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95、絶体絶命をひっくり返す、逆転の一手を口にする

カミラの正体がシャムランだと判明した直後、立ち上がるバルタザールと乱入してきたエイドリック。一番嫌なタイミングでの戦力増強、そして罵倒されているにも関わらず何故かやる気を見せるバルタザールを前にアオイたちは追い込まれる。しかし絶体絶命ともいえる状況にも関わらず、アオイは落ち着いた様子であった。新米女神が明かす、この状況を逆転する一手とは。

 

「伏せろ!」


 ライゼがそう吠えたのは、嬉しくない乱入者どもが現れたのと同時。身体が反応し伏せるよりも早く俺の頭は筋肉質な腕によって床へと押さえつけられ、見たくもない埃や食べかすのミイラやそれらを復活させるかの如く湿らせているべったりと飛び散った血しぶきをまじまじと見る羽目になった。

 二十歳になって住んでから一度も掃除をしていないベッドの隙間を見た時と同じ感想が思い浮かぶ。見なければよかった。


「がぁぁぁぁぁぁあっ!」

「っこの筋肉馬鹿! ガキ共巻き込んでんじゃねーよボケっ!」


 鋭く重い蹴りが雄たけびと共に髪を風圧で巻き上げながら過ぎ去り、直後に怒鳴り声とテーブルを軽く叩いた程度の軽い打撃音が聞こえる。後者はこちらに向けられたものではなかった。

 顔を上げる。視線の先、もうもうとあがった埃の中でゆらりと立つバルタザール。埃か、はたまた下っ端の山に頭から突っ込んだ際に考えるのもおぞましい何らかがしみたのか、その目は閉ざされていた。猛獣のたてがみのような金髪は塵やらゴミやらが絡まりシャツは泥だか返り血だか自身のものだかもうよくわからない黒い液でドロドロという酷い有様で、しかしその荒れ具合がかえって奴の凄みを引き立てている。

 そして、そんな落ち武者も裸足で逃げ出すようなおどろおどろしい大男をエイドリックが蹴っていた。


「傷がついたらどーしてくれんだよっ! つーか肝心な奴に当たってないじゃんかっ! この役立たず!」

「……すいません。目ェ痛めちまったみたいで、どうも狙いが」

「力しか取り柄がない癖に、その取り柄もまともに活かせないのかよ!?」


 大男へと降り注ぐ、罵倒に罵倒、また罵倒。見るからに優しい草食動物のようなたたずまいの、まるで悪意を感じさせない子羊の口から出るとは思えない口汚さだった。

 あどけなさを感じる緑の丸い垂れ目は吊り上がり、笑みを浮かべていた口は歪み、エイドリックは今や子羊どころか悪鬼と化している。取り繕う気ももうないのかできないのか、身体じゅうの皺という皺を眉間に集めたような表情で唾と共に罵詈雑言を吐き散らかす姿に俺はベッドの隙間を見た時と同じ感想を抱いた。いや、それ以上かもしれない。


「それぐらい自分で考えてどうにかしろこの愚図のでくの坊が! これ以上僕をイラつかせんなよ!」

「はい、はい、エイドリックさん……!」


 エイドリックはモラハラ上司もびっくりの罵詈雑言をまだ垂れ流している。ここまでくると怒られている方もよくもまあそんなにも続くもんだと呆れや怒りが来るが、バルタザールはあろうことかその罵倒で気合いを入れ直したらしかった。

 獅子の姿勢が低くなり、構えられた腕の筋肉が膨張する。見えてもいないのにどう判断しているのかは知らないが、半身になり盾の如く構えられた肩の角度からしてライゼ目掛けて突っ込んでくることは容易に想像ができた。その突撃を負傷してほぼ満身創痍状態のライゼ以外、止められないだろうということも。予測可能、回避不可能。


「……聞け。オレが、あいつを止める。その隙に脱出しろ。アルルを連れて国に戻れ」

「は? 嫌ですが?」

「…………今はふざけてる場合じゃない」

「ふざけてません。あなたの命を勘定に入れてない計画なんて乗りたくないだけです」


 当然のように自分を犠牲にする提案をあげるライゼを突っぱねる。つまるところフラグというやつだ。「俺に任せて先に行け」的な古典的台詞だ。

 視線は「どうしてわかった」と言いたげだったが正直、わかりやすすぎると思う。ライゼがボロボロ、つまり相手は相当な猛者だとわかるし、こいつは燃垣江利瀬が攻め入ってきたとき真っ先に自分を犠牲にしようとした男だ。それに加えて何より今はアルルがいる。強敵、ピンチ、アルルとポール。この三つが揃った際、ライゼが何を考えるかなど手に取るようにわかる。


「っ、あいつは、庇いながら戦う余裕をくれる奴じゃない。聞き分けろ」

「嫌です」

「……それは、アルルを巻き込んでまでする必要がある選択なのか」


 なら、どうすればいいのか。ライゼの表情がそう物語っていた。確かに状況は絶望的に思える。もし祝福で回復したとしても能力は同等、だが庇う相手の多さは紛れもなくこちらが上で、ならばと仮に俺たちがライゼを置いて逃げたとしてもあいつらの味方だらけのこの敵地では逃げ切るのも生き残るのも確率はゼロに近い。ライゼは自分を犠牲にしてでも俺たちが逃げ切る確率を高めたいのだろうが恐らく微々たる違いだろうし、それに逃げ切れたとして失うものがあまりにも大きすぎだ。アルルたちはふさぎ込むだろうし、俺だってライゼがいなくなるのは困る。

 手詰まりだ。おいていくのも駄目。残るのも駄目。

 だから──俺は()()()()()をする。


「いえ、バルタザールを無力化するんです」

「──」

「どうなるか賭けではありますが、彼にかかった洗脳を解いてみます」


 ライゼの黒い目がわかりやすく点になり、黙っていたシャムランから「正気?」という声が飛んできた。全身黄緑ファッションの女神は見るからに怒っており、毛を逆立てる猫のような視線を向けてくる。


「何を言い出すかと思えば……。あのね、破滅願望があるのは勝手だけど、私の信仰者を巻き込まないでもらえるかしら。できるかもわからない分の悪い賭けに乗るくらいならそいつを置いてった方が何倍も」

「あ、解く確証はあります。不安なら言いますよ。私なら、必ず洗脳を解ける」

「は」

「だって、もう()()()()()()()()()。ねえ?」


 ちら、とマシューとモモを見る。ふたりがこちらへ力強く頷き、あんぐりと開いていたシャムランの口が信仰者のまさかの行動にさらに開いた。シャムランはなかなかの美少女だが、それがぎりぎりカバーできないくらいのアホ面をさらしている。

 ライゼが俺の隣に立った。こちらに視線を少し向けてから戻し、構える。シャムランが何か言いたげに金魚のように口を動かしていたが女神嫌いの黒いオオカミ男が「お先にどうぞ」なんて気遣うわけもない。一切口を挟む隙を与えることなく、ライゼが言う。


「できるんだな」

「ええ」

「──なら、賭けというのはなんだ」

「……賭けはふたつ。ひとつは、洗脳を解いたバルタザールがどう動くかがわからないこと」


 ふたつ目の問いは隣にいる俺でも辛うじて聞こえるか聞こえないか程度の声量で、だから俺も同じ程度の声量で、正直に返す。


「もうひとつは、バルタザールが異能による洗脳をかけられていない可能性があることです。……けど、こちらに関してはそこまで気にしなくていいかと」

「何故そう言い切れる?」

「どちらにしてもやることはかわりませんし、それに──」


 エイドリックに目を向ける。唾を飛ばし、相手を詰り、怒りと感情でコントロールしようとするその姿は、生前に覚えがある。副店長とパートのおばちゃんによく似ているのだ。


 これは俺の持論であるが、何か聞くと「自分で考えろ」と言う奴は、相手が考えて動くと「相談することもできないのか馬鹿」と返してくるダブルスタンダード野郎である可能性が高い。最終的に僻地店舗に飛ばされた副店長と、雇用を切られたパートのおばちゃんがそうだった。

 そして、そうやって周囲に当たり散らす奴ほど何故か()()()()()()()()()()()()()()。世の不思議である。


「あれが心酔されるほどカリスマ性のある大物に見えます?」

「は──見えないな」


 ライゼの横顔に、薄く笑みが浮かぶ。その瞬間、ようやくエイドリックの罵倒が終わったバルタザールが地を蹴った。床が爆発したのではと思うほどの埃が舞い、その中の風を切って鉄塊のようなタックルが飛んでくる。あれにぶつかれば最期、俺たちどころか鉄筋の入った壁だって無事かわからない。

 が、それでいい。こちらは別に、あれに勝つ必要はないのだ。


「──っ、アオイっ、やれ!」


 飛び出したライゼがしなやかな黒い影となって、突進する奴の足元へと素早く潜り込んだ。顔をガードするために上げていた腕は即座に届かず、速度のある突進のせいですぐには止まれず、目をつむっていたために想定外のことへの反応が数秒遅れた。

 結果、バルタザールはライゼに両足首を押さえられ、転ぶ。エイドリックが手下の失態に口から泡を飛ばしながら何か怒鳴り近寄ってこようとするが、見えない何かに背後から殴られたようで、こちらも前のめりに転倒した。視界の端にガタガタと震えながらもどこから見つけてきたのか壺を片手にサムズアップするサトルの姿が映る。やるときはやる奴だと親指を返したいところだがライゼが抑え込んでいるのを前に、さすがにその余裕はなかった。


 手を前に向け、息を吸い込む。

 モモと会ったのは最悪のタイミングだったが、あそこで会わなければ俺はシャムランとエイドリックがつながっていると勘違いしたままだったろうし、俺とガネットだけだったらマシューは警戒して、何も言わなかったかもしれない。洗脳の解き方もわからないまま、この状況になっていた可能性もある。

 思う。異世界であったとしても、世界というのはひとりだけがいい思いをし続けるようにはできていないらしい。


「っ、『──女神アオイの名において、汝に、祝福を与えん』!」


 奴にかけられた異能を解くべく、俺はマシューにやったのと同じように祝福の言葉を口にする。白い光が広がり、俺の目の前を塗りつぶすのにそう時間はかからなかった。



女神の祝福は応用多数


ここまで読んで下さりありがとうございます。もし面白いな、続きが気になるなと思っていただけましたら、ブクマ、いいね、感想、★マークからお気軽に評価をいただけますと励みになります!

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 お邪魔しています。  アオイの転生前の知識(体験)は、とっても役に立ちますよね。うるさくほざく者ほど、実力はない! これは、何にでも当てはまるものかもしれませんね。  アオイの祝福が、上手くいくこ…
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