7 悪女は思索える(1)
―――聖なる月が頂きに至る日、アナタは真実の愛を知る。
そこは王立魔法学院。魔力を持つ子ども達が集う憧れの場所。
平凡な毎日を過ごすアナタはある日、自分が魔法を使えることを知る。
どうやらアナタは珍しい魔法体質の持ち主らしく、学院から入学の案内を受け取った。
王国中の魔法使いが集まる学院には、アナタの想像を超える素敵な出会いが待っていた。
個性豊かな彼らと紡ぐ魔法学院の日々。でも日常は次第に不穏な影を潜ませて―――。
消える人々、起こる事件、迫る危険、解決にはアナタの力が必要で……?
ドキドキとハラハラが交差する、予測不能の「ホラー・脱出・アクション・RPG・闇鍋乙女ゲーム」ここに見参!
アナタが選ぶのは一体、誰?
◇◇◇
謳い文句はそんな感じだった。
五年前、全ての記憶を失った主人公が17歳の誕生日に魔法が使えることを知り、特例として王立魔法学院に入学する。彼女は八人のイケメン達と出会い学院に起こる謎の事件を追っていく、というのが「フォーチュン・オブ・ラペンドルド」という作品だ。
驚くことにこの「フォーチュン・オブ・ラペンドルド」と言うゲーム、闇鍋の名に相応しく、世に蔓延る様々なゲームの要素を詰め込んだ、3L対応のマジの闇鍋ゲームだった。
下地は一般的なRPGなのだが、乙女ゲームと銘打つ割にゲームはストーリーがメインのタクティカルアクションゲームだった。
前編3Dで進み、戦闘はゲームの醍醐味と言われるほど内容が凝っていた。
基本的にお使いクエストをクリアして行き、装備や情報、魔法を集め学院の謎を解き明かす。何故かダンジョンも存在して、授業終わりに攻略する必要もあった。毎度クリア後は脱出ゲームになっていて、敵の攻撃を避けて、防御して、ただただ入口に戻るという色々詰め込んだゲーム。
乙女ゲームなのでそれらしくエンディングは複数存在する。まさに多岐に渡り、攻略キャラ同士がくっつくBLエンドや、女の子を攻略できるGLエンドまで用意されている周到ぶりである。乙女ゲームとは一体何なのだろう。
無印は売れに売れ、気がつけば総合セールス一位を獲得するほどだった。
そしてそれを作ったのが前世のモルヴィアナであった。作った、と笑顔で言いきれたら良かったのだが。
「魔力適正・闇」
モルヴィアナが脳内を整理する間にシェリルの魔法適正が宣告された。
五大魔力はお互いにすくみの状態にあるが、その作用を受けない魔力が存在する。それが闇魔力と光魔力だ。こちらはお互いに影響をし合う魔力になっている。光は闇に強く闇は光に強い。
由緒あるラグランジュ公爵家は皆闇の魔力が備わっている。
ヴァイオレットから聞いていた情報と変わらず、シェリルは確かにどこか冷めた目をした少し大人びた子どもだった。
可愛らしい声色はゲームの中にいた頃より少しだけ高い。子どもの頃だからだろうか。体つきは痩せぎすだが貧相な印象は与えない貴族令嬢の鑑である。
シェリル・ド・ラグランジュ。闇魔法の使い手。文武両道で美貌を持ち合わせた非の打ち所のない公爵令嬢。たった一人のラグランジュ公爵家の高貴な娘。
時期当主としての英才教育を一心に受ける淑女の憧れで―――貴族としての矜恃が高すぎるばかりに主人公を敵視してしまう、いわゆるライバルキャラだった。
モルヴィアナは前世、幼い頃からずっと見ている夢がある。まるで現実のように鮮明に記憶されるその物語にはいつも同じ女の子が現れるのだった。
生まれた時から見ているその少女は艶やかなブロンド持つ紫の瞳の美しい子ども。寂しそうな目でいつも一人お気に入りの庭の木の下で本を読んでいた。
父と母に見向きもされず、それでもいつか愛していると言ってもらえることを信じて日々頑張る健気な女の子の夢は、モルヴィアナが大きくなるまで毎日見ていた。
きっとそれがイマジナリー・フレンドと言うやつだったと気づいたのはすっかり大人になってからだった。
モルヴィアナがさっさと区切りをつけた家族間の愛、というやつを切実に求めて頑張る少女はモルヴィアナが大人になる頃には立派な淑女になっていた。煌びやかなドレスに囲まれて過ごす彼女の姿はおよそ現代で見ることの無いものだが、そんなものどうでもよかった。
モルヴィアナは知らずのうちに彼女を愛するようになった。ただ彼女が幸せになればいいのに、と願うようになっていた。
モルヴィアナがとうに諦めた愛と言うやつを求める彼女が愛しく思えたのだ。
初めて知った愛に、モルヴィアナは感動した。それがこの世界にいない架空の妄想でも良かった。モルヴィアナにとってはそれが全てだったから。
大人になってゲーム会社に就職したモルヴィアナはある日乙女ゲームの開発に携わることになった。ストーリー制作の総監督である。
モルヴィアナが就職した会社の方針は変わっていて、一人に任せるのではなく様々な人間にとにかくストーリーを書かせて、その中で面白かったものを繋ぎ合わせるというわけわからん方法をとっていた。
結局、大量に集まったストーリーの中で勝ち上がったモルヴィアナは大元のストーリーを任されることとなった。
チャンスを掴み取ったモルヴィアナは夢の中で未だ愛を掴み取る事の出来ない彼女のために物語を書くことにした。繊細に彼女の過去を描き、育ち、愛する家族に認めてもらい、大好きな王子様と結婚するラブストーリーだ。
主人公にしてしまえば様々なイケメンと恋愛させねばならないから、とりあえず友人キャラにして、第一王子だと主人公の相手役にされてしまいそうなので第二王子の婚約者にした。
乙女ゲームはやはり闇鍋みたいな感じだったが、モルヴィアナは最早そんなことはどうでもよかった。第一使命は彼女の幸せ、彼女の愛の獲得である。
社長命令により社命を賭けた一大プロジェクトになってしまったが、もう大ゴケしても良かった。モルヴィアナは完璧な形で彼女をストーリーに組み込めたことに大満足していた。
―――ゲーム発売の半年前までは。
連日徹夜のせいなのか、足を踏み外して大怪我を負った彼女は半年の間意識不明の重体で入院することとなった。最後に見た景色は走馬灯の彼女だった。幸せそうにエンディングの背景でダンスを踊る彼女の夢を見ながら、気を失ったのだ。
次に目を覚ました時にはゲームは発売されていた。どういうわけか、愛しい彼女は悪役令嬢として主人公の前に立ちはばかるお邪魔キャラになって。
貴族然とした態度で主人公の淑女らしくない行動を指摘し、淑女教育を施していた彼女は平民だからと主人公を虐める悪女に仕立てあげられていた。
発売は始まっていた。もう内容を変えることは出来ない。同僚の一人の嫌がらせだった。彼女の好みは愛されハーレム系乙女ゲームで、それを作るには外圧が必要だった。白羽の矢が立ったのはヤケにキャラだった友人キャラ。
モルヴィアナの愛する彼女は、一人の女の欲望で荒れ果てた姿にされてしまったのだ。今までモルヴィアナが丁寧に仕上げたストーリーの九割が存在しないことになっていた。
怒りとか通り越して無だった。
でもモルヴィアナは腐ってもシナリオライターだ。ちゃんと全部見終わってから意見を言う必要があると思ったのだ。
律儀にゲームを買って仕事の傍ら永遠にゲームをした。あまりの闇鍋ぶりに白目を向きそうになったが休日返上でゲームに打ち込んだ。
乙女ゲームらしい多岐に渡る選択肢、エンディング、頻繁に起こる脱出ゲーム、無駄に多いホラー属性、まじで白目を向きながらゲームをした。
全てのエンディングを回収したが彼女はどのルートでも失意の中自殺をした。その後ストーリーはクライマックスを迎え、主人公達は強大な敵、妖魔を力を合わせて討伐する。自殺させる必要があったのだろうか。
誰にも看取られることなく一文で済まされた彼女の成れ果てにあまりのことに操作パッドを落とすほどだ。
エンディングをコンプリートしたあとで開かれた特殊クエストの文字にモルヴィアナは蜘蛛の糸に縋るような気持ちでクエストを進めた。最後はアクションのひとつもない、3Dでもない、薄暗い背景に文字が打ち込まれたストーリーが流れる。
そこに綴られた文字は確かにモルヴィアナが書いた彼女の人生だった。
そうして、真実はもっと悲惨であったことを知る。主人公たちの前に立ちはばかったあの妖魔は彼女の成れ果てだったのだ。
このようなおぞましい死体蹴りがあるのか。連絡をとった同僚は「折角なので先輩の作ったストーリーも使ったんです。勿体ないでしょ?」とほざいた所で記憶が途切れている。
―――もしかして怒りに任せて殺したりしてないでしょうね。前世の私。
つまりだ。
それが、今目の前にいるシェリル・ド・ラグランジュだったという話をすれば、今のモルヴィアナの衝撃を伝えることが出来るだろうか。
淑女らしい美しカーテシーを披露しながらシェリルがくるりと振り返った。ちょうど窓際に立ったままのモルヴィアナはそこに存在している彼女を見ながら、胸の奥から流れてくる深い衝動を慣らすことに必死だった。
こっそりと微笑んでくれるヴァイオレットにぎこちなく笑顔を返す。視線が一瞬だけ合うと、シェリルは興味なさそうに瞼を閉じた。
まさに大人が求める理想の大人しい子どもだ。
【ナビゲート】には相も変わらず表面だけの情報が乗せられていた。
「大丈夫か? 調子が悪いなら一旦休もう。父上も心配してるぞ」
シェリルが通り過ぎた後、やっと息を吐き出すことが出来た。知らずのうちに止まっていたらしい。急に酸素が供給されて心臓がドキドキと高鳴った。
存在しないはずの彼女が目の前にいた。これ程までに嬉しいことはあるだろうか。
レイモンドは心配そうに顔を覗き込む。
「ううん、大丈夫です。ちょっと急に緊張が来ちゃったのかも」
「そうか。じゃあもうひと頑張りだ。後はダンスパーティだけだからな」
励ますように微笑んだ。兄は笑顔が下手くそだが、モルヴィアナはそんな兄の笑顔が好きだった。
向こう側に立っている父が遠目に見える。レイモンドの言う通り、とても心配そうだった。護衛騎士のふたりもこちらを注視している。
微笑ましくなったので安心させるように笑って見せた。
「後は友達を見つけたり、ですね!」
「別に無理に友達は作らんでもいいと思うが……」
兄はいつだってモルヴィアナの一番のお友達になりたがる。
でも本日だけは余計なお世話だ。一体なんで自分がこんな状況になっているのか、なんでモルヴィアナ・フォイルナーなのか。どうしてシェリルはここにいるのか。
シェリルは愛を知ることができるのか。
知らなければいけないことは沢山ある。
「いいえ、お兄様。私、少しはフォイルナー男爵家のレディとして使命を果たしたいわ」
極上の微笑みを作りながら、レイモンドの手を握り返した。もうモルヴィアナの頭には「どうやってシェリルとお近付きになろうか」ということしか存在していなかった。
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