99、最後の最後まで悪あがき
何故か異能が効くことなく、ライゼとバルタザールはエイドリックを殴ることに成功する。どうして異能が効かなかったのか、首を傾げるアオイに、呆れた様子のガネット。そして絶体絶命の状況へと追い詰められたエイドリックの止まらない悪あがきとは。
「なんっ……ぶ、ぇ……っ?!」
どうして。顔全体でそう言いながらエイドリックが鼻血と一緒に宙を舞う。前からバルタザールに、後ろかライゼにぶん殴られた奴は両側からかかるほぼ同じ量のパワーによってその場で回転しながら上に飛んだ。竹とんぼのようだった。
「い……だ、ぃ……っ! なん、なん、でぇっ、げぶっ、ぼく、のっ、ちから、つかった、のにっ!」
奴が殴られた瞬間、俺は目を細めずにはいられなかった。痛そうだから可哀想だからというわけではない。あのふたりに殴られたら冗談抜きで首がとれるんじゃないかと思ったからである。いくら憎い野郎とはいえ、生首が飛ぶ瞬間を見るのは御免だ。
が、思っていたよりもエイドリックは頑丈だった。顔面に赤黒い痣をつくり、腹を押さえ、鼻血がぼたぼた流れる口の隙間から見える歯は数本行方不明になっていたけれど、それでも疑問と文句を口にできるくらいには元気がある。
しかし、今はその並外れた頑丈さより奴の異能が発動しなかったことが気にかかった。確かに奴は俺がマニュアルで見た通りの、言葉で記憶を弄る異能を使ったはずなのに、ライゼにもバルタザールにも目立った異変はない。
「ばっかだねぇ、こいつの信仰者に効くわけないってのに」
「は?」
「なんだい、気づいてなかったってのかい」
いつの間に移動したのか、ガネットはサトルの近くにいた。小さな片手を握り拳にし、顔の前まで上げたファイティングポーズの状態で、足元には哀れな犠牲者が二名、みぞおちを押さえて転がっている。災難なものだ。弱々しいふたりかと思いきや、片方は小さくとも狂暴なグリズリーだったのだから。これでも全盛期であればこんな集団かんたんに伸していたであろうから、しっかり弱体化はしているのだが。
ぴくぴくと動いている下っ端の腕をすっかり汚れてしまったシューズのつま先で蹴り退けながら、ガネットがこれでもかと人を小馬鹿にした顔で言う。
「それ、あんたの加護」
「私の、加護」
加護。女神が信仰者に与えられるもののひとつ。信仰者を扱いやすくするために変える、もしくは守るための力。ガネットが以前、シュラ王国の国民を戦闘狂へと作り変えるために使ったもの。
ガネットが言うには、俺の加護がライゼたちを守ったらしい。
「そうだよ。あんたの信仰者だから、あんたの加護が効いてて、なんともなかった。ったく二度目だってのに。鈍いもんだ」
「え、二度目?」
「宿屋であの黒いのだけピンピンしてたろうが」
驚く。ライゼが無事だったのも俺の加護が理由だったのか。
マニュアル曰く、加護は女神としての力が強くなると使えるようになるもので、その効果は自動的に全信仰者に及ぶ。その強さは信仰者によってさまざまで、信仰が強ければ強いほどその効果を発揮する、らしい。
なるほど、だからあの時ガネットはカミラ、厳密にはカミラに扮したシャムランに「お前の信仰はそんなものか」的なことを言ったのか。
「害から身を守るってところかい。いかにも小心者で小物のあんたらしい加護だ」
「あなたのよりはマシですよ」
呆れ半分の声を出しながら、考えなしに突っ込んできた下っ端をガネットはひらりと躱し、小さな拳をみぞおちへ杭のように打ち込む。赤いシューズの下に倒れた人数は三人に増えた。ガネットへの心配も倒れる屍への同情もしない。するだけ無駄だ。
最初に見たのがこいつのものだったこともあって、加護に対してはなんとなく物騒なイメージがあったが、自分のことながらなかなか便利なものが使えるようになったのではなかろうか。これなら少なくとも俺の身内とも言えるアルルや、最大戦力のライゼが異能にかかることは心配しなくていい。数時間前に会ったばかりのバルタザールまで信仰者扱いされているが不思議なところだが、味方が操られることを考えなくていいのは都合がいい。
「あんたも実に、女神らしくなったもんだ」
「どういう意味です?」
「他所の奴を誑し込むのがうまいってことさ」
そんな人を悪質なナンパ野郎みたいに。
そう文句を言おうとして、やめる。言ったところでガネットは何も思わないだろうし、それより注目すべきことが目の前で起こっている。
「ひ、ぃ、ひ、な、なあ、話、っ、話を聞けよ。お前たちにも利がある。これ以上ないうまい話さ。な、な? 聞かないなんて勿体ないと思わないか?」
「……しぶといな」
「まだ口が利けるその頑丈さだけは大したもんじゃねェか、あァ、おい?」
今度はこちらが追い詰める側だった。
奴は顔をパンパンに腫らせて、身体をくの字に折り曲げて腹を庇う。エイドリックは誰がどう見ても満身創痍で後ずさる小動物だ。そんな哀れにも見える奴に一切の同情心を見せることなく、ライゼたちは距離を詰めていく。
しかし、その状態でなお、エイドリックは喋り続けた。生命が脅かされ続けたことで、一周回って恐怖心が麻痺してしまったのかもしれない。
「聞けよ、聞けよ、なあ、聞けって! 悪くないんだ。僕に協力すればなんだって手に入る。ひひっ、そうだろ? 薬を作るのは容易だし、金は新しい商売が簡単に運んでくれる!」
舌が回る。醜悪なそれが、言葉を紡ぐ。俺が思わずアルルの耳を塞いでしまうような内容を、騒ぎ続ける。
「もうルートは決まってる。買取人にだって話はつけてある。知ってるか? ガキは元気なだけで大金に変わるんだ。金の種ならいくらでもある。僕らは一生困らないんだ! わかるだろ? 誰に力を貸すのが、最も賢いかなんて、なあ?」
「──わからないな」
青筋を立てたバルタザールより早く、ライゼが割って入った。もうこれ以上、聞く必要もないと言いたげだった。
拳が持ち上がる。筋肉が盛り上がる。
「子供を金の種と言うお前の思考も、そのやり口も、それでオレたちを止められると思っている浅はかさも、わからないし、わかりたくもない」
バルタザールはもう、話す価値などないと言わんばかりに腕を振りかぶっていた。避けられない二撃目たちが、エイドリックへと迫りくる。
それは素人目に見ても絶対に当たると思った一撃であったし、俺はこれで勝負がつくと信じて疑わなかった。ライゼもバルタザールも、きっとそう思って拳を振っていたに違いない。
ただ誤算だったのは、エイドリックが拳を避けるより、口を動かすことを優先したこと。
「────っ、僕を、助けろ!」
その目は、その言葉は、確かにシャムランへと向けられたものだった。
しつこくしつこく悪あがく
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