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65、思われることが嬉しくて

アオイの提案を呑んだガネット。その瞬間、隣の部屋からドタバタと足音が近づいてきて……

「本当だな? 実は騙すため、とかだったらもう庇いきれないぞ」

「……うっさいねえ。呑んでやるって言ってんだろ」


 ガネットは本当にもう抵抗する気はないらしい。さっきまで殺意をみなぎらせていた目に力はないし、両腕はだらんとベッドに向かって下がっている。

 俺はガネットの足の間から抜け出し、そこでようやく大きく息を吐くことができた。緊張状態でうまく吸えなかった新鮮な空気を俺はたっぷりと肺に吸い込み、そして壁に向かって大声で声をかける。隣の部屋とはいえ、さっきまでと同じ声量では通らないだろう。


「交渉は成立しました。もういいですよ、ケイン」


 途端、壁越しに聞こえてくる激しい物音。恐らく、ケインが手を貸すのも待てなかったのだろう。ドタバタと慌ただしい足音に紛れて物にぶつかる音や「痛っ!」という悲鳴が聞こえてくる。そして足音は俺たちの部屋の前で一度止まり、かと思えば衝突音と共に勢いよく扉が開いた。


「ガネットぉぉぉぉ――――っ!」

「っは? ぼ、坊やあんたどうし――どわあぁぁああっ!?」

「よがっ……よがったよぉぉぉぉ……!」


 手首が縛られているために、体当たりで無理やり開けたのだろう。サトルは肩から扉に突っ込んだ姿勢のまま叫びながらゴロゴロと部屋の床を転がり、しかしすぐに起き上がると俺たちがいるベッドへと一直線に突っ込んできた。縛られている状態で受け止めることなどできるわけもなく、ガネットはサトルに体当たりをかまされる形でベッドのスプリングを弾ませる。

 涙と鼻水でサトルの顔は目も当てられないほどにべしょべしょに濡れていたが、そんなことに構う余裕もない様子で彼はガネットの腹当たりに顔をこすりつけていた。


「もしっ、もしかしたらぁっ……ガネット、ことわっ、てぇ……そしたらっ……死んじゃうかもってぇ……!」

「ちょ、ちょいと坊や、落ち着き……」

「でも、生きてる! 生きてでよがったぁぁぁぁ!」


 今度はサトルの下敷きとなりじたばたと暴れるガネット。こちらにチラチラと向けられる「助けろ」と言いたげな赤い視線を無視した。こっちは散々怖い目に遭わせられてるし。ちょっと苦しい思いをさせたって罰は当たらないだろう。

 それに、だ。


「っあー、はいはい! 嬉しいのはわかったから上からどいとくれ! 重いったらありゃしない」


 迷惑そうに叫ぶガネットの顔は、どことなく嬉しそうにも見えるし。




「うっ、うっ……本当に、本当によかった……」

「満足したかい? ったく、泣き止んだのならとっととどいておくれよ」

「……ガネット、俺のことどかせないの?」

「さっきから身体に力が入んないんだよ。……というか坊や、あんたんなかでかくなったかい?」

「いや、それはガネットの身体が……いや、この話はあとでしよっか」


 だいたい十分くらいたっただろうか。サトルはようやく泣き止んで、ガネットから身体を起こした。まだ鼻は垂れてるし目元は赤いが、さっきよりも見れる顔にはなっている。


「……あの、ありがとうございますっ! その、約束守ってくれて」

「え? ああ、いいよ。こっちも助かるし」


 人手が多いに越したことはないし、それが先輩女神と異能持ちの転移者であるのなら尚更だ。こっちは信仰者を大量に抱える女神と事を構える可能性があるのだから。


 理由を説明するためにガネットにああは言ったものの、正直なところ神の言う通りに動くかどうかを俺は決めかねている。だってぶっちゃけどうでもいい。この世界の秩序がどうなるかとか、生態系がめちゃくちゃとか。もとはと言えばお前が事の発端だろ尻拭いさせんな馬鹿、とも思うし。


 けれど「どうでもいい」と思うくせに、俺の脳みそは女神の暴君ぶりに苦しみ、傷ついていた国民たちの顔を思い出させるのだ。もしかしたらそんな傷ついた誰かがもっといるかもしれない、とも。

 擦り切れてもなお残った俺の良心のささやきか、はたまた癒しの女神の本能か。何度も浮かぶその考えは俺の胸をぎゅうぎゅう締め付ける。


 まあ、こっちが手を出さずとも向こうが仕掛けてくるかもしれないし。そう、これはいわば自衛のためだ。こちとら安心安全な現代社会で生きてきた人間である。命の危険を感じる恐怖からは早々におさらばしておきたい。その点、「戦う」という意味においてはガネットほど頼りになる存在もないわけで、


「? よ、よくわからないけど、俺たちが役に立てるってことですか?」

「っああ、まあ、そういうこと。期待してるぞ」


 と、そこで声をかけられたことで言い訳じみてきた俺の思考は打ち切られた。視線をふたりの方に向ければ、キラキラとした眼差しでこちらを見ているサトルと目が合う。


「俺、頑張ります! できることなら何だって――」

「お、おう。ありがとな。こっちのことで知らないことも多いから、支えてもらえると助かる」

「――っそんなお礼なんて。俺たち、あんな酷いこと、したのに……!」


 正確にはサトルたちというよりガネットに、なのだが彼にとってそれは些細な違いなのだろう。こちらを見つめるサトルの目が潤み、熱を帯びる。おいおいまた泣く気かよ、と思ったそのときだった。


「受け入れてくれて、ほんとうに、ありがとうございっ――!」


 サトルが勢いよく頭を下げたところまではいい。そこまではよかった。問題はその後である。頭を下げ過ぎたせいで、彼の重心が前へと傾き、手が縛られているサトルはその傾きからなんとか持ち直そうと足に力を入れた。が、そこでベッドの上という状況が悪さをしだす。サトルの足の下、シーツは思いっきり彼の後ろへとずれ、青年はバランスを崩す。


「あ、わ、わぁっ!?」


 つまり、サトルはベッドの上で転び、その身体は悪気なく重症の俺に向かって突っ込んできているという状況だった。生前であればなんなく受け止められたであろう青年の体躯も、小柄な美少女となってしまった今の俺には荷が重い。しかも怪我人である。

 受け止めるには力がなく、避けるには少し反応が遅かった。こちらに突っ込んでくる群青からせめて頭は守ろうと俺はとっさに頭の高さまで腕を上げる。


「……油断をするな、まったく」


 しかしいつまでたっても痛みはこず、恐る恐る顔を上げれば目に飛び込んでくる黒い毛並み。視線を動かせば、奴の丸太のように太い腕がサトルの首根っこを掴んで空中に固定しているのが見えた。


「え、あ、ライゼ?」

「あまり無茶ばかりしてくれるな。危険に身を投じるお前を見ているオレの身にもなれ」


 ライゼはそう言って呆れたように溜息をつくと、軽々とサトルを投げ飛ばす。ガネットから「何すんだい!」という声が飛ぶが、早く立てと俺に手を貸す黒いオオカミは文句が飛んできた方向を一瞥すらしなかった。

 ライゼには「部屋の前に待機して、危なくなったら入ってくるように」と言ってあったため、恐らく急いで入ってきたのだろう。よくよく見れば毛並みは乱れているし、冷静には見えるが呼吸も少し荒い。慌てたのだ。あのライゼが。


「だいたい、お前は無防備すぎる。女神である以前にひとりの女である自覚をもって……おい、聞いてるのか?」

「……いや、こんなに急いで助けに来てくれるんだなって思ってさ」


 こいつのことだから命の危険がない限りは放置で、今回も新しくたんこぶを作った俺を皮肉と冷笑たっぷりに見下ろすものだと思っていたから。だから、息を切らして助けに来てくれたことに、そして生まれ直したこの世界で俺にも心配してくれる誰かがいるということに胸がくすぐったくなって。


「なんか、嬉しくて」

「……反省しないようなら、もう手は貸さんぞ」

「またまたそんなこと言っちゃって。危なくなったら助けてくれるんだろ?」


 少しの浮かれと、浮かれてしまったことに対する照れ隠しに軽口を叩けば、フイっと視線を逸らしたライゼから飛んでくる軽いデコピンと「……調子に乗るな」というお小言。信頼関係はやや進んだように思えるが、俺の女神としての威厳はやっぱりまだまだらしい。


何だか腹立たしいから、オオカミは意地でも「心配していた」なんて言わないのである。


ここまで読んで下さりありがとうございます。もし面白いな、続きが気になるなと思っていただけましたら、ブクマ、いいね、感想、下の★マークからお気軽に評価をいただけますと励みになります。

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