戦鎚聖騎士、飲みの席で隠し芸を披露する
「聖女様、聖騎士様。俺達、これから飲みに行くんですが、一緒にどうですか?」
「分かりました。折角ですし、ご一緒しましょう」
教会や冒険者ギルドで報告するには遅いし、戻ってきた時点で解散になるかと思ったら、冒険者の一人が夕飯に誘ってきた。んで、意外なことにミカエラは即答で快諾する。どうやら質素な食事や携帯食には飽きたらしい。
「でもいいのかい? 聖女様ってお酒飲んでもさ」
「何を言っているんですか。余がこれから口にするのは神の血、お酒じゃありませんので、ちっとも気にする必要はありませんよ」
「ああ、成程」
負い目もなく言い放つミカエラに女弓使いがにやっと笑った。
ちなみに神の血とはワインの隠語で、酒は飲んでませんよって言い訳するための方便だ。戒めないと神への信仰が保てないんじゃあ未熟、はミカエラが以前言ってたんだったけか。
「それじゃあ、任務達成を祝って、乾杯!」
「「「乾杯ー!」」」
てなわけで酒場にやってきた俺達。沢山の料理を前にエール酒とワインで乾杯した。俺とミカエラは酒もそこそこに料理にありつく。いや美味えなここのメシ。運動した後だからいくらでも食えるわ。
話題はつきなかった。今回のロックコカトリス討伐に関しての振り返りだとか感想とかと思う存分喋りあった。話に聞く限りじゃあ普段あの魔物はあの山に生息してないらしい。何の影響であそこに住み始めたか、それは今後調査されるだろう。
「それにしても、聖女の奇跡って凄いのね。石化させられた人達も治せるなんて」
「石化の解除って聖女の奇跡以外じゃ出来ねぇのか?」
「ほとんど無理。それが出来るぐらいの魔道具は数少ないし、解除の魔法を使えるのも教国連合内で数人ぐらいでしょう。それだけ難しいのよ」
「じゃあやっぱ聖女様が通りかかったのは運が良かったんだな」
「奇跡にも等しいわよ。あと一週間でも後ろにずれてたら、きっと彼らは餌になってたでしょうね」
生還者達は流石に夜勤の冒険者ギルド職員に後を託してきた。ほとんどがこの町の住人だったんだが、聖女の奇跡で完全回復とはいかない。ギルド勤めの医者が診断して問題がなかったら帰宅ってことになるんだろう。
酒が進むと気が緩んできて、誰もが饒舌になってくる。かくいう俺も酔っ払ってくると自制が効かなくなるんだが、考か不幸か悪酔いはしない性質らしい。おかげで酒を楽しめるんだから、実に良いことだ。
「ん? ミカエラちょっと、口の周り汚れてるぞ」
「そうですか? じゃあ……」
「待て待て待て。祭服の袖で拭おうとするな! ほら、拭いてやるからこっちに顔向けろ」
「ありがとうございます。さすがは我が騎士、気が効きますね」
「それとさっきから肉ばっか頬張ってるじゃねえか。好き嫌いしないで野菜も食え。すぐ肌荒れるぞ」
「むー。食べればいいんでしょう、食べればー!」
かーっ。やっぱ酒飲むと気分良くなるな。あんましザルじゃあねえんだが、ほろ酔いぐらいなら楽しいもんだ。ミカエラも同じ考えらしく、気が合うので学生時代も良く飲みあったものだ。
で、冒険者達はどうも俺とミカエラのやり取りを物珍しく見つめてきやがる。確かに聖女と聖騎士って関係からだと明らかにおかしいのは認めるけどな。だからってそんなじろじろ見られるのはあまりいい気分じゃねえんだが。
「どうした、俺の顔に何かついてるか?」
「いや、俺は一度別の聖女様と聖騎士様を見たことあったけどよ、全然違ったっていうか、その、そんな馴れ馴れしくはなかったな」
「ふふん。余とニッコロさんの関係をそんな一般聖女と一緒にしないでください。何故なら余とニッコロさんの絆は山より高く谷より深いんですから!」
俺が答える前にミカエラが胸を張って断言してきた。そう言ってくれるのは嬉しいんだか面倒くさいんだか、分かんねえな。ま、俺も自分からミカエラに付き合ってるんだから、否定材料はどこにも無いんだが。
「例えば余が死ねと言えば嫌だと言ってくれます」
「え、そこは喜んでとか言うんじゃねえの?」
「死ぬなんて馬鹿馬鹿しい、生きて守り抜く、と当たり前のように言ってくれるんです。それがニッコロさんの良いところなんです!」
「そりゃすげえな」
おい馬鹿止めろ。その話題は早くも終了ですね。
「じゃあそんな素晴らしい我が騎士が一発芸を披露します!」
「はぁっ!? ちょ、待て! 何だその鬼畜な振りは!」
「いいじゃないですか! はい、ニッコロさんの良いところが見たーいー!」
「ぐっ……! 俺の後にミカエラがやるんだったらやってやろうじゃねえか」
「いいでしょう。受けて立ちます!」
「即答!? どんだけやらせたいんだよ……!」
囃し立てられるとやる気がみなぎってくる。こりゃあ明日の朝は恥ずかしさのあまりに悶絶しそうだなぁ、とか思いながらも笑いがこみ上げてきた俺は立ち上がった。で、護身のために持ってきてた剣を抜き放つ。ぎょっとする冒険者達や周りの客をよそに、俺はソレを逆さまにしてから柄を自分の額の上に乗せ、倒れないようにバランスを取る。
「ほ、よ」
「あっははは!」
女魔法使いのツボに入ったのか、腹を抱えて笑い始めた。それにつられて男集も何人か笑ったり笑いをこらえて口元に手を持って行ったようだ。断言しないのは剣を倒さないよう上向いてるからだな。
宴会の席だったらここで両手にもう二本追加したり足でもやるんだが、さすがに酒場でやるわけにはいかない。上手く頭を動かして剣を上空に放り、掴んで鞘に収めて一礼。これにて一発芸終了のお知らせ。
「お粗末様でした」
「すごかったよ聖騎士さん!」
「え、聖騎士ってそんなことまで学ぶのか?」
「その誤認は風評被害になるからヤメレ」
どうやら受けが良かったようだ。ノリの良い奴らで助かった。
「じゃあ次は余ですね!」
酔ったためか少し頬を紅色に染めたミカエラはやる気満々で立ち上がった。そして権杖を逆さ向きに構え、テーブルの上で空になっていた皿を上へ投げ、上手く権杖の上で回し始めた。
「いつもより多く回しています~」
「だっははは!」
よっぽどおかしかったのか、男重戦士が爆笑しだした。それを皮切りに他の冒険者達や観衆も笑いに包まれる。いやはや、権杖使って何やってるんだ罰当たりな、とか教会の連中に見つかったら大目玉くらいそうだな。
こんな感じに盛り上がりまくった夕飯はほどほどの時間で終了。ミカエラが帰り道で「楽しかったですね!」と満面の笑顔で言ってきたので、俺も「そうだな。たまにはいいよな」と返事しておいた。




