情け無用な面持ちは傍から見つめるだけの俺でもかなり背筋が凍る思いがした。
「楽しみにしている」
シルヴェリオは翼を羽ばたかせて夜の空へと消えていった。
とうとう書き溜めてた分が尽きました。
ここからは隔日連載を目標に書けた分を逐次投稿していきます。




