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21、強いぞ! 子ギツネ少年!

子ギツネ少年に助けられたアオイ。どうやら彼は闘技場での試合を知っているらしく……

 


 ようやく人ごみに乗って大通りをゆっくり歩けるようになってから、子ギツネ少年は俺に呆れの眼差しを注いだ。


「……お姉さん体力無さすぎ。よく今まで生きてこれたね?」

「っぜ、はぁっ……そ、っちが」


 そっちが早すぎるんだろうが。

 俺はそう言ってやりたかったが、荒い息に掻き消されて声の半分もまともな言葉として出力されることはなかった。膝と胸に手を置いて、呼吸を整えるのが精いっぱいだ。


 人と人との間を縫うように走り、角を曲がったかと思えば建物の壁に身を潜め、今までとは逆方向に走り出す、行き先がまるでわからないめちゃくちゃな動き。頭で追手の目をくらませるための行動だとわかってはいても、先の読めない動きは単純に俺の疲労を倍加させた。

 転生したからといって、神様は無尽蔵の体力は与えてはくれなかったらしい。サービス不行き届きだ。


 対して子ギツネ少年はケロリとしたものだった。この手の荒事にも、追手を巻くことにも慣れているのか、猫系犬系ふたりと俺の間に割って入って来たときと同じ声のトーンで淡々と、しかしそこに少し呆れの色を滲ませながら顔をしかめた。


「文句なんて言わないでよね。ボクが来てなかったらどうなってたと思う?」

「……う、売られたとか?」


 ようやく呼吸が通常運転に戻りつつあった。仕上げに深呼吸をひとつ入れてから、俺は子ギツネ少年の質問に答える。考えたくはないが売れるとか売れないとか言っていたから、その線で間違いないのだろう。女神がいる国で起こる人身売買。なかなかに終わっている。

 しかし俺の答えに納得していないのか、子ギツネ少年は首を振った。日の光の下で見ると白い毛並みがより輝いて見える。


「半分正解だけど半分ハズレ。あいつらここらでも馬鹿で有名だからさ、売られる以前にお姉さんは駄目になってたよ、きっと」

「だ、駄目に、って」

「もちろん商品として」


 ちらりと覗く桃色の舌で子ギツネ少年は恐ろしいことを言ってのける。少年が修羅場慣れをしているのか、それともこの国の子供はみんなこうなのか。少なくとも俺が親なら卒倒しているセリフだ。

 俺は遅れてようやく正常に働き始めた危機感からくる震えを無理やり押しとどめる。子供が平然としているのに、俺だけ震えているのは情けなくて笑えない。


「ありがとうございます。助かりました」

「……別に、ちょっと気になっただけ。ボクの目の届く範囲で死なれても、寝覚めが悪いし」


 礼を言うとすぐさまそっぽを向いてしまう子ギツネ少年。やはり口が悪いだけ決して悪い子ではないらしい。

 そんな俺の生ぬるい視線に気づいたのか、子ギツネ少年は赤い目を吊り上げてこちらを睨みつけてきた。


「ガキだと思って甘く見てるわけ? そういうのウザイんだけど」

「いや、そういうわけじゃ」

「さっきにしたって、何? 弱っちいくせにこっち庇おうとしたりして」


 別に甘く見ていたわけではない。ただ単に子供に危害が及ぶのを黙って見ていられなかっただけだ。反射みたいなものである。

 しかしそれを言ったらさらに怒りを買いそうな気がして、俺は素直に言葉を飲み込んだ。やらなくていい喧嘩はしない主義なのだ。


 だが舐められたと思った子ギツネ少年は一気に気分を害したらしく、足をタンタンと地面に打ち付けながら不機嫌な声を上げる。


「何? ボクが万年予選落ちに負けると思ってんの?」


 そんなとき、俺の耳が覚えのある単語にピクリと反応した。

 予選落ち。それは間違いなく例の闘技場での試合についてのことだろう。


 シュラ王国に来るまでの間、俺は闘技場で行われる試合について調べていた。もちろん、マニュアルで。

 試合は予選、本選、決戦の三つ。本線はトーナメント、決戦はそれを勝ち上がって来た者同士で、と非常にお行儀が良く見える。だがしかし騙されてはいけない。この試合の予選ときたら出場者全員が一斉に戦う大乱闘方式。最後まで立っていた奴だけが予選を通過できるという、本選のお行儀の良さはどこに行ったとツッコミみたくなるほどの無茶苦茶ぶりだ。


 予選落ちということはあのふたりも試合に出場していたのだろう。どうやら本選には行けなかったようだが。


「あんなやり方、ほとんど残れないようなもんでしょ」

「なんだ。試合のことは知ってるんだね」

「まあ、そのくらいはさすがに」

「あれはあいつらがやり方を知らないだけだよ。馬鹿正直に真正面から戦ってるから毎回落ちるんだ」


 まるで見てきたかのような言い方に、俺はひょっとしてと子ギツネ少年に視線を向ける。


「もしかして、あなた試合に?」

「当たり前だろ。ボクがどこの国に住んでると思ってたわけ?」


 そう言うと子ギツネ少年はマントの下から小さく折りたたまれた木の束のようなものを取り出し、パチンパチンと音を立てて手際よく組み立てていく。かかったのはほんの数秒。あっという間に子ギツネ少年の手にちょうどいいサイズの弓が出来上がった。


「まだ決勝には行けてないけどね、予選落ちはない。あんな馬鹿に負けると思われるとか心外なんだけど」


 堂々とした子ギツネ少年に言葉も出ない。事前情報でわかってはいたが実際に目の当たりにすると衝撃が凄まじかった。アルルとそう年も変わらないであろう少年が当たり前のように命を落とすかもしれない戦いに身を投じているなんて。生前じゃちょっと考えられない。


「お強いんですね」

「――! ふ、ふふん、やっとわかった?」


 素直に思ったことを口にすれば嬉しそうにピンと上を向きパタパタと揺れる真っ白な尻尾。こういうところは年相応らしい。


思った以上に強いぞ! 子ギツネ少年!

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