23、食い逃げ、割り込み、ダメ絶対
女神、子ギツネ少年にごちそうできるのか……!?
※※※
「嘘だろ……?」
「嘘じゃないです。はい、追加サウィッド十はいります!」
呆然とした店主の声を他所に、俺は追加のオーダーを投げかける。客というのは待たされるのを嫌うものだ。特に、注文が決まってからは。そのことを店主もわかっているのだろう。俺の呼びかけにハッとすると、店主は急ぎで追加のサウィッドを作り始めた。
「どう、なってんのこれ?」
唖然とした様子の子ギツネ少年。無理もない。さっきまで閑古鳥が鳴いていたはずの店の前に長蛇の列ができているのだから。
うまくいったことに内心でテンションを爆上げしながら、サウィッド作りの手伝いの手を休めぬまま、俺は子ギツネ少年に説明する。
「匂いですよ」
「……匂い? そういえば、なんか焦げたような匂いがすると思ったけど」
「あなたち獣族が匂いに敏感だって知ってましたから」
マニュアルでだが。
獣族は獣の進化系と言われているだけあって鼻が良い。つまり匂いには敏感だというわけ。悪臭にはもちろん、食欲をそそる匂いというのも反応しやすい。
「だから、炙りました」
「炙る? ま、魔物肉を?」
「知ってる? 大抵の肉はね、炙るとトぶんですよ」
「……飛ぶ?」
女神として力を増したおかげか、俺はいわゆる「魔法」というものを扱えるようになった。小さな火の球を浮かすとか、水鉄砲程度の水を飛ばすとか、貧弱なものではあるが。
他に何か力がついていないか確かめた際、マニュアルに書いてある魔法の項目を再度試してみたら使えたのだ。檻の中にいたときはどんなに試しても無理だったのに。
まあ肉を炙るために使うことになるとは思ってなかったが。
当然肉には俺の祝福がかけてある。が、それだけじゃこの店のサウィッドが不味いというイメージは払しょくできない。そこで「匂い」というわけである。醤油っぽい調味料があったおかげで、焦がし醤油風にできたのも良かった。
獣族は炎を恐れているから俺が炙り係として拘束されてしまうが、それでも匂いの力というのは偉大だった。下手な看板よりも効果がある。何しろ風に乗ってどこまでも飛んでいくのだから。
ちなみに火を恐れているのにどうやって肉を加工したのかと尋ねれば、獣族以外が焼いたものを買ったのだとか。魔物肉は塊でも安価で購入できるらしい。
それどころか獣族が火を恐れているという要素はプラスに働いていると言ってもいい。炙るなんて概念、これまで存在しなかっただろうし。
「け、けど魔物肉でしょ。ここのはみんな不味いって知ってて、それなのになんで、」
「まあまあ、百聞は一見にしかずって言いますし」
ひと通り注文分を炙り終えてから、俺は配っていた試食用のサウィッドを切り分ける前に差し出す。子ギツネ少年はすぐウッという顔をしたが、二、三度鼻を動かすと表情を驚きに変えた。炙りマジックである。
文字通り白い指がサウィッドを運び、口に入れ、咀嚼する。
「――!」
一度ついたイメージをなくすことはできない。が、上書きはできる。
生前、客の大ブーイングを受けた商品の改良版を売りさばいた店長の言葉である。あのときも確か、店長の指示で試食を配りまくった。
不味いというのは巨大なマイナスだが、味へのハードルが低いということでもある。比べて美味かったときの感動というのはその差が大きい分、心を動かす。「あんなに美味しくなかったのに!?」といった具合に。
まあもちろん試食を不審がる者もいたが、それは美少女の笑顔パワーでゴリ押した。接客は笑顔が命である。
子ギツネ少年の目が輝き、尻尾がぶんぶんと揺れ出したのを見て俺はガッツポーズを決めた。思わず身を乗り出してわかりきってる答えを子ギツネ少年に尋ねる。
「ね? ね? 美味しかったでしょ!」
「……っ、まあまあ、ね」
途端、さっと逸らされる視線。それは浮かれに浮かれた俺のウィンクが気持ち悪かったからからとかでなく、子ギツネ少年なりの照れ隠しだと思いたい。
やはりガワが美少女でもにじみ出る内面というか、そういうのってわかってしまうものなのだろうか。
俺はテンションを落し、ノリでウィンクなんてものを飛ばしてしまったことを恥じながら次の肉に手を伸ばした。
結局百どころではおさまらず、売れた個数は二百まで伸びそうだった。
「約束、守ってくださいね」
「あ、ああ! わかってる!」
初めの横暴な態度が嘘のように店主は嬉しそうだ。今までずっと客足がなかったことを考えると当然かもしれない。自分が作ったものが売れなくて嬉しい、なんてやつはそういないだろう。
俺は列が途切れたのを確認してから、残りの肉をすべて炙る。そろそろ引き上げてもいい頃合いだろう。
しかし、さあ次の客だと俺がサウィッドを差し出した、そのときだった。
「――やあ、良い匂いだね」
気づけば並んでいた客の姿はなく、マントで顔を隠した男が俺の前に立っている。男は笑いながら手を出すと、ぽかんとした俺の手からサウィッドをひったくった。
「あ」
「うーん、すっごく美味しそうだ」
「ちょ、ちょっと横入りは、」
「それに――懐かしい」
俺がその言葉に違和感を覚えるよりも早く、男は代金も払わないまま人ごみへと消えていく。後を追って慌てて飛び出したが、男の背はまるで幽霊のように消えていた。
「く、食い逃げ、あ、割り込みも……」
とにかく割り込みをされたことに怒っているであろう客に謝ろうと思い、顔を上げたが列はもうなくなっていた。代わりに列にいた客らしき獣族たちが、何故か怯えたような眼差しでこちらを見つめているのが見えて、首を傾げる。
「な、なあ。あれって、どういうこと、です?」
「……お姉さん気づかなかったの? 今の、」
同じような表情で固まった子ギツネ少年が信じられないものを見る目でこちらを向く。が、それについて聞く暇はなさそうだとすぐにわかる。
「アオイ様――――――っ!」
迷子の俺を探しに来たカミラが、暴走機関車のような勢いでこちらに突っ込んでくるのが見えたからだった。
食い逃げ、横入り、ダメ絶対。
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