100、最低野郎の生き延び方
エイドリックを追い詰めたアオイ一行。しかし極悪トップが簡単に諦めるわけもなく、異能がシャムランへと襲い掛かる。逆転の一手に、シャムランがとった行動とは。
マニュアルの転移者プロフィール曰く。
エイドリックの異能は、対象の記憶を弄る能力である。忘れろ、と命じれば相手は忘れる。あれが敵なのだ、と言えばあれが敵だと信じ込こむ。しかも相手が命令に従うよう、違和感のない記憶改変のおまけつき。それを面倒な術式なしに、たった一声で発動できるのは文句なしのチート異能と言っていいだろう。
が、それも万能、というわけではない。
まず人数に制限がある。いっぺんに命令の対象とできるのはふたりまで。大勢を集めて一気に命令、なんてことはできない。だから俺たちがあいつの前から逃げ出したとき、あいつは異能を使えなかった。
そして声を使う以上、対象に聞こえなければ意味がない。
だから、奴が彼女を狙うのはある意味当然だった。
ライゼとバルタザールには効果がない。下っ端をふたりばかり操ったところで焼石に水。強そうなガネットは耳を塞いでいるし、サトルも同様。
ならば、この状況を打開するかもしれない一手として、役に立ちそうなのは。
見覚えのない第三者で、子供というには妙な風格があって、それでいてモモを抱き込むように守っているせいで自分の耳を塞いでいない、ただひとり。
「……?」
ゆらりと、シャムランが手を離した。急に離されたモモは状況が理解できていないのか、ぱちくりと目を見開いてシャムランを見上げている。
「ママっ!」
何も言わぬまま、離れようとするシャムランを止めようとモモの手が伸びる。が、それは一瞥されることもなく空を切った。彼女は縋るモモを振り返りもせず、その足はエイドリックへと向っている。
「ライゼ!」
「っ、させるか!」
シャムランの身に異変が起きたことは誰の目にも明らかで、異能のことを知っていればそれがエイドリックのろくでもない企みだということは嫌でも理解できてしまう。
同じことを考えていたのだろう、ライゼが俺の言葉にするより早くシャムランへと飛び掛かる。しかし、彼女は意外にもあっさりと取り押さえられた。
ライゼがギロリとエイドリックを睨む。
「貴様、この期に及んで何をしようとしている?」
「ぅ、ぐ……へ、へへ……、いいのかよ、そんなことして」
胃の底が縮み上がるような、怒気を孕んだ声。が、それを向けられた奴は痛みでうめきながらも笑みを消さなかった。追い詰められているはずなのに、何故か勝機を見出しているかのような、嫌な笑顔。
「そのままだと、折れちゃう、けど?」
折れる。その言葉を聞いて、俺は真っ先に取り押さえているライゼの腕に意識を向ける。が、太い腕は微動だにしていない。ならば折れるというのは、このギチギチと鳴る不穏な音の発生源は
「駄目だライゼ、放せ! そのままだと、本当に折れるっ!」
「っ、ママ、やだ、やだぁっ! やめて!」
「───っ!」
ただ押さえているだけにも関わらず、見ているだけで冷や汗が出てくるような方向へと反れていく細腕。それにモモが悲鳴を上げるのと、ライゼが焦ったように手を離すのはほぼ同時だった。
間違いない、シャムランは自身の腕を自ら折ろうとしていた。ライゼの拘束から逃れる、ただそれだけのために。
「止めない方がぁ、いいよ? そいつ、何があっても僕を助けるだろうから。腕が千切れてもいいってんならどうぞ、お好きに? 僕は、そのガキが泣こうが喚こうが、何も、思わないから」
嫌な言い方だ。そう言えばこちらが手を出せないとわかっている言い回しだ。
拘束がなくなったとわかると、シャムランはライゼの腕をすり抜けて、まるで何かに急き立てられているかのようにエイドリックの元へと小走りに駆けていく。
つまりは、彼女は実に都合のいい人質になったということだった。
「っの、野郎ッ……!」
「いいよ、僕を殴れよ。さっきみたいに。何回だってそいつが割り込むだろうけど、一緒に殴り飛ばすなんてお前にはさぁ、簡単なことだろ?」
バルタザールが先手を打とうとエイドリックに拳を振りかぶり、しかしまるで盾になるかのように間に滑り込んできたシャムランを前に、止まる。当たり前だ。殴れるわけがない。まともな倫理観を持っているのであれば、誰だってためらうに決まっている。
「何やってんだい、シャムラン! 自分の飼い犬に手ぇ噛まれてんじゃないよ!」
耳を塞ぎながらガネットが叫んだ。その赤い目は一瞬モモをちらりと見た後、厳しい眼差しをシャムランへと送る。
「どうせあんたが呼び出した転移者だろ! さっさと異能を取り上げな!」
異能の取り上げ。初めて聞いた単語だった。ガネットの言い方から想像するに、女神は呼び出した転移者の異能を好きに取り上げることもできるということだろうか。
だが異能のせいで声が聞こえていないのか無視を決め込んでいるのか、シャムランがガネットの声にアクションを起こすことはなかった。豊穣の女神は振り上げられた拳を睨みつけ、バルタザールが引き下がるのを確認してからエイドリックへと振り返る。
「あ? おいおいおい、シャムランっつったか? 冗談だろ、このガキがあの女神シャムランだって?」
「……」
「は、はははっ、僕は、本当についてる! あの女神を駒にできるなんて!」
エイドリックが満面の笑みを浮かべる。逆転の一手を見つけたと、そう言いたげな表情で、奴は続けて命じた。
「おい、この状況をなんとかしろ、女神シャムラン。他でもないこの僕が、助けろって言ってんだよ」
顔を腫らし座り込んだ状態で、しかし見下ろしているかのような態度が癇に障る。が、シャムランは俺ですらぶん殴りたくなるようなエイドリックに悪態をつくこともなく、無言のまま片手を差し出した。
無表情の唇が、指示されるままに言葉を紡ぐ。
「『女神シャムランの名において――』」
「───っだめだ! シャムラン!」
彼女が何をしようとしているのかは、すぐに理解できた。それがあのクソ野郎への追い風となるであろうことも。
どうする、どうすればいい。何をしていいかわからず、俺は唇を噛む。なぜならマニュアルにはこう書かれているのだ。同じ女神に、祝福は効かないと。
悔しいが今の俺にシャムランにかけられた異能を解く力は、ない。
「『汝に、祝福を与えん』」
シャムランを止めることはできなかった。俺がもたもたしている間にも祝福の言葉は終わり、エイドリックとの間に光がほとばしる。小さな真昼の太陽のようなそれは輝きを凝縮するかのように徐々に収縮し、形を変え、
「……はは、最高だな、女神ってのは」
一本の杖となって、奴の手の中に落ちた。
横柄で、プライドが高く、そして生き汚い
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