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第六章

第六章


「リョクスイと何か話したのか?」

 会議が無事終わって、寮の執務室で会議の宿題をしているところで、ふと顔あげられた。

「噂話について。リョクスイ様のお耳に入っているようで。こちらの動向を気にされていました」

 隠すようなことはないから端的に答えた。

 噂話について嘘かどうかのリョクスイ様のご意見は伝えなくていいだろう。

 会議の内容を再度まとめ上げておかないと。

「ああ。…‥あの噂か。いらない気を使わせてしまっているようだな」

 置いたカップに視線を落とす。

 別に視線を合わせられないわけではないけれど、今は合わせないのがいい気がする。

「君は何かすべきだと思うかな」

「人の噂も七十五日。学園の行事がありますから、そちらに意識は向くと思います。……ギンシュ様もなにもおっしゃらないので、気にされていないのかと思っていたのですが」

「気にしてはいないよ。ギンシュになったばかりのころならいろいろ考えただろうけれど。君が側付きとして培ってきたものを考えれば、何もしなくていいと思っているよ」

 ……私の評価からそう考えられていると。

「ギンシュ様のお考えにならいます」

 私がすることはないのであれば。

 ……もったいない。

 リョクスイ様のお言葉が頭を通り過ぎた。

 そのまま引き留めることなく流そう。

 自分が言ったままに。

 ギンシュ様が動かれないのなら。

「君が嫌でなければいいのだけれど」

 それこそいらない気遣いだ。

 少し不安そうな色を浮かべて私を見ている。

「問題ありません」

 私は何も気にしない。

 気にする必要などどこにもない。

 どうでもいいことだから。

 大切なのは、ギンシュ側付きとして私が正しくあれること。

「さて。今回の会議だが、やることが多いな。改めて先代たちの偉大さを感じたよ」

 運営に対して、運営委員という生徒もいるけれど、ほとんどのことを寮長がされる。

「前もっての準備が多すぎる。がまあそれも我々の務めだ。やるしかない」

 机の上にばらまかれるようにある書類を整頓されていく。

 過去五年間の記録。

 ……これまでの記録すべてが保存されているなら、お父様やお母様のこともあるのかもしれないけれど。それを見ては職権乱用になってしまう。

「……なあ」

 不安そうな声が聞こえてきた。

「どうかされましたか」

「今日はもう終わりにしないか」

「なにかありましたか?」

 どうしたのだろうか。

 会議のあとはするべきことを再度まとめて、私に振り分けられるというお話だったのに。

「ちょっと見たくないものをみたから」

 ……。

 なにかおかしなものがまじっていたのだろうか。

「確認を」

「しなくていい」

 即答されてしまった。

 ……。では。

「承知いたしました」

 触れないほうがいいようだ。

「では何か淹れましょうか」

 淹れていたけれど、冷めてしまっているし、ご様子から違うものの方がよさそう。

「そうだな。甘いものがいい」

「承知いたしました」

 甘い物。珍しい。

 さて。何にしようかな。

 甘い物か。

 リョクスイ様は甘いものを好まれると聞いていたから、以前おすすめのものを聞いたことあって、それを準備はしていた。

「ああ。ありがとう。……いい香りだ」

「ありがとうございます」

 甘い香りが部屋に舞う。

「おいしいな」

「お口にあってよかったです」

 机の書類をまとめて、今日はされないということだからひとまず箱に入れる。

「はあ。運営委員がだれになるのかもまだ不明だが、積極的に動いてくれる人だといいな」

 ソファに深く腰かけて、傾いていて。

 そのままストンと横になられた。

 もう言わないけれど、ご自身の部屋でお休みしていただきたい。

 ……。

 触れていいものなのか。

 今までの私ならきっと触れないだろ。

 でも。

「お母上の事で何かありましたか」

 スッと目を下げて、視線を合わせる。

「……。そうだな。露骨だった、君なら気づくか」

「見られていた書類にお名前を見つけました」

「目もいいんだな。……ああ。母の名前を見つけたよ」

 見られていた書類は確か、運営委員の記録。過去の生徒の一覧だった。

「母は、代表生徒には選ばれなかったが、そちらでの選考には通ったらしい。こちらもまた大事なことだ。他生徒との関わりもでてくる立場ゆえ、問題のない生徒をというのがある。母はそれに該当したということだ」

 運営委員は当日の動きが主で。

「生徒の案内、当日スケジュールアナウンス等を担当されますよね」

 記録に書いてあったし、今日の会議の話はそれだった。

「以前からだから、君が気に病むことはないのだが。母とは折り合いがよくなくてね。あの一件でよりひどくなった。書かれている名前だというのについ目をそらしてしまうほどには。今は母の事を頭に入れたくなくてな」

 ……。

 以前から折り合いが悪いか。

 確かにご自宅に帰られたことはなかった。

 ……記憶の中のお二人はそういったようには感じられなかった。まだ幼かったから?

「あの一件はあれから、話に出さないようにと言っている。なかったこと。という白紙にはできていないが、必ず白紙にする。君が望まないことはしない」

「ありがとうございます」

 目をあげて。

「どれほどお休みになられますか」

「ああそうだな。二十分ほどいいか」

「承知いたしました」

 杖を抜いて、くるっと回した。

 少しずつ電気を小さくして、まぶしくないように。

 ……。

 寝息が聞こえてきた。

 よほどお疲れだったのか。

 しまった書類を浮かせて、会議の内容にもう一度目を通す。

 正直。学園対抗対大会に興味がなかったから、ユリシアさんやクラスメイトから聞く程度の情報しか持っていなかった。大会の間は、振り分けられているエリアにいただけで、そこまで集中して応援したわけでも、観戦したわけでもない。だから、対戦内容を参加校の学園長たちの話し合いで決まってたなんて。そんな事情も知らない。

 それぐらいには興味がなかったものに対して、運営に携わるのだ。そういうわけにはいかない。側付きとして最低限のものは持っている必要があるけれど。前もって確認はしていたから会議で置いていかれることはなかったけれど。

 字面での情報と実際の作業量は比例しないとはこのことだと思っている。

 だって。

 招待状は全て手書き。

 それも寮長であるお三方の。

 運営委員は当日の動きが多いが、それまでの準備は寮長のお三方がすることになっている。

 というか。

 お三方しかしてない気がする。

 学園側の準備ももちろんあるけれど。

といっても。会場開設と安全性の確保。その準備にも私たちが動くことになっている。例年厳重な警備や安全装置の設置をしているようで。

 確かに、しっかり魔法式が編みこまれて会場を覆っていたのは確認していたけれど。

 ……お父様が考案された魔法式だったな。

 対戦もあるため、代表生徒の安全と観客の安全のための防御系列の魔法。会場の補強の魔法。

 そして。

 禁忌魔法の感知魔法道具。

 お父様の偉業の一つ。

 未登録の魔法や禁忌魔法を使用したら即座に使用者に向けて、制圧の魔法が発動されるものだ。最新の情報を登録したら即時反映して、少量の魔力で稼働されるものだから、コスパもいい。

権利をお父様はお売りになられているから使用権や販売による利益は入らないけれど、かなりの額で当初、権利等を売られたとおっしゃっていた。

 普段はしまわれているため作動することはないようだけれど。

 そういった安全関係の発動に私たち生徒の魔力も混ぜ込められる。

 学びの場でもあるからということだったけれど。

 生徒の主体性を重んじているのもあるのか、寮長が学園の顔というのもあるのか。

 学園の秩序と平穏を守ることが務めだから一理あるのだけれど。かなり思い切ったことをしていると思う。悪さをする生徒ではないという信頼なのか。はたまた、そこまでの力はないというのか。

 お父様がおっしゃっていた。

 魔力を流し込むときに、式を書き換えることも可能である。だから、いたずらをすることもできる。と。

 まあそれを誰にも気づかれずにすることはとても難しいことで。なおかつ、式を正しく書き込まないと、魔力を流した時に暴発してしまう。できることではない。

「アベリアならできるだろうけれどね」

 なんておっしゃっていたけれど。

 そっとくるぶしをみた。

 これがあってもなおできるとおっしゃったお父様のお考えがわからない。そこまでの力はないのだけれど。

 そんな安全性にまで生徒を使うのだ。より完璧にほつれのないように。

 この方は、そう思われていて。

そこまで器用な方ではないのがここまで見てきて感じていることだ。

 やらなくてはならないこと。

 完璧にこなされるお二人がいるからだろう。ここまでギンシュ様も完璧にこなされてきたけれど。

 もともとそこまで許容量が大きくはないのだろうな。

 だから今日は執務室にもどってから、目の色が戻っていた。

 疲労やストレスは魔法を不安定にさせる。

 無意識化で発動するほど身につけてきたものだろうに。それが崩れるほどには……。ということだ。

 体調管理には気をつけているけれど、そこまで口出しするのは違う気がする。それに私だけなのだから、注意しなくてもいいかとさえ思ってきている。

 きっとお母様ならそうされるからだ。

 気を抜くことができる環境。

 それを作るのもまた、主人にたいして側付きの務めだと思うから。



 そろそろか。

「ギンシュ様」

 そっと声をかける。

 朝起こしに行くときは、少し離れている場所だからこの距離でお声掛けすることはない。

「…‥あぁ。ううん。ん」

 首を動かされながら、起き上がってくださった。

「ありがとう」

「いえ」

「ご気分はいかがでしょうか」

「だいぶいいよ。ありがとう」

「ならよかったです」

 目の色も赤になっている。

「資料みてたんだな」 

 浮かせていた書類たちを手に取られた。

「はい。……お恥ずかしながら学園対抗大会についての理解が乏しく。再度確認していました」

 隠してもしょうがないことだから伝えておこう。

「十分理解できていたと思うが。会議でも君は問題なくしていただろ」

 そもそも会議で発言をしないから理解できているのかどうかはわからないようにしていたのに。

「表情はそういうものだったぞ?」

 声にも顔にも出していないのに、ときおり読まれてしまうのが至らない点だと思う。

 まだまだだ。

 お母様ならきっと読まれないだろうに。

「皆様の理解に追いつこうと必死です。……確認してもよろしいですか」

「なんだい?」

 声が軽やか。お休みされたのがよかったみたいで。

「こちらの記載なのですが」

 仕事にうつった。

 確認事項と詰めておきたいところ。

 一番は安全面だけれど、こればっかりは学園側に従うしかない。……穴があるのは別で補填できる案を作らないと。

「本当に君はよく見ているね。これならもうすることないんじゃないか?」

「いえ。過去の記録から想定されていないのはわかるのですが」

 それでも幾分か気になる点はあった。

 それに。

「あちら側の俺たちみたいな、生徒会とか執行部とかあるが。それらの対応が一番ネックだな。会議でも話にあったが、今期はどこも個性的のようだしな」

 私は他校に知り合いはいない。

 ……正確には一度もあったことのない従妹がいるようだけれど。

「ここよりも生徒の力が強いところもあるようだからな。あまり先生方への対応がよくないとか。……最近問題があった学校もあるようだし。そういったことは気にしすぎてもいいぐらいだろう」

 少し困ったように笑われた。

 この方の耳には届いているのだろう。私に入れないだけで、共有しておかなくても。……違う共有せずに片されるつもりなんだろうな。私に触れさせないか。

 それならそれでいい。

 私が知っていることは、私の耳に入ってきていることだけ。私が知っていることだけ。

 私に知らされていることだけ。


 :      :        :


「なかなか忙しいみたいだね」

 今日は予定日ではなかったけれど、当主の命でお父様のところに来ている。

 外出があるとギンシュ様が少し不安そうな目をされるのが気になる所だけれど。お父様に会いに行かない理由などない。

「この時期なら学園対抗大会だね。あの装置の起動は問題なさそうだったかな」

「先日動作確認されていました。問題なく、滞りなくと聞いています」

 先日淹れてくださった冷たい紅茶。

「そうか。それはよかったよ。定期的にメンテナンスをしないとね。精密機器だから、ちゃんと理解してみてくれないとほころびが出てきてしまうかもしれないからね。アベリア。君が見ればそのほころびなどすぐにわかるだろうに」

「買いかぶりすぎです。お父様」

 お父様の作られたものに私が穴を見つけるなんて。

「おや。お母様は気づいたよ。最初に作った時に確認してもらったけれど、ここがダメで、ここを直したらって」

 うれしそうにお父様がいうものだから、お母様がその穴を嬉々として探したような印象を受けてしまった。

「自分でいうものあれだけれど。僕はいろいろしてきた。それにはお母様の尽力があったからだ。お母様は僕のすることを肯定してくれたからね。だからいろいろとできたわけだけれど。厳しい人だったよ? 中途半端なものは容赦なく切り捨てたからね。……アベリアは僕がここにいる理由を知っているいると思うけれど、別に悪いことをしたとは思っていないよ。それなりに役に立つものも作っているからね。それを認めてもらったからこそここにいるとさえ思っているが」

 ……。

 何でもないかのようにお父様はおっしゃるけれど、お父様の偉業は数知れない。確かに中には問題とされたものもあるけれど。それでもお父様が作られた魔法道具は生活の一部になっている。

「お父様がおつくりになられた魔法道具。学園側が所有しているのを見て、改めてお父様の偉大さを想いましたわ」

「君の安全が確保されるんだ。あの魔法道具を作ったかいがあったというものだよ」

 お父様の手が私のほほに触れて。

「君に何かあったらお母様に叱られてしまうからね。気になる部分があるならちゃんと言うんだよ。君の指摘を無視したらそれはそれで、学園側の問題だからね。他校もそこをついて学園対抗大会の開催会場という名誉をとりにくるだろうからね」

 ……。

「どうしたんだい?」

 ここでも名誉ときた。

「お父様」

 私から離れた手はカップを持って。

「なにかな」

「私には学園対抗大会に対する皆様の想いの強さがわかりません。先ほどお父様がおっしゃった開催会場の名誉。ですが。ただただ準備が煩雑ですし、受け入れ態勢を考えれば、面倒ではありませんか」

 ずっと思っていた。

 もともと私が大会に対しての興味関心がないからだろうか。学園の行事ごととしては規模が大きい。生徒の想いも強い。

 確かに、代表生徒に選ばれることは価値があることなのはわかる。自分のことをアピールでき、それにある程度の能力の高さを保障されている。卒業後の進路にも少なからず影響を与えているようだから、生徒にとっていいことだけれど。そこまで、生徒に対して付加価値を与えて意味があるのか。それもごく一部の生徒だけの恩恵だ。学園の宣伝というのであれば、学園ごとですればいい。この地の教育機関として初めて作られたのがあの学園の前身の研究所。そこから派生して他校はできたとされている。それぞれ特色のある学園になっている。わざわざ順位をつけるような形で自身の学園の生徒を使うだろうか。

「アベリア」

 お父様の声が少しだけ下がった。

 ……触れてはいけないことだったのだろうか。いや。お父様がこの声になるのはおばあ様や家の話をするときだけだったはず。……。

 それに関係している?

「名誉といったのは。君もわかっているように、大会には保護者も見に来る。今はあまりそういった考えはよくないのかもしれないけれど、いわゆる名家、旧家。そういった家のつながりや関係構築も兼ねているというのがあるんだ。だからこそ。そういう人たちからの評価という意味での名誉だよ。この学園はこんなにも優れているとかね。あの学園が会場であるのは始まりの学園だっているのもあるけれど、なにより安全面が優れているからだ。あの学園で事故は一度も起きていないからね。だからこそ優勝がなくても開催会場として使用されるのはあそこで。そのための準備も生徒がする。生徒がするってことはそれだけ生徒を信頼しているということ。任せられるほど力がある優秀な生徒が自治を行っているという証明。結局のところ、学園のイメージのために君たち生徒が使われている。だからアベリア」

 どうやら私の感じた事は違ったようだけれど、お父様の声は終始低い。

「君の感じている大会に対する面倒という感想は僕も持っていたよ。でもそういった行事ごとがないとみんな楽しくないだろう? 勉強が学生の本分だけれど息抜きのようなものだよ。全員が全員、それだけで足りて、息抜きは自分でうまくできるという人じゃないからね」

「お父様は面倒だったのですか?」

「面倒だよ。代表生徒にも運営委員にも選ばれなかったけれど、どう見ても大変そうだったし、僕もアベリア同様、代表生徒になることの意味をみんなほど強くなかった。勉強にはなったけどね? ああこうやって他校の生徒は考えるんだな。式の構築をするんだなって」

 勉強か。

 確かにお父様ならそう楽しまれるのが似合われる。

「アベリアは運営側も知ることができるんだ。いい勉強になるね」

「はい。そうですね」

 にっこりと笑った。

「さて。本題に行こうか」

 お父様の空気が変わった。

「当主のご意見はなにかな」

 目も声も冷たいものになった。

 ……天気が良くて暑いぐらいだったのに。紅茶を変えたい。

「温かい紅茶を淹れてもよろしいでしょうか」

「ああ。そうだね。ありがとう」

 お父様のカップも受け取って。

 茶葉を選びながら。

 どう話そうか。

 頭の中で整理をする。

 してきたはずなのに。お父様を前にすると全部崩れてしまう。そっと内ポケットに入れている当主からの手紙を預かっている。

 今日ここに来る前にお呼び出しがかかって、久しぶりに本邸にあがらせていただいた。

 

 当主の執務室に行くためには迷路を抜けなければならない。

 ……。

 以前と違う景色になっている。

 ふぅ……。

 使用されている魔法はきりが全体。

 あとはその場所その場所にいくと発動するものがいくつか。

 解除もできるけれど、そもそも発動させないように避けていくのがきっと求められている。

「……アベリアにございます」

 ここだと思う場所で膝をついて、頭を垂れた。

 ……。

 …………。

「これをもって、あの男のもとへいけ。そしてその返事を受け取ってこい」

 声だけ。

 老婆の声だけがして。

「……承知いたしました」

 パサっと手紙が落とされた。

 ……。

 近くにもおられない。

 声だけをここに届けておられる。

 ……お姿を拝見させていただけない。

 最低限のお言葉のみか。

 ……どうしてお呼びになったのだろうか。

 いや。

 ……ご当主のされることを私が疑問に思ってはいけない。

 ただ。

 ただ。

 その命に従うだけ。


「お父様。お返事をいただくように仰せつかっております。お手数をおかけいたしますが。お願いいたします」

 静かに手紙を確認されるお父様。

「ああ。そうだね。わかったよ」

 ああ……。

 怖い。

 お父様の声に何も感じ取れない。

 表情はいつものように穏やかにほほ笑んでおられるのに。

「アベリア。よく見ていておくれ」

「はい」

 まっすぐ見つめると。

 ボワッと手紙が燃えた。

「……お父様?」

「これが答えだよ。見たままを伝えるといい」

 ……。

「承知いたしました」

 スッと頭をさげて。

 ……手紙の内容は知らないけれど。きっとお父様のご気分を害されたもの。

 ……聞いてもいいのだろうか。

「さあ。そろそろいい時間だね。おくろう」

 お父様が先に行かれた。

 あとをついていくけれど。

「お父様」

「なんだい」

 振り返られない。

「当主からのお手紙の内容を、お聞きしてもよろしいでしょうか」

 目を伏せて聞く。

「……そうだね。君が知っておくべきことだね。カイロ家の婚約にむけて動くとのことだ。決定事項であり、アベリアが卒業したら、婚約発表をする。だから。それまでに、君の説得といらぬものがつかぬよう見張れ。というものだったよ」

 ……。

 どうしてそこまでして、私をカイロ家に嫁がせたいのだろうか。

「本当にどこまでも勝手にしている。君の意見を聞かないなんて。ああ。アベリア。いいかい? 君は君の望みを叶えるんだよ。君が嫌だということはしなくていいからね」

「はい。お父様」

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