戦鎚聖騎士、第三の魔王装備を目にする
そんなわけで俺達は宿を取って荷物を部屋に置いた。勿論貴重品は肌見放さない。宿に預けても取られる時は取られるからな。なお鎧は脱いで馬車籠の中に入れっぱなしだ。何かあったら武装の奇跡フォトンアームドで呼び出すまでだ。
なお、あとグランプリ開催期間と重なったせいでどこも暴利を貪ってるんじゃないかと疑いたくなるぐらい宿代が高かった。それでも快適性を考慮したら必要経費だろうな。都市に滞在する時ぐらい柔らかな寝具で快適な夜を過ごしたいのだ。
宿の前で待ち合わせたダーリアも鎧を脱いで普段着、ドワーフお馴染みの鍛冶職人の作業服に身を包んでいた。小さな身体のダーリアだとだぼっとした大きさの服に着られている感が凄いな。
「それで、首都の見どころはどこなんですか?」
「観光客向けの工房街があるけれど、それは聖地で本場の空気を味わった方がいいわね。だから博物館に行こうと思うのだけれど、いいかしら?」
「ええ、分かりました」
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そういったわけで俺達はダーリアの案内でまず博物館にやってきた。主な展示物は当然のようにドワーフの工芸作品ばかり。武具や彫像、発明品など様々な立体物が並べられていて壮観だった。面白いのは絵画が一切無いことか。
武具も実用性のある業物から芸術性に特化した飾り物まで多種多様。俺としては武器は実際に手に取って振ってみたいんだがね。金銀財宝が散りばめられた無駄に豪奢で使えない代物には興味が湧かなかったがね。
「その考えは危険ですよ。魔道具として見たら魔石と鍍金、紋様の質が大事です。どれぐらい強力な魔法を込められるかと豪華さは比例するんですから」
「へえ、そうなのか。だからイレーネの鎧兜と剣は凝った様相なのか」
「ちょっと、あまりじろじろ見ないでよ。恥ずかしいって……」
「うちは賛同しないけどなー。森と一体化する自然な作りが一番だろ」
俺達は興味津々にドワーフの名工達が手掛けた名作を眺めて回ってるわけだが、さすがに聖騎士の武具ほど出来栄えの良いものはお目にかかれなかった。封印札の貼られた物々しい魔道具や至高の業物だという美しい刀身の剣も、アレほどの衝撃は受けなかった。
どうやらイレーネやティーナも同じ感想を抱いたようで、見物を楽しんではいたものの期待外れだとの本音が顔や態度にわずかながらにじみ出ていた。ミカエラなんてあくびを隠そうともしない始末だし。
「なあダーリア。ドワーフが誇る伝説の武具みたいな凄いヤツは無いのかー?」
「イレーネの持ってる聖王剣ほどになると城の宝物庫で厳重に管理してるから、何年かに一回特別展で見れたら幸運ってぐらいね」
「それは残念。僕もお目にかかりたかったんだけれど、しょうがないか」
「あら、失望するのはまだ早いわよ。今までのは前座みたいなものだからね」
前座、とダーリアが断言した意味はすぐに分かった。
その一角では多くのドワーフ達が取り囲んで熱心に展示物を観察していた。ダーリア曰く、作品から少しでも技術を盗む為だそうだ。そして、そうさせるだけの価値がここに並べられた作品にはあるらしい。
……確かに。実際に使ってはいないの偉そうなことは言えないが、これまでの作品とは格が違った。刃の鋭さ、鎧の堅固さ、道具の機能美、挙げればきりがない。全ドワーフが目標とすべき到達点、と言い切ってしまってもいいかもしれない。
「へえ! これは確かに凄い。ここまでの作品を一人の名工が作ったなんて……」
「えっと、説明書きによればこれらは幻獣魔王を退けた勇者が作ったんだって」
「そうよ。人類圏だと勇者として歴史に名を残してるけれど、ここドワーフ圏では彼は偉大なる職人として知られてるの。どれ一つとっても惚れ惚れするでしょう」
「余は武具には疎いですけれど、それでもひと目見て惹きつけられますね」
人混みをかき分けながら進んでいく。国宝などと銘打たれた伝説の大剣が台座に置かれていたり、人形に武具を着せて実際に構えを取らせていたりと、他の職人と比べて扱いが全く違っているのが面白い。
しかし、これらすら脇役に過ぎなかったと思い知ったのは、更に奥で鎮座していた武器を目の当たりにしてだった。近寄る度に圧倒的な威圧感と悪寒が襲いかかり、圧倒的強者と対峙したような恐怖と絶望に苛まれた。
幻獣に封印が施されたその槍は、闇そのものだった。
それはまるでイレーネの魔王剣、ティーナの魔王弓のようだ。
そう、世界を漆黒に染め上げる、光なき永久の暗闇ーー。
「魔王槍。これを作った勇者はそう銘打ったわ」
「魔王槍……」
「幻獣魔王の牙から削り出して作ったんですって。作ったのは良いけれど勇者は誰にも触らせなかったし、今に至る後世で誰も担い手になれてない。使われないで飾られるだけの武具なんて完全に失敗作でしょう?」
ダーリアの吐き捨てた一言は周りにいた多くのドワーフから怒りを買ったようで、激情が多分に混ざった視線を彼女に投げかける。しかしダーリアは全く気に留めずに美術館の出口に向かって足を動かす。
魔王槍になにか思う所があるのか、とは問えなかった。ダーリアの面持ちは忌々しそうに歪んでいたから。ダーリアは口をほんの僅か動かして独り言を喋ったようだけれど、あいにく俺にはほとんど聞き取れなかった。
「あの馬鹿が……」
唯一理解できたこれが何を意味するか、俺にはさっぱりだった。




