第八章
第八章
「とアベリア。君が頑張ったというのに。学園対抗大会はまさか、中止になるなんてね」
お父様が嬉しそうに笑っている。
「……笑いごとではありませんわ。あれほど、皆さまがご準備されていたのに。運営委員に選ばれた生徒も頑張っていたというのに。それに四年生の先輩にとっては、最後の学園対抗大会で代表生徒に選ばれたのに」
安全確認がされて、開会式も無事行われたというのに。
あれから、各学園の先生、生徒の受け入れ。来賓の対応。会場の設営は問題なく行われて、順調に一年生の対抗戦が始まったのに。
「最初のお題は、魔法による直接攻撃せずに、風船を割るというものだったね。一番早く自身の色の風船を割ること。だったね」
この島に情報など入るわけがないのに、相変らずお父様はなんでもご存知で。
「はい。一年生に対しては、相続力を求めるものになっていました。かつら、バット、傘、机。バケツ、ボール。弓矢、紐、ホース、木の棒、槍、ナイフ、針等を使用して。というものでした。自身に振り分けられている陣地を出てはいけない。飛行魔法の使用禁止、各道具の使用回数の制限がされていました。浮遊魔法、風魔法、身体強化による投擲を想定していたようです」
「かつら……。机もなかなかだね。どうしたものかとなるし、早さを競うのであれば、確実に風船を割れるモノにするだろう。定番は弓矢、槍、ナイフかな。刃物や先端がとがっているものがいいだろうね。それらを浮遊する風船に命中させるというのも難しいだろうけれど」
「ある生徒は、机を積み重ねていき、物理的に風船との距離を近づけたものもいました」
「確かに距離を詰めるというのは大切だね」
それぞれ頑張っていたというのに。
「そこで未登録魔法が使用されたと」
……お父様は本当に何でもご存知だ。
「はい。他生徒に対する攻撃ではなかったので大ごとにはなりませんでしたが、感知魔法道具が反応いたしました。それにより一時中断を。解析した結果、禁忌魔法の系譜になるとされ、その生徒は退場となりました。残りの一年生の対戦を仕切り直しにすればよかったところを、来賓の方が騒がれまして」
……余計なことを言ってしまった。
「大丈夫。ここでのことは誰も知らないよ。僕も聞かなかったことにする」
「ありがとうございます。お父様」
まだまだだ。口を滑らすなんて。
「一年生の対戦は不戦となり、どの学園も同様の点数が割り当てられることとなりました」
「その時点で一位だった生徒はかわいそうだね。君だったらかつらを使用するのかな?」
……。
「私は運営側でしたので、あの場に使用されたものすべてを一度触っております。かつらについても。……あれは一度触れていれば、そのかつらに使用されている髪が釣り糸であることはわかります。針を通して釣り竿のように使用するということもできるのでしょうか。あとは風魔法などで、自身の風船を一つ一つ地面に近づくように高度を下げるか、自分の目線を高めるかなどすれば、どうにかなるのではないかと思います。実際に使用された未登録魔法は自身の体を著しく成長させるものでしたので、目線を変えようという発想だったのかと。身体強化の系譜に分類されたようです」
「身長だけを伸ばしたものだったようだけれど、それさえも禁忌魔法にするなんて厳しいね。制限をつけばいいものを、なんでもかんでも禁忌にしているような気がするよ。まあ。他人にもかけられてしまうものであればもちろん危ないだろうけれどね。身体強化に関するものはほとんどが自分に対してだ。他者にではない。まあ。できないわけではないけれど、それだと禁忌魔法になってしまうからね。だれもしないよ。というかその発想がないように指導されているんだけれどね」
怖いことをお父様はおっしゃる。
身体強化。
確かに自分にかけるものと考えているけれど、確かに少し魔法式を変更すれば他人にもかけることはできるだろう。
「問題は二年生の第一戦だと聞いているよ。そこでも禁忌魔法が使用されたと」
「はい。対人戦でしたので、それぞれ得意とする魔法を使用して白熱したものになったのですが。……使用されたものは禁忌魔法だったため、再び感知魔法が反応しまして。二度の禁忌魔法の使用。それにより来賓側より中止の願いが出されました」
「禁忌魔法の使用についてはその生徒の判断だ。禁忌魔法については学んでいたよね」
「はい。一年生の時点で禁忌魔法についてどういったものが当てはまっているのか学びます。……使用した生徒もわかっていてのことだったので」
「確信犯だよね。まあ一年生のはまだ未登録魔法だったから譲れる点もあるだろうけれど、二年生ではそうはいかないのはわかる。けれどそれで中止とは。その学園の生徒を退場させ、残りの生徒でとはいかなかったんだね」
「学園側が決めたことですのこちらはそれに従うまでです」
目を伏せた。
正直私は学園対抗大会への想いなどない。だから中止になろうとどこが優勝しようと興味のないことではあるが、ギンシュ様方やあの子たちの事を思うと、無事行われることが望ましかったのに。
「ふふふ。アベリアがそんな顔をするのであれば、僕が出ていけばよかったかな。そうしたら有無を言わさず、続行だったのにね」
「お父様。冗談でもおやめください。お父様であればできてしまいそうで怖いです」
「ふふふっ。アベリアが怖がるようなことはしないよ」
冗談であってほしいけれど、お父様の笑顔に安心はできない。
お父様であれば本当にしてしまいそうだから。
「学園行事の中で大切なものなのにね。その二年生の親が親だからね。仕方ないだろう」
……。
「お父様はどこまでご存じなのですか?」
恐る恐る聞いた。
私はその生徒について名前も学園名も出していない。
そもそもお父様の耳に中止になったということさえも本来なら入らないはずなのに。何でもご存知のお父様には届いていて。
政治的判断も具体的なものをご存じなのだろうか。
「僕が知っていることはたかが知れているよ。そうだね。アベリアには伝えておこうかな」
そうおっしゃって、紅茶を淹れ直された。
「苗字が違うし、公になっていることではないけれど。一年生と二年生の件の生徒は、腹違いの兄妹でね。父親はさらに別の人なんだけれど。全くどうしてそうなったのかわからないけれど、どちらの母親も同一の男性との子。そのことを両家とも知っていてね。まあ、二人とも父親似というのがあるからだろうか。まわりは母親似だと通しているようだけれど。それでも似てしまっているからね。目ざとく見ている人はそう考えたようで。少し噂にもなったけれど。禁忌魔法を使用した理由は聞いているかな?」
「……勝利のためとだけ」
「うん。それに嘘はないだろうね。けれど本来の目的は学園対抗大会をダメにすること。アベリアは四年生のことを思う発言をしていたね」
「はい。四年生は最後の学園対抗大会です。代表生徒として選ばれたこと。有終の美をかざるにはとても良い条件です。ここで、良い成績を納めれば、卒業後にも大きくつながります」
「うん。その四年生にたいして。だね」
「……どういうことでしょうか」
「四年生の中に、二人の父親の正式な子がいたんだよ。正式なんて言い方をすると差別的に聞こえるかもしれないけれど、あえて使うね。いわゆる認知された子。戸籍上親子とされている子だ。二人は各家庭で冷遇されていたようでね。まあ表に見えるようなことはなかったみたいだけれど。それでも、自分たちは苦しんでいるのに。腹違いの兄妹は。戸籍上親子とされている四年生の子は幸せそうに暮らしている。それが妬ましかったんだろうね」
「お待ちくださいお父様」
「なんだい?」
「どうして三人の生徒がそれぞれ腹違いの兄妹だと知っているのですか? たとえ噂になったとしても、その噂は父親が違うのではというものだったのではないのですか? それならほかに兄妹がいたとして、それが誰かなんて隠し通すものではないのでしょうか」
「ああ。噂についてはそうだね。誰が父親とかなくて。単純に母親の不義ということだけだった。けれど。自分に似た要素を持つものが他にいて。その人も同じように冷遇されている。同じように母親の不義が疑われている。親族でもないのに、似るなんて何かあると思ってしまうだろうね。あの年頃の子なら」
……私にはわからないことだ。
「二人がどういった経緯で知り合ったかまではわからないけれど、二人は自分たちが兄妹であることを知った。そして父親が誰なのか。頑張って探したんじゃないかな。両親の話や屋敷のものの話を盗み聞きなんかして。そうして探し当てた父親にも子どもがいた。人の口に戸は立てられないからね。二人は計画を立てた。同じ父親を持つのにどうしてこんなにも違うのだろうと。学園対抗大会なんて絶好の舞台じゃないか。四年生にとって特別なものだ。それをダメにしてしまえばいい。一年生が先に事を起こし。二年生がまた同様に事を起こす。その理由は兄妹への嫌がらせ。なんて動機を公にはできないだろう? それにそんな家庭の事情に学園側が関与できるものではないしね。けれど。未来ある子どものためなら、学園は煮え湯を飲むことだっていとわない。三人の子どもの未来だ。そりゃあ、多少の傷は入ったけれど、それでも学園行事の一つでの出来事。若気の至りとできる」
……やはり私にはわからない世界だ。
「……三つの家を守るため。子どもの未来を守るため。けれどそれを公にすれば。……お父様。このことを寮長であるお三方にも知らせなかったのは、私たち学生がそういった色眼鏡で視ないようにという配慮でしょうか」
「君たちが色眼鏡で見るなんてことをありえない。けれど今後、付き合いは出てくるだろうからということじゃないかな。学園は生徒個人で判断する。家は見ない。というけれど。家のために子どもが傷ついてはいけないからね」
……お父様。
「面倒なことにそれらの家がいわゆる名家とされる家だということ。分家だとしても本家に近いものだからね。本家に対する配慮もあるだろうね。これを貸しと捉えることもできるけれど。あの学園長であればそうして、何かの機会に使うかもしれないね。そういう点では、学園長はほんと昔から変わらない方だ」
「私にはわかりません。あまりにも多くの生徒を巻き込みすぎです。学園側も中止ではない他の道を探すべきでした。いくら事情がそうであったとしても。生徒に対する不義理ではないでしょうか」
「手厳しいね。まあギンシュ側付きとしてはそうなるか。その事について、寮長で抗議はしたのかな。そうだとしたらそれは必要なことだろうね。学園の秩序と平穏のためにあるのだから。生徒たちの想い伝えるという役割がある。必要なことなら。役割なら。するべきかな。確か、指導生を担当している双子の子が運営委員だったね。その子は何て言っているのかな?」
「……とてもショックを受けていました。ですが。とても聡明な子なので、仕方ないと飲み込んでいます」
「優秀な子たちと聞いているよ。君が指導生を務めているんだ。きっとアベリアのようにどうにか理解を示すんだろうね。まあ。僕としては中止になったことで、アベリアが僕のもとに来てくれたから嬉しいよ。少し学園が騒がしくなりそうだからね。来られなくなっては寂しいから」
「何かあるとお父様はお思いなのですか?」
「ああ。うん。起きるよ。君にとって良くないことでもあるし、いいことでもある。アベリア。足を見せてくれるかな」
……お父様の眼には何が見えているのだろうか。
私の足首にある魔力石をみて。
少しだけ瞳の色が濁った気がする。
「うん。大丈夫そうだね。アベリア。かわいい僕たちの娘」
お父様が私を見あげている。
「君ならどんなことだって乗り越えられる。ギンシュ側付きとして君がいる二年間で起きることにたいして。アベリアなら問題はないだろうね。ああ。そうだ。あれからまた人を使って彼の母親とあの人が婚姻について話をしてきたけれど。すべて無視しているからね。アベリアも気にしなくていいから。君は君らしく。望むままあればいい」
まるでついでのようにおっしゃるけれど。
「お父様にご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありません。まさか、こちらに人をあてるとは」
そこまでして婚姻を結びたいのか。
「いいんだよ。娘のことだ。父親とみなされているということだ。アベリア。君がすること。君にかかわること。全てがいとおしい。迷惑などありえない」
お父様はいつもと変わらない笑みを私に向けてくださっている。
……私にできるのはそれに対して。
「ありがとうございます。お父様」
「愛しているよ。かわいい僕たちの娘」
「私も。愛しております。お父様」
: : :
……。
…………。
学園の空気が悪い。
仕方ないか。
学園対抗大会が中止になり、禁忌魔法管轄の担当職員がやってきて。検証もされて。あわただしく数日を過ごして。
いつもの学園生活が戻ったというのに。
「こちらの意思は伝えてあるから。それ以上することはないよ。あとは学園がどうするかだよ。こちらでできることなどないから。君たちが思い悩むことはないよ」
優しい笑みを浮かべてコンペキ様がそうおっしゃるけれど。
「……コンペキ様はそれでいいのですか?」
「仕方ないよ。こればっかりはね」
ツーアリア先輩は何とも言えない表情をされている。
……もしかしてお二人は知っているのだろうか。あの二人の動機を。……だとしてもそれをここで問うことはできない。私が知っていることではないから。
それにこの話をギンシュ様の耳にも入れたくない。
「学園側も痛みがないわけから。あの二校も監査が入ったようですわ」
「監査?」
「ええ。あの子ったら、聞いてもいないのに話してくれたわ。口ぶりはこちらに非はあるようなものだったけれど」
ふわふわといつもの笑みを浮かべながら、カップを口に運ばれる姿は変わらず優雅なもので。
「きちんと指導しているのか。カリキュラムに問題はないのか。該当生徒が日ごろから禁忌魔法を使用していたのではないか。っふふふ。そんなこと聞いて。どうするのかしらね。たとえ、日ごろから禁忌魔法に対し興味関心を持っていたとして。魔法式を構築したとして。学生である私たちはただ勉学のためにしていたこと。実際に使用したことは確かに悪いことだけれど、考えてしまうこと、興味を持つことは悪いことはない。誰かに非などないのに」
そっと空になったカップキタ先輩がおかわりをつがれる。
「ありがとう」
「リョクスイもギンシュも。側付きの君たちも。疲れただろう? 各寮で生徒たちが安定しないだろうだからしばらくは動きにくいかもしれないけれど。無理のないように」
中止後のそれぞれの寮生の様子の報告会の会議。
コンペキ様は常にこちら側を想ってくださっている。
この方の方がよっぽどお疲れだろうに。
ツーアリア先輩の向けられている目に不安の色が入っている。
「ほんとあいつはなんでもかんでも自分で片づけてしまうから」
不満の声。
「わかります。リョクスイもそうなので。まあ。側付きにできることは限られていますから。寮長であるあの方たちとは違いますからね」
それぞれ寮長をお部屋に戻してから、側付きだけでお茶会をしている。
「ここならどの寮にもどるにしても距離は変わらないからな」
と以前もここでお茶会をしたことがある。
今回はキタ先輩がお持ちくださった紅茶とお菓子。
「俺たちには知らされていないことを知ってるんだろうけれど。こっちにもちゃんと知らせてくれたらできることあるっつーの」
足も手も組まれて。
「そりゃあ? 立場もあるし制限とかもあるし。そもそも役割があるわけだし? なんでもかんでも共有しろとは言わんが。それでも。俺たちのことをもう少しうまく使ってほしい」
「コンペキ様はとてもお優しい方ですからね」
「優しいけど、優しくねえよ」
……この方にしか見せていない表情があるのだろう。
それが、優しいけど優しくないか。
「リョクスイ様も気にされていました。コンペキ様にだけ何か学園側がお話されていたようだったので」
「ギンシュ様も大変気にされていました」
「……ああ。あいつにだけ話があったみたいだ。きっと今回の裏側だろうな。でそれを俺たち他の奴には知らせない選択をとった。知らない方がいいという判断だろうな。きっとそれがあいつの優しさ。でも、話してくれないのはこっちとしては優しくないし、きっとあいつは裏側を使って何かをしたんだろう」
……遠くを見る目が、とてもとても。
寂しい。
……私は知っている。その裏側を。
それを共有すべき?
コンペキ様だけがあの話を聞いてお心を痛められたんだろう。
……。なら私も話すべきではない。
そもそもコンペキ様が知らせていないのだ。自身の側付きにさえも。
ならそれを私が無碍にしてはいけない。
「君の耳には何かはいっているのかい?」
口数の少ない私をキタ先輩が見ている。
「いえ。ギンシュ様からは何も。……コンペキ様にしか学園側が話していないのであれば、リョクスイ様もご存知ではないのでしょうね」
「ああ。あの方も知られていない。……コンペキ様の優しさを考えれば、きっとリョクスイ様にとっても気分のいい話ではないのでしょうね。それなら。自分も知らないままでいます」
リョクスイ様を同じ、優しいふわふわとした笑みを浮かべている。
「お前たちはほんと優しいな。寮長を想っているし、寮長に想われている。……俺にそういうのなくていいって言ってんのに」