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6 悪女は迎合う(3)


 王城には様々なホールが用意されている。軽い報告会(パーティ)から重要な舞踏会(パーティ)、――果ては厳格な断罪の場(パーティ)にまで使用される。用途に合わせ場所を変える様々な催しの中でも、プレ・デビュタント聖堂にも似た白を基調としたホールが使われている。主に祈りを捧げる場に相応しく、席のない広々とした教会のようなものだ。

 室内の壁には白鳥が描かれており、色とりどりのガラスから漏れ出すさまざまな光が神聖な雰囲気を生み出していた。そういう由来から白鳥の部屋(シュバン・ホール)と呼ばれている。

 そこはドイツなんかい。


ちょうど最奥には宣誓台が設置されている。その台の奥に座るのが推薦王国魔法士である。つまりこの国で今一番偉大な魔法使いというわけだ。


 指先が触れる程度のエスコートでレイモンドが一歩前を歩く。モルヴィアナは兄の状態を【ナビゲート】で見る。

 【緊張・警戒】―――モルヴィアナより緊張しているではないか。父の状態も確認したかったが、振り返ることは許されていない。


 宣誓台までは赤いベルベットの絨毯が敷かれていた。よく見れば薔薇の絵柄が刻まれていた。

 絨毯に足を載せた所で、レイモンドがそっと手を離す。神と会話する時は一人きりだと決まっていた。


「世界樹に祈りを捧げましょう」

「はい」


 軽く両手を組んで瞼を閉じる。ずっと手のひらを合わせるタイプだったので、この世界に来た時はちょっと慣れなかった。

 

 言葉を交わしたということで勝手に【ナビゲート】が発動する。王立推薦魔法士―――ジャン・ミハイルは慈悲深い笑顔を浮かべて目尻に深いシワを刻む。笑いジワが深い人はいい人だ。

 状態も特に悪いことはない。異世界転生でままある、悪い偉いさんでは無いというわけだ。安心して身を任せた。


「真名を告げよ」

「我が名はモルヴィアナ・フォイルナー。神の御心を求める者」

 

 モルヴィアナが名前を述べた瞬間、一瞬にして周囲がざわめいた。思わずモルヴィアナが瞼を開くほどには。


「……フォイルナーだと?」

「娘がプレ・デビュタントということは、あれからもう五年がたったということか」

「時の流れは早いですわね。閣下はいらっしゃらないのかしら」

「いるさ、あちら側に。表舞台にはもう出ないかと思ったが、流石に娘のプレ・デビュタントには出席するのか」


 ―――どういうことだ? 何故私が貴族の噂話(ゴシップ)の話題になっているんだ。


 人々が口にする言葉は男爵家の令嬢に向けられる言葉としてはふさわしくなかった。そもそも、貴族社会で階級は絶対だ。上の者が男爵家当主を閣下などと呼ぶことは有り得ない。

 むしろデイビッドが閣下と呼ぶ立場にある。

 

「よく見ればアーデルハイト様とよく似てらっしゃる」


 それは母の名前だった。モルヴィアナが生まれた時に命を落とした父の愛する人。

 母に生き写しだったモルヴィアナを抱きしめながら、父は様々な母の話をした。耳にたこが出来るほどに。

 デイビッドかレイモンドの状態を確認したい。振り返りたい欲に駆られたモルヴィアナの上から、制するようにミハイルの声が降り掛かった。


「それでは魔力適正を行います。――神の御心のままに」

「か、……みの御心のままに」


 数秒反応が鈍ったが、この状態で変な動きをしてしまえば信仰心が足りないと思われる可能性がある。魔力適正はきっちり貰わねばならない。泣く泣くモルヴィアナは祈りをささげた。


「魔力適正・水」


 ――はぁ?


 声が出なかったことをこの日ほど褒めたことは無い。常日頃からしていた淑女教育というものの成果である。

 そんなことよりも。



 重要なのは今告げられた魔力適正がモルヴィアナが把握していたものとは違っていたことだ。


 ―――どういうことだ。私は氷のはず。氷の魔力が存在しないから、水と表示が出たのか?


 モルヴィアナの焦燥を放置したまま儀式は終わった。彼女は水の魔力の持ち主として正式に王室に認定されたのだった。


 【ナビゲート】で状態を見る。入城する前は確かに氷の属性だったはずだ。目凝らしてみても、目の前にあるのは魔力適正・水の文字だった。

 その下に注意書きがされている。【状態異常:能力が制限されている状態です】何だこのゲーム画面みたいなテロップは。

 装備欄には【制限のブレスレット】と付け足されていた。


「レディ、手を」

「……はい、お兄様」


 レイモンドの状況を確認する。驚くことにモルヴィアナと同じ状況である。

 多分だがデイビッドも同じ状況と見ていいだろう。


 呪いの装備というわけではない。どちらかと言うと隠密に使う自身の強さを撹乱させる目的の装備だ。わざわざ三人分用意しているということは、デイビッドもレイモンドも水の魔力を持つフリをしていることになる。

 であれば、会場に着くまでの父の様子の可笑しさや、兄の異様な緊張の意味も変わってくる。


 ―――氷の魔力がバレないか、気にしていたのか。


 そういえば普段から自らの使う魔法をあまり人に教えるなと言われてきた。そもそも魔法を人に見せびらかすものでは無いという言いつけだと考えていたが、どちらかと言うと本来の魔力を知られないようにするためだったのか。

 何故? 誰に?


「あの。お兄様、っ……」


 緩やかに引かれる手を握りしめながら思い切って声をかけた。隠すべきことであるなら大々的に言う必要は無い。

 幸いモルヴィアナには人の嘘を見抜ける便利な力が存在している。いくつか言葉を交わせばどういう意図があるのかくらいは察せるだろう。

  

 ナビゲート、と心の中で紡いだ言葉が一瞬のうちに霧散する。向こう側からやってきた世界が、モルヴィアナの何もかもを真っ白にさせた。


 瞬間、世界が止まったかのように思えたのだ。


「次の方」


 ミハイルが声をかけたその人物が。

 モルヴィアナの真向かいに立つ少女が。


 ()()()()()()()()()()人間だったから。


 輝くようなプラチナゴールドが照明を反射する。小柄な体型に良く似合うドレスはキツいコルセットで適切な体型にしめあげられている。苦しいのか、頬が少しだけ赤い。

 低めのパンプスは彼女の好きな紫で、サイズが少しだけ合っていないから痛いみたいだ。揃えられた指先が彼女の気高さを表していた。


 永遠に思える一瞬。まるでこちらを認識していない彼女はモルヴィアナの横を軽く会釈を交わして通り過ぎて行った。


まるで他人事の顔。モルヴィアナは彼女の後ろを歩くヴァイオレットの存在すら認識していない。最早、今の彼女には目の前を歩く少女しか目に入らないのだ。


 何度も練習したお辞儀をすることも無く、ただ隣を過ぎていく少女を見送ることしか出来ない。体は完全に動きを止めて、指先一つ思い通りに動かせない。


 ピタリと体が止まってしまって、握られた手が離された。


 数歩先を歩く兄が驚いたように振り返った。多分きっと、モルヴィアナも同じような顔をしている。

 

「モルヴィアナ? どうかしたか」


―――いいえ。いいえ、何も。


何一つ話せることがなかった。

 駆け寄る兄の手がもう一度手綱を取った。呆然と立ち竦むモルヴィアナの背に回された手は想像以上に優しい。

 その優しさに返事をすることが出来ない。息が止まるほどの衝撃が胸を貫いて、言葉にしがたい感情が心を暴れ回る。脳は既に思考を止めて、モルヴィアナに出来ることなんてひとつもなかった。

 

「―――我が名はシェリル・ド・ラグランジュ。神の御心を求める者」


鈴の音のように軽やかな声色は凛と広がった。

 耳に聞こえる言葉が、声が、空気が、モルヴィアナを形成していた今までの全てを崩していく。

 


「……あ゛?」


 全くもって淑女らしくない低い声だった。驚きすぎると人間は、喉から出したことの無い音を出す。開いた口を閉じることが出来ない。


 思い出したように振り返ったモルヴィアナの先には―――。



 モルヴィアナが前世と定義付けたあの世界で、彼女自身が作った少女が凛々しくも祈りを捧げていたのだった。







 

 ―――シェリル。そう、シェリル・ド・ラグランジュ。私が昔、全てをかけてこの世に生み出した愛しい女の子。


端的に言うと、モルヴィアナはこの世界で生まれて五年目にして思い知ったのだ。

モルヴィアナ・フォイルナーは前世彼女自身が作った乙女ゲーム、「フォーチュン・オブ・ラペンドルド」に出てくる、名前すら存在しないモブキャラだった。

 

閲覧ありがとうございます。


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