94、仲間への違和感、その答え
「ママ」と発言したモモ。その視線の先にいたのはカミラで、混乱するライゼ。しかし、彼女の話す「ママ」の真の意味を知るアオイたちは仲間であったと思っていた相手の正体に驚愕する。カミラに感じていた違和感の正体。それがついに明かされる。
「……カミラが、転移者の母親?」
ライゼが極めて冷静な声のまま、しかしさすがに驚きを隠せない表情で言う。
「あいつに子供が、しかも他国にいるなんて初耳だが……。いやそれ以前に、女神が呼ぶ転移者に母親なんてものがあるのか?」
「……違う」
「何?」
「この子の言うママっていうのは、言葉通りの意味じゃない、です」
見開いた視線の先が、モモから俺に移るのを肌で感じる。が、そちらを向く余裕はなかった。あまりの事態を前に、覇気なく項垂れた女騎士から目を逸らすことができない。今思えば、違和感をもつ箇所はあった。けど、違和感と言っても数秒たてば忘れてしまう程度の些細なもので、確証もなく断言もできなかった。
今、モモの言葉を聞くまでは。
「血のつながりはない。けれど、モモはそう呼んで慕っているんです。自身を呼び出した女神のことを」
「────!」
「カミラ、と呼ぶのは彼女に失礼ですね。……彼女のフリをしてまで、何がしたいんです?」
カミラは、少なくともこの状況で何もかも任せてボーっと突っ立ってるような人じゃない。多少暴走気味なところはあるが、強さと責任感、両方を持っているから。
ガネットより早く駆け出したライゼが、話についていけていない様子のサトルの襟をやや乱暴に捕まえ、素早く引き寄せる。これで完全にカミラは、いや「カミラの形をしたもの」は、ひとりになった。
今にも走り寄っていきそうなモモの肩を押さえながら、俺は奴に問う。
「──答えなさい、女神シャムラン」
「えっ!? ぇ、あ、しゃ、シャムラン様!?」
反応があったのは、サトルが声にならない悲鳴をあげるのと、アルルが息を呑む瞬間とほぼ同時。シャムラン、という言葉に僅かだが肩が動いたのを俺は見逃さなかった。どうやら聞こえてはいるらしい。
「何故、カミラに成り代わってまで私たちと共に行動を?」
返事はない。
「……そもそも、カミラをどこで知ったんです」
返事はない。
「っ、まさか、カミラに何かしたんじゃ──」
「…………してない」
何も返ってこないことへの苛立ちと、まさかカミラに何かしたのではと頭に浮かんだ疑問。それら要因が重なり思わず声を荒げた時、初めて返答があった。カミラのものではない子供の、幼い女の子の声だった。
「……何も、してない。してないに、決まってるじゃない。私、あのクズ共とは、違うもの」
鈴が転がるような丸い声の中にある、攻撃性を隠さない棘。俯いた顔がゆっくりと持ち上がり、伏せられていた面がこちらを向く。
「あの人は、単純に都合がよかったのだわ。たまたまあなたたちから離れていて、同行するのに違和感がなかったの。ただ、それだけ」
「そこまでして、こちらに着いてきた理由は?」
「あなたたちの情報のために決まってるじゃない。逆に、それ以外ある?」
「……それだけ?」
想像外の返答に、気の抜けた声がもれる。だってこちらも色々身構えていたのだ。背後から奇襲を仕掛けるとか闇討ちとか、潜り込むという行動で想像できるのはその辺りのことだろう、普通。
そんな俺の反応が気に障ったのか、シャムランはさらに不機嫌な顔つきになった。
「は? 古株を潰した新参の情報なんて、十分すぎる価値があるのだわ」
顰められた表情はもはやカミラとは言えない幼いもので、灰色でなく新芽を思わせる柔らかな黄緑の垂れ目がこちらを射抜く。その色と形だけでなら優し気な印象にもなっただろうが、見ているだけで相手を殺せそうな視線と形相が、それらの穏やかさをすべて台無しにしていた。
「……あぁ、やっと頭がはっきりしてきた。あなたたちこそ、私の信仰者に何したの?」
花弁が剥がれ落ちるように、カミラの姿が変わっていく。背は俺と同じくらいに縮み、髪は瞳と同じ黄緑色で、柔らかそうなボブヘアーへと。見慣れたシャツは、下のへそ出しタンクトップが見えるくらいに薄くて軽そうな花の刺繍がある上着に。機能性があるパンツは、裾がたっぷりとしたゆとりがあるものへ。
カミラ、改めシャムランは身体を起こし、ギッとこちらを睨みつける。髪を彩る蓮の花弁が、音もなくひらりと床に落ちた。
「こりゃ驚いた。ちっと見ない間にだいぶ弱っちくなっちまったもんだね」
「あなたこそ、久々に見たらずいぶんオチビさんになってたからびっくりしちゃったわ」
「おやおや、口の筋肉の鍛錬は欠かしてないみたいだ」
「そっちこそご自慢の筋肉に休暇でも出したのかしら?」
思わず、といった風に出てきたガネットの言葉にポンポンと小気味よく皮肉交じりの返答が飛んでいく。一見すると気が弱そうにも思えるシャムランだが、その雰囲気に反し中身はだいぶ強かなようだ。単にガネットとシャムランの相性がめちゃくちゃ悪いだけの可能性もあるが。
「……ママ」
「……あと、あなたはモモとマシューから離れて。今すぐ」
女神ふたりの火花飛ばし合戦は、思っていたよりも早く終わった。モモの細い声に反応し、シャムランは害虫でも相手にしているかの如く俺にシッシと手を振る。失礼な奴。
「ママ、わたし、助け、もらった」
「……離れて、モモ。そいつは弱っちいけど、何をするかわからない」
「ママ、危ない、知ってる。ママ、この人、話、聞いてくれた」
「──まさか、話したの?」
けれど、モモは彼女が要求したものと真逆の動きをした。俺の腕を掴んで身体を寄せ、桃色の潤んだ目で小動物のようにシャムランを見上げている。
「ママ、みんなのために、頑張る、してる。なのに、危ない、なの、だめ。だから、助け、もらう! この人、アルル、助け、くれる!」
「……モモ、私はいいの。あなたたちを幸せにできれば、それで」
「っわたしは、やだ!」
「──」
顔は赤く、目は潤み、小さな身体を全部使って自分の意思を示してくるモモを前にシャムランは一瞬、言葉をなくしたように固まってしまった。連れ戻そうとした手は宙で止まり、行き場を無くしてさまよっている。それを見たガネットが小さな声で「信仰者に黙らされてやんの」と言ったのを、俺は無言で小突いた。あのモモの話を聞いてそれが言えるのは、さすがと言うかなんというか。
俺は内心、また厄介なことに首を突っ込んでいるなと思いながらも、震えるモモの肩に手を置いた。まったく、不思議な関係の女神と信仰者もいたものである。お互いを大事だと思っていることに違いないはずなのに、大事に思うあまり、から回っている。
「モモの言う通りです、シャムラン。あなたは信じられないかもしれませんが、モモの話を聞いて、私は──」
俺が言い切る前に、シャムランの口が動く。大方「触るな」とでも言おうとしたことはさらに顰められた表情でわかった。が、それよりも先に、俺の耳に飛び込んでくる声がふたつ。
「おいっ! バルタザール何ぼさっとしてんだよ! 早く手を貸せ! あいつらを捕まえるんだ!」
「…………っ、逃がさ、ねェ。エイドリックさんの敵は、ひとりでも多く、ぶっ殺す……!」
今の俺なら、何かしらの一位をとれる気がする。主にアンラッキー賞とかそういうので。
扉を開けて飛び込んできた声と、床に伸びた下っ端を跳ねのけて聞こえてきた声。それらは恐らく、この世で最も聞きたくないタイミングで重なった声に違いなかった。
今きてほしくなかったし、できることなら聞きたくなかった声たち。
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