84、アルルがその手をとったわけ
視点は少し戻って。アオイのためにと見知らぬ少女の提案に乗ったアルル。しかし目を閉じ、開くとそこはまったくもって見知らぬ場所。驚きを隠せないアルルに対し、少女は当たり前のように「ここはフルール国」と言い放つ。
※※※
「へ……、え?」
知らない壁、知らない家、知らない空気の匂い。そこに目を閉じるまであった、見慣れた風景はどこにもない。目をつむって、と言われて馬鹿正直に閉じたことを悔やむ。不用心すぎた。どうしてこっそりとでも開いておかなかったのか。
「こっち、こっち、お前、来る! じゃない、来て!」
「ま、待ってよ! ここどこなの!?」
「? ここ、フルール。フルールの国」
「は!?」
「来てって、言った。お前、頷いた。だから来た」
唯一変わらないのは話しかけてきた女の子だけ。しかも小さな背はこちらを置いて夜道をさっさと進もうとするものだから、私は慌てて声をかけた。すると何でもないような声色でとんでもない返答が戻ってきて、ほんの少しの冷静さが木っ端みじんに吹き飛んでいく。
フルール国? あの一瞬でどうやって? この子は、一体――
焦り、驚き、恐怖。それらで絡まった糸のようにぐちゃぐちゃな頭で答えの出ない問答を繰り返す。その最中だった。思い浮かぶのは、不可思議な力を手足でも動かすように扱う、あの女。
「……転移者?」
こぼれ落ちた言葉にピタリと止まった背中を見て、当たったのだと察する。それと同時におびただしい量の汗が服の下にぶわりと浮いたのがわかった。
転移者。女神様に呼び出され、異能と呼ばれる能力を振るう人。女神様の使いと神聖視されることもある彼らの正体を、私は知っている。彼らは怪物だ。国の意にそぐわない者を追い出し、それを何とも思わない冷たさ。ためらいなくポールやライゼお兄ちゃんを痛めつけた、その非道さ。
「な、何をする気なの」
「……」
「――っ、言っとくけど、私! 酷いことするとかなら絶対協力しないから!」
震える手を握りしめる。忘れたいのに、あの女の勝ち誇ったような笑い声が、燃える火の熱さが、ポールの悲鳴が、恐怖が、脳裏にこびりついて離れない。けど、それでも言わなければならないと思った。
もうポールのような目に遭う子を出したくない。この女の子が――こいつが、もしあの女のようなことをする気なら、この場にいる私が、止める。止めなきゃいけない。
勇気を振り絞る。震える声をしかりつけ、喉に力をこめる。
「い、言うこと聞かせようったって、無駄なんだから。そんなのに加担するくらいなら――むぐっ!?」
続けようとした瞬間だった。突然手で口を塞がれ、実力行使でもする気かと私は手をバタつかせる。が、押さえる力は強くもなく、女の子は口の前に指を立て、「静かに」という動作を見せるだけだった。何のつもりかと力を抜いた途端、近づいてくる複数の足音とガラの悪い声が耳に届く。
「おい、こっちからって言ってたじゃねえかよ」
「いや本当だって。マジでこっちからガキの声がしたんだって」
「した気がする、の間違いだろ。無駄足踏ませやがって」
「えぇー、いやぁ……っかしなぁ……」
「おかしいのはてめぇの耳だっつーの。ここらのガキ共はもう狩りつくしたって散々言ったろうが」
子供を狩りつくした。聞こえてきたその内容に身体が凍り付く。私の声に反応した彼らは幸いにもこちらには気づいていないようで、息をひそめる私たちの横をゆっくりと通り抜け、戻っていく。ひとりはしつこく気配を探っていたが、鈍い打撃音の後、それも止まった。
「ってぇな、何すんだよ」
「てめえがいつまでも無駄なことしてっからだろ。さっきも言った通り、ここらのガキはもう頭に献上済みだ。いるわきゃねえだろ」
「夢がねーやつぅ。お前もさあ、思わねえの? 隠れたガキ見つけて頭に認められるとかさ」
「それが無駄だって言ってんだよ。……あの人はバルタザールの兄さん以外信用してねえし。第一、てめえは単に薬の取り分を多くしてほしいだけだろうが」
「あ、バレた?」
漂ってくる生温い鉄の臭いにドキリとするが、日常的なことなのか両者ともに気にもしていない様子だった。そしてその会話を最後にようやく探すことを諦めたのか、ふたり組の足音は徐々に遠ざかっていき――再び静寂が訪れる。
「……わたし、転移者、そう」
「!」
「でも、酷いこと、しない! 本当! ……わたし、ママ、助けたいだけ」
私から離した手を、彼女は震えるほど強く握りこむ。しかしその力強さに反し、俯いた顔から落ちる声はか細く、語尾は消える寸前の火のように頼りない。
身の内にははち切れんばかりの怒りがあるのに、身の丈がわかっているせいで不安で動けなくて。それが悔しくてやりきれない。ひと言で表すのなら、不甲斐ない。彼女の様子からそう思っていることはすぐにわかった。だって、私もそうだ。
「ママ、わたしを、ここ、呼んでくれた。ママ、恩人」
「……! あなたのママって、まさか――」
「フルール国の人、だめ。ママ、限界。これ、ずっと続く、ママ、消えちゃう!」
「消え、ちゃう?」
「ママ、守ってる、だけ! 大事にしてる、だけ、なのに……」
勢いよく、彼女が顔を上げた。初めて真正面から見たピンクの目には、落ちる寸前の涙が溜まり、とどめきれなかったものが丸い頬に筋を残していく。
「……転移者、悪いの、いる。酷いのも、する奴、いる。でも、私、ママも、酷いことしない! 絶対絶対しない! 約束、する! する、から!」
その声を聞いて、顔を見て、私は転移者だからという目で彼女を見ていた自分を恥じた。人に悪人や善人がいるのと同じで転移者だって色んな人がいるはずなのに、それを先入観ひとつで全て見ないようにしていたのだから。
「わたしだけ、むり、だった。だから、一緒、ママを、たすけて。……おねがい」
「……あの、さ。私、アルルっていうの」
「ぅ?」
「えーと、ほら、これから一緒にいるのにさ、名前わかんないと不便だなーって」
「! モモ! わたし、モモ!」
我ながら伝え方が下手だなと思いながら意図を話せば、途端にパァっと顔を輝かせるモモ。余程嬉しかったのだろう、泣きぬれていた頬は紅潮し、満面の笑みでえくぼまでできている。
「わかった。モモ、私あなたに協力する」
「! ほんと?」
「うん。その代わり、あなたも私のこと、助けてくれる?」
「助ける! わたし、アルル助ける! 約束!」
少し形は違えど、モモも私も目指すところは同じだ。来る前に見たお姉ちゃんの顔を思い出して、私は気合いを入れ直す。
「よろしくね、モモ。ところで、一応ママの名前、聞いてもいい?」
「ママ? ママ、名前、シャムラン!」
待っててね、お姉ちゃん。私、絶対に女神にも効く薬、見つけるから。
決意を新たに私はモモの手を握り、見知らぬ街の見知らぬ闇夜へと一歩、踏み出した。
似たもの同士で手を取れば、知らない夜も怖くない。
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