最終章
学園の空気は結局戻らず。
あの一件により、学園長は長期出張。
という表向きは。
実際は、監督不行きとして呼びだしをされている。
学園長に非はないというのに。
その間、副学長が対応されているが、事なかれ主事の方のため、何もしない。
学園対抗大会の中止理由が理由だから、特別問題行動をおこす生徒はいなかったが、運営委員まわりの生徒は少し騒いだ。
四年生はあきらめておられたのが、就職にはきちんと反映させたようで。
「卒業課題も無事終わって。評価もよかったようだ。とはいえ。こんな形でコンペキを終わるとは…‥。歴代の先輩たちに申し訳がたたないよ」
とても悲しそうなコンペキ様。
「俺たちは悪くないだろ。問題なくみんな過ごしているし。あれから特段問題も起きてないだろう」
「……体調不良と、無断欠席はでているのに?」
「それこそ、俺たちのせいじゃない」
まっすぐに答える側付きのツーアリア先輩。
……この方はコンペキ様を心から想っておられる。
卒業まであと数日になって。
学園行事はないが、六人でいる時間はあとわずかで。
こうしてお茶をすることもなくなる。
お顔を拝見することもなくなるのだ。
「そうです。私は一緒に寮長を務めることができて本当に光栄です。たくさん学ばせていただきました」
「ありがとうリョクスイ。僕も君たちと一緒に過ごせてとても楽しかったよ」
「コンペキは俺の目標です。申し訳ないとか言わないでください」
ギンシュとリョクスイの言葉に、照れ臭そうに笑っておられる。
「ありがとう」
そっと腕章をなでられた。
「この地位について。学園のことを見るようになって。いままで以上に生徒のことを見るようになった。今まで気づかなかったその子の良さを見つけることができた。学園をより愛することができた。お話しを聞いたときは驚いたけれど。受けてよかったと思ってる。この地位だから見えた」
愛おしそうに見つめている。
「次をどうするかと。歴代のコンペキの事を思うと、ね。それに。側付きも」
「ほんと。俺を選ぶとかまじでどうかしてるよ」
「君以外いないと思ってね。次のコンペキにも、自分にとって一番いい側付きを選んでほしいよ」
自慢の側付きだと以前おっしゃっていたのを思い出した。
そして。
俺にはあまりにも過ぎた立場だと困ったように笑っていた。
「次は決めているのですか?」
「ああ。声をかけているよ」
次代コンペキ。
……コンペキ寮にはたくさん優秀な方がいる。
「彼女は僕が知るコンペキ生のなかで、もっともコンペキだと思うから。仲良くしてくれたら嬉しいな」
母親のような笑みを浮かべている。
「ああ。……今一人うかびました」
「あら。ギンシュも? 私も浮かびました」
「コンペキ。今のはもはや答えだろ」
「ふふふ。次の代も安泰だね」
卒業とともに、代替わりをする制度。
今年度はコンペキのみ代替わりをされる。
お二人が浮かべている方がどなたか私にはわからないけれど、学年が同じであれば、任期は一年。
来年度は三寮。寮長全員代替わりとなる。
……残るのはギンシュ側付きであり、一年学年が違う私だけだ。
……私だけ残るんだ。
それぞれ、楽しそうに過ごされている。
コンペキ様はとてもお優しい方。
側付きのツーアリア先輩はコンペキ様よりは好戦的。みんなのお兄さんのような方。
リョクスイ様はふわりとしているけど芯の強い方。
側付きのキタ先輩はリョクスイ様と同じ空気をまとって、しっかりと主人を見つめている。
そして……。
あ。
目があって、ふせた。
承知いたしました。
ギンシュ様が私を見た。
「コンペキ様」
「コンペキ側付き様」
リョクスイ様とギンシュ様が立ち上がって。
私はリョクスイ側付きの横に並び。
それぞれ前に進む。
「なんだよ……」
不審がるツーアリア先輩に、ニコニコと変わらないコンペキ様。
「一年間。お世話になりました」
「ありがとうございました」
花束を手渡した。
「え?」
「ふふふ。ありがとう」
困惑されるツーアリア先輩にたいして、より笑みを深めたコンペキ様。
「いっただろ? 彼らならこういうのをしてくるって」
「ほんと、お前はちゃんと見てるな」
顔をみあわせるお二人。
「はい。これ俺らから」
花束をコンペキ様にあずけて、奥から袋を四つ持ってこられて。
私たち一人ひとりに渡された。
「この一年。とても楽しかった。コンペキとして二年。先代ギンシュやリョクスイから君たちのことを頼まれていたが、僕が何かすることなどなかった。あのお二人が選ばれたんだ。見合う人であることはわかりきっていたからね。側付きの二人も。チルアとうまく接してくれた。ありがとう」
「俺なんかと一緒にされてもいやだろうけれど。側付きとしてやってきて楽しかった。ありがとう」
袋の中には、お菓子と茶葉が入っていた。
「お口にあうといいのだけれど。チルアが見繕ったんだ」
「ありがとうございます」
四人でお礼をいった。
まさかこちらがもらうことになるとは。
「卒業までまだあるけれど。特別行事はない。学園対抗大会によって、学園行事もなかったからね。あまり楽しくない一年になったかもしれないけれど。僕は君たちと一緒に寮長を務めることができて、光栄だよ」
コンペキ様がリョクスイ様とギンシュ様の手をとって笑いかけている。
「キタ。お前の紅茶もお菓子も。どれもよかった。側付きとして、寮長をよく見ている。その目をもう一年。側付きとしてしっかり見ていてくれ。来年の学園対抗大会、頼むな。ホクシャ。側付きと指導生と。どちらもちゃんとこなしてえらいな。双子を見ていたが、いい生徒だ。指導生がいいからだろうな。学年がお前は下になるから、三人が卒業してもなお、まだ残ることになるが。頼む」
「ありがとうございます。僕にできるのはリョクスイを見ていることしかできないので。できることを精一杯します」
「ありがとうございます。無事一年を終えることができそうでほっとしています。一人残ったとしても。その代の寮長の皆様にご迷惑をかけないようにいたします」
: : :
「お二人とも、いい顔をされていたな」
「はい」
「次のコンペキとの顔合わせもできたし。また一年だな」
「はい」
「リョクスイの挨拶もよかったな」
「はい」
リョクスイ様が在校生代表として挨拶をされたのだ。
……とてもきれいだった。
いや。きれいと言う言葉がくすむほどに。
卒業式が無事終わり、お見送りをした。
ギンシュ執務室。
いつのように紅茶を淹れて。
窓の外を見ておられる。
お花も喜んでいただけた。
ギンシュ様のお屋敷で育てられていたものだ。
「君が俺の花を使うことを推薦したのは驚いたよ」
「いただく花がどれも素晴らしかったので」
お受けになるだろうとは思ったけれど。
「ギンシュ様がお許しくださってよかったです」
「いっただろ? 尊敬していると。その方に贈るものが君の誉めてくれた俺の屋敷のものなら、断る理由がない」
そういってわらってくださって。
……最近。目の色を保つことをやめられている。
慣れるべきなのに慣れない。
「君の双子はどうなった?」
視線の先には在校生の姿。
「指導生について、引継ぎをいたしました。新入生の人数があまり多くないようですので、選ばれない可能性もございます。先輩として恥じないようにと。また、次こそは、学園対抗大会の代表生徒に選ばれるようにと。今から頑張っています」
先日引き継ぎのための時間がもうけられていたから。
試験の結果は問題なく残りの時間を過ごしたし、代表生徒への道は続いている。
「運営委員になったもんな。申し訳なかったが、経験にはなったと思う。指導生としても問題ないだろう。新入生がどうなるかわからないが。俺たちのすることも変わらない」
「はい」
力強い宣言。
一度、目を閉じて。
ゆっくり開いた。
名前を呼ばれたあの日のように。
にっこりと笑って。
そっと横に並ぶ。
「先代コンペキは本当に俺の目標だ。あの方のように、後輩を守れる先輩でありたいな」
まっすぐ前を見ておられる。
「側付きとして。ギンシュのお役に立てるよう、精進いたします」
側付きとして。
もう一年。
この方の側にいられる。
いることを許されている。
ここでしか見られない景色を。
「もう一年。よろしく頼む」
「頭を下げるなどおやめください。……私はギンシュの側付きです。あと一年。お側で。よろしくお願いいたします」
名前を呼ばれたあの日から浮かべ続けてきたこの顔も、意識することなくできるようになって。
「……君はそうやってまた笑うんだね」
少し寂しそうな顔をさせた。
……仕方ないだろう。
私は私が求める私だけのものが、手に入るこの立場で、お母様のようにすると決めたのだから。
「それもまた君だから。俺は受け入れる。……卒業まで俺の側に」
青い瞳が私を捕まえる。
「……側付きとして。側におります」
……この気持ちはなんだろうか。
: : :
「ふふふっ。よい一年になったようだね」
「はい。お父様」
新学年に上がる前に、お父様のもとに来た。
「君が楽しいなら。それ以上は僕は望まない。コンペキの事だけれど。あの二人は本当にいい関係だ。彼が側付きに彼を選んだのは納得だよ」
お父様はお二人のことを知っている?
名前を出した覚えはないのだけれど。
「リョクスイはリョクスイで彼女らしい選択だと思ったよ。君が彼らとかかわることができたのはとてもいいことだ。彼らとの出会いは、価値のあるものだよ」
「はい。お父様。皆様と共に過ごした時間はとても学びになりました」
コンペキ様の慈悲深さ。
ツーアリア先輩の無遠慮さ。
リョクスイ様の揺るがなさ。
キタ先輩の忠実さ。
……ギンシュ様のまっすぐさ。
「アベリア」
私の頬にお父様の手が伸びる。
「学園長不在のいま。寮長がしっかりしないとね。指導生ではなくなるから、側付きに専念するといい。前にいったが、来年はまた何かありそうだからね。きちんと守りたいものを守れるように。君が望む学園生活を過ごせるように」
……お父様は不穏なことをおっしゃる。
「わかっているのであれば、教えていただけませんか。何がおきるのか」
「僕が全てわかっているわけじゃないよ。この島にいるんだ。僕のもとに来る情報は限られている」
にっこりと笑って。
「でもそうだね。可愛い娘の未来が明るいことを願うと僕のもとにある情報を提示しようか」
話す内容がおおいのか、新しい紅茶をいれるねと立ち上がられた。
……来年か。
外を眺める。
ギンシュ側付きに任命されて。
私だけが知る景色が多々あって。
……ギンシュ様とも親しくなれたと思う。
ちゃんと側付きとしての信頼関係は築けていると思う。
……。
うん。問題ない。
「ふふふっ。君は本当にお母様にそっくりだ」
お父様が楽しそうに笑っている。
「それが提示できるものだよ」
……どういうことだろう。
紅茶に視線を落とす。
お父様は事あるごとに私がお母様に似ているとおっしゃる。
確かに私はお母様のようになりたいと願い行動しているけれど。
ここで提示されたこと。
……学園でのお母様のようす?
なんだ?
「……お母様は学園が好きでしたか?」
「ああ。あの日々を愛してるよ」
……。
なら。
愛しているのなら。
「学園での全てを見守ります。それしか私にはできませんので」
私にできることはそれぐらいだ。
お父様はとても嬉しそうに頷かれた。