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第六話 魔法も最強クラスだった




翌日。

晴天、そして涼しい。

ささやかな風が城下町を吹き抜け、過ごしやすかった。


俺はアイリスに昨日の事を相談したかったので、ギルドへ向かう。

彼女との約束はすでに取り付けているので、進む方向に迷いはなかった。




ギルドの前のクエストボードはチラ見するだけで歩き抜け、そのままギルド本部の設置されている建物へ。

建物内はギルドの諸事務を担当するカウンタースペースと、併設されている酒場のスペースとで区切られていた。


「モルト、こっちこっち」


早朝だからか、賑わっていない酒場の客席。

そこに1人の女の子。アイリスが手招いていた。


「ごめん、ちょっと遅れた」


「いいわよ別に待ってないし」


アイリスの反応的に、俺が遅れたことはあまり気にしていないようだった。

それよりもむしろ、俺の相談に興味があるようで……。


「で、それよりどうしたの? 話があるって聞いたけど──」


彼女は前のめりに聞いてくる。

そんな時だった。死角からあの子が現れたのは。




ムギュッ……




昨日と同様の、柔らかい感触が俺の腕に。


アイリスと合流できたと同時に、昨日の女の子とも出くわしてしまった。

彼女はやはり、俺の腕に抱きついてくるのである。


「……モルトは私の。」


どうやらこの子、アイリスを敵視している。

がしかし、危害を加えるような仕草は今の所していない。


「そうそう、ちょうどよかった。こんな感じの子だけど、アイリスのパーティに入れたらどうかなって」


俺の発言から、少しだけ沈黙が流れた。

その後アイリスは難しそうな表情を見せたのち、絞り出すように続ける。


「──事と次第によっては、アンタを牢屋にぶち込まなくちゃいけないわね」


「あれ? 俺の話聞いてた?」


「催眠魔法とか、魅了魔法なら三年間ね……。でももし脅しているんだったら……10年くらい? とりあえず早く罪を認めた方が、処罰は軽くなるわ」


「ちょっとちょっと、将来のパーティメンバーを信じてよ」


俺が軽くツッコミを入れる。まだ、じゃれあいの領域だった。

アイリスも罪とか言っているが、冗談半分である。


そう、最悪のアシストが入るまでは。

……俺の腕に抱きついていた女の子は、徐に口を開いた。


「──でも、仕方ない。私はモルトに一目惚れ。……魅了された」


アイリスの表情はみるみる青ざめる。

俺のことを見る目も軽蔑へと変わり、少し、笑顔が引き攣っている。


「わかったわ、魅了魔法ね。安心して。今、ギルドの人を読んで──」


「ちょい!」


「黙れ犯罪者っ! 女の敵っ!」




……じろじろ




ギルド内に集まっていた人間の視線が、俺に集中する。

アイリスが叫ぶから、酒場の向こう側にまで聞こえてしまった。

もちろん、冒険者で賑わうカウンタースペースにも彼女の声は届いている。


シーンと静まるギルド内。

俺の名誉を回復するには、この瞬間しかなかった。


「あの……誤解ですよ? 俺、魅了魔法なんか使えませんし。そもそも俺っ、魔法全般が苦手なんですからっ!」


からっ……、からっ……、からっ……。

俺の弁明はエコーがかかったように、静かなギルド全体に響いた。




すると、ギルドのカウンターの方から大男が、ずいっとコチラに向かってきた。指と首をパキポキと鳴らして、いかつい雰囲気を醸し出している。


「──ならにいちゃん。魔法の訓練場、行こうや」


「えっ? 今ですか?」


「そりゃあそうだ。そこで証明すればいいだろ? 魔法が苦手なんですってな」


「……あぁ、確かにそうですね。思ってもいなかったです」


すると大男は俺の肩にポンと手を置いた。

彼の大きな手は、どこからか安らぐような感覚があった。


「まぁ心配しなくても大丈夫だ。無実の証明さえできれば、みーんな納得してくれる」


「──そうですよねっ!」


そんなこんなで、ギルドにいた冒険者を引き連れて魔法の訓練場に向かった。

ついでにフロンさんも「面白そうですっ!」と言って付いてきた。

この人の仕事は、大丈夫なのだろうか……。



魔法の訓練場。

横長の建物で、ギルドから出て少し歩いた先にある。

内装はなんというかゴルフの練習場のような雰囲気。

魔法を撃つ場所の向こう側には、芝生の広々とした空間があり、青々とした空と太陽がよく見える。

その芝生のエリアにモンスターを模した標的が置かれていた。




訓練場につくやいなや、大男から二つのブレスレットを手渡される。

赤色と、青色で、輪っかの大きさは同じだった。


「これ、なんですか?」


「あぁ、それはな。赤い方は、最大威力の魔法を強制的に引き出すブレスレットだ。で、青い方はその逆だ」


ええっと、逆ってことは。


「……最低威力の魔法を、強制的に引き出す? でもなんのために?


ブレスレットをつけて強い魔法を引き出したいのは分かるが、その逆はわからない。

犯罪者を捕まえておくためとか?

だったら手錠みたいにしたほうが、外せなくて使い勝手も良さそうなのに。

 



──俺のそんな疑問は、フロンさんが解決してくれた。




「良い魔法使いは、魔法の威力の振れ幅が大きいんです」


「……え? 振れ幅?」


そんなこと、師匠は言っていなかった。

やっぱり外の世界はすごいな、情報でさえも最先端を走っている。


「はいっ、振れ幅です。ただ強い魔法を放っていては、すぐに魔力不足になってしまいますから」


「──あぁ、そうか。最低限の魔力を使って、相手を倒すんですね」


「そうですそうですっ! まぁもちろん、強い魔法を撃てるに越したことはありませんが……」


「勉強になります」


なるほど。

俺は普段から『必要最低限の力で戦う』ということを意識してやっている。

が、魔法使いもそうなのか。


確かに戦闘中に魔力が切れたら死んだも同然だし、むしろ、俺よりも神経質に最低限を目指しているに違いない。




納得した。

なので俺はとりあえず、青い方のブレスレットを取り付けた。

最低威力の魔法を引き出す方だ


「じゃあ早速、やっちゃいますね──」


「おいおい、待てや、にいちゃん」


そう言われて、大男に引き止められた。

俺が首を傾げて振り返ると、彼は俺に抱きついている女の子の方を顎でクイっと示した。


「まずはそっちのお嬢さんだ。魅了魔法の無実は、かけた側とかけられた側を比較しないと証明できないぜ」


「……あぁ、はい。すみません」




俺はよくわからないまま引き下がった。

そして女の子は俺から離れて、青いブレスレットをつけ、魔法を撃つ場所に堂々と立つ。


そして、彼女はゆっくりと右手を前に突き出した。




「──最低火球(ファイア)




ヒョロヒョロヒョロ……ぼふっ




彼女の放ったファイアは頼りない軌道で、ゴブリンを模した標的に当たる。

頭の部分を少し焦がしただけで、ダメージはゼロに等しい。




女の子は「じゃあ次」と言って、赤いブレスレットを付ける。

周囲の空気感としては『これが見たかった』と言わんばかりであった。

彼女の背中に、期待の眼差しが向けられる。


すると俺の横で、大男が呟いた。


「……まさか、『火炎魔法のヤミィ』の全力が見れるなんてな」


大男の呟きは、小さい声ながらも熱がこもっていた。

それと今更ながら、あの子の名前は『ヤミィ』と言うらしい。


……周囲の雰囲気も合わさって、俺の中での期待も上昇していく。

師匠の魔法よりも、すごいものが見れるかもしれない。

なんと言っても俺の師匠、魔法が超がつくほどの苦手だったから。




──ヤミィは再び、ゆっくりと右手を前に突き出した。




「──火炎球(マグラ)




轟音、うねる。

脳髄が地面に叩きつれられたような感覚だった。


爆炎は爆風と共に放たれ、ドラゴンを模した標的に突き刺さる。

すると再度、爆発と共に火柱が聳え立った。



しばらくして。

炎が静かになり、舞い上がる煙が収まった。

焼け荒れ果てたその芝生の中からは、片腕と片足のないドラゴンが佇んでいた。

無論、模型の。


歓声は途端に、周囲を包み込んだ。


「うぉぉぉぇぇ!?」


「すげぇ! ドラゴンに攻撃が効いてる!」


「本当にランク6冒険者かよ!?」


などと、多種多様の褒め言葉。

彼女はそれらを一心に浴びて、少し恥ずかしそうにしていた。




「じゃあ、次。にいちゃん」


「──了解です」


俺はヤミィと入れ替わって、魔法を撃つ場所にたった。

目の前に広がる芝生のエリアは想像以上に広く、そして荒れ果てていた。


俺はいささか、沈み込んだ気持ちを抱きつつも、青いブレスレットをつける。

そして標的を探すのだが、さっきの一撃でドラゴンを模したもの以外は吹き飛んでしまったらしい。


渋々、それに狙いを定める。

ヤミィがやっていたように腕を前に突き出して──




「──最低火球(ファイア)




……ぷしゅぅぅぅ




俺の火球は飛んでいくどころか、発火した途端に消えてしまった。

周囲は「あー、はいはい。コイツは無実だわ」みたいな雰囲気に。

無実の証明ができるのは嬉しいんだけど、それはそれで嫌だった。


「おいおい、にいちゃん? もう無実は決まったようだぜ? なのにどうしてそれをつけるんだ──」


俺は赤いブレスレットをつけて、再びドラゴンに狙いを定める。

すると大男も観念したのか、俺を止めに入るようなことはしなかった。


「──はぁ。……律儀なやつだな」と、諦めた。




──人間、舐められたらとことん搾取される




これは俺の前世でたどり着いた、たったひとつの結論。

この体を通して、痛いほど味わってきた。




ひとつ、集中力を高める。




前世でいじめられてきたからこそ、この世界では誰にも負けたくない。

強さこそが、自分を肯定する最大の武器だと思って生きている。


無論、自分よりも強いヤツがいるなんて重々承知の上。

そいつらを越えるために強くなる過程も、時には必要だ。


「……すぅ」


息を大きく吸った。


腕を前に突き出して、魔力の潤滑な流れを意識する──




「──至極上(ドクラ)火炎球(マグラ)




キィィィィィィーーーーーン




その爆音は、耳が許容できる音圧を超えた。

地面がけたたましく揺れ動き、吹き荒れる嵐の如き暴風に、目を開けていられるものなど皆無であった。


ピリッと、唇が切れた。

火球の温度が空気の水分を奪い、乾燥させてしまっているからだ。




──このもはや災害とも言える現象は、陽が沈むまで収まらなかった。







「──はい、はい。誠に申し訳ございません。……はい、修繕費とギルド復興までの費用ですね……はい。分かりましたクエストの報酬から、はい、その都度……」


「……ばーか」


アイリスは頭を下げる俺の横で呟いた。


俺は魔法の練習場を破壊した。

それにより降りかかってきたのは賞賛や憧れの眼差しではなく、膨大な修繕費と人件費。つまり、負担するべきお金である。


その額は…………だいたい、庶民の家が2、3軒建つくらい。

外の世界に出てきて数日で、俺は借金生活を余儀なくされるのであった。




ただ、その代わりに手に入れたものもある。

冒険者ランクが『1』から一気に上がって……『3』になった。


たった二つ上がっただけじゃないかと、冒険者でない人はそう思うかもしれない。

だが、これはものすごい進歩なのだ。


なぜなら──


「──でもまぁ、これで討伐クエストに行けるわね」


そう、アイリスの言った通りである。

ランク3冒険者は、討伐クエストに挑戦することができる。


そして更に、もう一つの進歩は──


「パーティも組めた」


そう、ヤミィが言った通り、パーティが組めた。


俺の魔法の威力を見たフロンさんは、俺とアイリスのパーティ関係を容認。

さらにヤミィがアイリスに言い寄って、パーティに加入。

こうして俺とアイリス、ヤミィはパーティを組むことができたのだ。




……が、これらの進捗をぶち壊すくらい、借金の存在が大きい。


さてさてこの先、俺たちはクエストの報酬だけで暮らしていくことが出来るのか。

こればっかりは、誰にもわからなかった。




「まぁ、やっちゃった事は諦めましょ! とにかく、明日はダンジョンに行くわよ!」


アイリスは相変わらずのテンションだった。

するとヤミィはひとつうなづき、続ける。


「……ダンジョン。パーティ限定で入れる」


「そうなのか? ……あぁ、だからアイリスがはしゃぐのか」


「……ボッチは入れない、から」


「あははははっ!」


ここで、空気が止まる。

氷魔法の方が、まだあったかいと思えるほどに。


「──おいお前ら」


アイリスは笑顔で、俺たちを見つめていた。


あっ──たすけ──

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