104、渾身のやり返し
モモの作戦により、形勢逆転を決めたアオイたち。彼女らに歯もプライドもバキバキにへし折られたエイドリックだったが、しつこい男は簡単にはあきらめない。魔の手が再びシャムランへと伸びる中、モモがとった行動とは。そして明らかになる、彼女の異能。
がくん、とエイドリックが膝をつく。目は白目を剥いているように見える。
歯が折れた経験は幸いなことにないが、多分おそらく、ものすごく痛いと思う。麻酔なしで虫歯の治療をするようなものだ。考えるだけで歯医者のあのキーンという甲高いドリル音が耳に蘇って心臓がキュッとなる。
が、奴の頑丈さは俺の想像以上だった。
「が……っ、てぃ、めぇ……ぇ、ぇぇ!」
白目がぐるりと回転し、正面に戻ってきた瞳孔が憎らし気に俺を睨む。驚いたことに今の一瞬で奴は歯が折れたショックから意識を取り戻したらしい。ほぼ全滅した前歯の空洞から荒い呼吸が吐き出されるのが聞こえてくる。洞窟に流れる空気のような、音を出し損ねた縦笛のような、もの悲しく、そして間抜けな音だった。
「ちぃ、くひょ……ぜぇっ、て、ぇに、ぶぅっ、殺ひゅぅ……っ!」
歯が折れた影響か発音が難しいらしい。その煩わしさに苛立ってかエイドリックは大きく舌打ちをする。あそこまでされてまだ悪態をつける元気があるのが恐ろしい。回復を挟んでいるとはいえ、いくらなんでも丈夫過ぎだと思う。
そんな状態だというのに、奴はどうやらまだ勝ちの目を見つけようとしているらしく、ふらふらと立ち上がると周囲を伺うように視線を走らせる。そんなことをしてもなんの解決にもならないというのに。下っ端たちはバルタザールとライゼの暴れっぷりを見て早々に尻尾を巻いて逃げ出しているし、杖は言わずもがな。単に敗北を認めていないだけで、状況はほぼ奴の負けなのだ。
「……頼みの杖も味方もいない。わかるだろ。お前、負けたんだよ」
「……っ」
「わかったら、観念して大人しくしろ」
心からの溜息を吐きながら事実を突きつける。正直、こちらとしては負傷者多数だし俺も身体がしんどいしでさっさと諦めて欲しいところだ。こんな治安も空気も悪いところからは一刻も早くアルルたちを引き離したいし、手当もしないといけないしでやることは山積みなのだから。とっとと元の世界にお引き取り願いたい。
フリだけのつもりで、手を前に出す。さすがに歯をへし折った相手にこれ以上の追撃はどちらが悪役かわからない。
「何もしないなら痛くしないぞ。ちょっとじっとしてるだけで」
「…………っだぁれ、がぁっ! てぃ、めぇの言うこひょ、なんぞ、聞くかぁっ!」
が、「さすがにもう抵抗しないだろう」という俺の予想はものの見事に裏切られ、エイドリックは捨て台詞を残して走り出す。その視線の先には意識を失って倒れているシャムランの姿。まさかこの期に及んで連れて逃げる気なのか。
すかさず水の球を構える。が、エイドリックとシャムランが直線状に並んでいる状況が俺の心に躊躇いを生んだ。この際だ、奴が追加で打撲しようが骨折しようがもう知ったこっちゃないが、シャムランに当たったら一大事だ。エイドリックが気配を察知して避けたり、そうでなくとも躱されるようなことがあったら。
そんな一瞬の迷いの間にも、エイドリックはシャムランへと接近し、連れ去ろうと手を伸ばす。
「あっ……! 駄目だって、危ないって、ちょっ──」
迷ってる暇はないと、覚悟を決めた時。後ろから焦ったようなサトルの声が聞こえ、途切れたその瞬間、──消えた。
「あ?」
見間違いではない。本当に俺とエイドリックの目の前で、突如としてシャムランが消えたのだ。エイドリックの手は空を切り、何が起きたのかわからないと言いたげな顔で消えた一点を見つめている。今だけは俺も同意見だった。一体今の一瞬で、何が起きたのか。
が、答え合わせは思ったよりも早かった。
「わ、わ、わ、わ──っ!?」
再び、慌てたようなサトルの声と、どさりと何かが落ちる音。何があったのかと目だけで振り返れば、目を白黒させたサトルが何故かモモとシャムランを抱えて座り込んでいて、俺はそれを見て、今起きた出来事の正体を察する。
あれは恐らく、偶然にできたふたりの合体技だ。サトルの「意識から消える異能」と、モモの異能の。
モモがゆらりと立ち上がる。もう祝福の影響から脱したらしい。
「これ、いじょう、ママを、」
瞬間、ふっと消えたかと思えばエイドリックの頭上数メートルに再出現したモモの身体。今の一瞬で使われた彼女の異能「瞬間移動」に、エイドリックは気づくことはできても反応はできないだろう。
サトルが使っていた壺を、まるでたまりにたまっていた鬱憤をぶちまける直前の如く、モモは両の手で思いっきり振り上げる。そして、
「いじめる、な──────っ!」
彼女の叫びと共にそれはエイドリックの頭へとぶち当たり、ものの見事に額の上で粉々に砕け散った。突然のことにもちろん衝撃を逃がす、なんてことができようはずもなく、真正面から渾身の一撃をくらったエイドリックの目が再びぐるりと白目を剥く。声を上げる暇もなかったのだろう、仰向けに意識を飛ばすその瞬間まで、おしゃべりな奴はついにひと言も発さなかった。
「……ふん、だ。ざまー、みろ」
モモがエイドリックの頭上から地上へと戻り、腰に手を当てて鼻を鳴らす。床で伸びている男とそれを睨みつけるように見下ろしている女の子。それはどちらが勝者で敗者なのか、この上なくわかりやすい光景だった。
今までためにためたストレスと苛立ちと怒りと恨みを全部詰め込んで。
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