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22、売りさばけ! 激マズサウィッド!

子ギツネ少年にお礼、をするはずが?

「ところで、お姉さんはどこから来たの?」

「え」


 気づかれないようにほっこりしていたら、唐突な質問を投げかけられて俺は思わず立ち止まってしまった。子ギツネ少年の訝しむような「お姉さん?」と呼ぶ声に慌てて足を動かしたが、今のは絶対に怪しかったに違いない。

 子ギツネ少年は俺の不審な態度に首を傾げながら、


「この国じゃ騎士以外の人間は珍しいんだよ。何? 旅人?」

「え、あ、ええ。まあ」

「ふうん、よく門番が通したね」


 隠れて通ってきました、とはさすがに言えない。言ったら終わりだ。俺でもわかる。

 俺は曖昧な笑顔で相槌を打ちながら、露店へ視線を彷徨わせた。話題を逸らすなら新しい話題が必要だ。


「あ、あー、あれ! あれってなんですか!?」

「な、何いきなり」

「ほらあの、剣とか売ってるとこの横の……」


 見た感じ、食べ物の屋台らしかった。店主らしいイノシシ型の獣族が器用な手つきで塊肉を削ぎ、白くて薄いパンらしき物体に挟んで渡している。見た目は生前で言うところのケバブみたいな形だ。

 子ギツネ少年は俺が指さした先を辿ると、「ああ」と軽く頷いた。


「サウィッドでしょ。肉の」

「サウィッド?」

「でも食べない方がいいよ。あれ、魔物肉のサウィッドだから」


 耳慣れない単語に、俺は片手でマニュアルをめくる。するとちょうど開いた「さ行」の上の部分に説明文が書いてあった。肉や野菜をパンで挟んだものの総称、らしい。

 つまりはサンドイッチというわけだ。


 おれは子ギツネ少年が嫌そうな目で見るサウィッドをしげしげと見つめる。確かに焼いた肉にしては色が紫だし、見た目からして硬くて筋っぽく、とてもじゃないが美味そうに見えない。

 客にサウィッドを渡した店主が嫌なものでも見たような顔でしっしと手を振ってくる。まあ美味くなさそうなんて思う客は、店からしたらいい迷惑だろう。


「ボクも一回興味本位で食べたことあるけど食えたもんじゃなかった。あれなら野菜だけのやつの方がずっとマシ」


 やはり魔物肉は不味いものとして扱われているらしい。

 そこで俺はいいことを思いついた。助けてもらった礼と話題逸らし、一石二鳥の方法だ。


「よし、助けてもらったお礼に、ごちそうします!」

「は? お姉さん話聞いてた? 不味いって言ってんじゃん」

「まあまあ、ここは私を信じて……」


 俺は意気揚々と店主にサウィッドをふたつ注文した。が、そこで気づく。俺は金を持ってない。財布は全部カミラが持っている。しまった。


「……買うのかい? 買わないのかい? まさか差し出す対価がないってんじゃないだろうね」

「あー……、と」


 店主の視線が突き刺さる中、俺は必死で頭を回す。金を借りるという手も考えたが、それじゃあ少年へのお礼にならない。それに何より、これからこの世界で生きていくのだ。自分の金くらいどうにかできなくてどうする。

 俺は頬を両手で挟んで気合を入れる。金、作り出してやろうじゃないか。


「働き……ええと、呼び込み! お客さんを呼ぶので、それを対価としてサウィッドを売ってくれませんか?」

「ちょ、ちょっと、お姉さん正気!?」


 確か、シュラ王国はまだまだ貨幣制度が浸透しておらず、物々交換や労働を対価として物を売買する制度が残っているとマニュアルで見た気がする。だから今差し出せるものとして労働を対価に出してみたのだが、子ギツネ少年が止めに入って来た。


「呼び込みって、こんなクソまずサウィッドに呼び込みしたところで客が来るわけないじゃん! 客なんて来ないで、延々とタダ働きさせられるのがオチだって!」

「え、でもさっきひとり……」

「あれ見て」


 子ギツネ少年が指さした先にはひと口どころかその半分も口をつけていない状態で落ちているサウィッドが土ぼこりにまみれて、露店と露店の間に転がっていた。どうやらひと口にも辿り着くことなく捨てられてしまったらしい。


「ね? わかるでしょ。こんなゲロまずいもののために働くだけ時間の無駄――」

「……うちの商品に向かってずいぶんな口きいてくれるじゃねえか」


 好き勝手言っていた子ギツネ少年の後ろからぬっと店主が顔を出す。機嫌の悪さなんて見なくてもわかった。旦那と喧嘩をしたパートのおばちゃんと同じで、不機嫌オーラがビシバシ伝わってくるのだ。


「そんなに売りてェってんなら、売ってもらおうじゃねェか」

「……いくつ売れば?」

「百だ。それだけ売ったらうちの商品をいくらでもタダでくれてやるよ」


 百。子ギツネ少年が絶句していた。俺でもわかる。はっきりと足元を見られていた。

 店主が俺のあたまのてっぺんからつま先までをジロジロと眺めて、舌なめずりをしながら言う。


「もし売れなきゃ、そうだな。侮辱の礼としてあんたの髪と身体、両方でちょうど釣り合うってとこか」

「――ぼったくりもいいとこだね。行こ、お姉さん。こんな奴の言うこと聞く必要ないよ」

「おっと、逃げるってんなら身体と髪を置いてきな」

「……あんた、そんなに痛い目に遭いたいわけ?」


 侮辱したのは俺じゃないんだけどな。

 そう思いながら俺はマントの下から弓を見せて威嚇する子ギツネ少年を手で制す。

 今日は本当によく身体を狙われる日だ。これで相手が可愛い女の子だったらよかったのだが。


「百個。売ったら好きなだけくれるんですね?」

「ああ。こっちとしてはさっさと髪を切ってほしいとこだがな」

「わかりました」

「ちょっ、お姉さん!?」


 カミラたちの仲間の中には栄養失調になりかけている奴もいた。こっちとしては俺の働きで子ギツネ少年の分だけでなく、人数分の肉が手に入るなら願ったりかなったりだ。浮いた分だけ薬代に回せる。


 カミラには悪いが、俺は顔を隠していた布を取っ払った。客引きには見た目も重要だ。

 春の空のような水色の髪があふれ、店主がぴゅうと口笛を吹く。


「百個、売りましょう。おっしゃったこと、忘れないでくださいね」


ええっ?魔物肉でサウィッドを!?

できらあ!


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