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4 悪女は迎合う(1)

 プレ・デビュタントの日はすぐにやってきた。


 邸内は朝から騒々しい。夕方にから始まるパーティに向けてもう九時頃から支度が始まった。完璧なプロポーションのために朝昼はフルーツを適量だけとなる。飲み物は腹を壊さないよう暖かいものだけしか摂取できない。真夏なのに。

 プレ・デビュタントはお披露目会前のお披露目以外にもう一つ意味がある。


 魔力適正―――この前時代的な社会で不便なく生きていくために必要な、魔力との適性を測るのだ。自分にとって一番相性のいい魔力を調べる。大雑把に言うとそんな感じである。


 と言ってもモルヴィアナは自分の魔力適性を知っていた。【ナビゲート】で自分を見たのだ。【適正魔力・氷】と記された文字をなぞりながら一体どんな魔法が使えるのだろうかと浮き足立つ。

 デイビッドとレイモンドも同じく適正魔力が氷と記されていた。二人が氷魔法だと感じるような動きは見せたことがない。そもそもモルヴィアナの前であまり魔法を使いたがらないので資料がないのだが。

 

 プレ・デビュタントを迎えるまでの子どもは魔法についての知識を学ぶ機会が無い。早く自分の魔力を知って使い方も学びたいところだ。

 聞きかじった知識によれば魔力は決まった五つほどの種類があり、貴族はそれぞれの力を割り振られているようだ。魔法を使えるのは貴族が多いらしく、平民等は基本的に魔術という術式を用いて魔力を使っているようだ。

 モルヴィアナはもうすでにヴァイオレットに会いたくなっていた。

 ヴァイオレットは風の魔力を持っている。準男爵家は分けてしまえば貴族筋では無いが、ヴァイオレットは繊細な風魔法と相性が良さそうだった。夏の日差しが強い日に柔らかな風を呼んでくれるのだ。ヴァイオレットの魔法はヴァイオレットみたいに優しい。

 次の授業ではきっと魔法のことを沢山教えてくれるに違いない。

 とりあえず来年から夏場はじゃんじゃん使ってやろう。このぬるま湯みたいなレモンティーとはおさらばだ。

 

 プレ・デビュタントを迎え、魔力適正が分かるまで子どもたちは魔法を使うことが出来ない。よって魔法に強すぎる興味を与えないため魔法に関して教えないのが通例だ。


 父と兄がなんてことない顔で魔法を行使する度に何度羨ましい目を向けたか。

 毎回お前にはまだ早いの一言で片付けられる。

 

 先日デザインした衣装は体型にちょうど良かった。ウィドウ夫人がサービスにショルダーバッグと髪飾りをつけて送ってくれたのは意外だ。

 この日のために食事制限をして良かった。緩めのコルセットをしたせいで体型が崩れたなどと後ろ指を差されてはたまらない。せっかく美人に産んでもらったのだからしっかり使わなくては。

 フルーツを口に含みながら空腹を無視する。


 ―――今日が終わったら死ぬほど食ってやるんだ。


 固い決意は無慈悲な腹の虫により邪魔された。

 食べても太らない体質なのでここまで頑張らなくてもいい気がしてきた。こっそりとリンゴを口に運ぶ。

 

 軽めのドレスとは言え男爵令嬢に着せる布地は安物ではない。着付けは繊細なので数人の衣装係がこぞって周りを取り囲んだ。立ちっぱなしで辛くなってきたモルヴィアナににっこりと微笑みながら、ヘレナはもう少しだから頑張ってくださいね、と応援するのだった。

 子どもにさせる仕事量ではない。やはり貴族は大変な仕事だ。


 衣装の確認を終える頃には昼になっていた。ティータイムにかこつけて軽食をとる。件のサンドイッチを食べながら本当にめちゃくちゃな世界だなと微笑んだ。

 髪型を整える前にノックもせずに扉が開く。表の使用人たちが止められない人間は、この屋敷に二人しかいない。


「まだ着替えてんのか」

「レディのおめかしは時間がかかるの。待てないの?」

「父上の方がソワソワしてるさ」


 30分置きに確認しに来る。どうやらデイビッドがレイモンドに見にこさせているらしい。モルヴィアナは周囲の侍女に下がるよう指示を出した。

 部屋にはいる時くらいノックして欲しい。

 椅子から飛び降りで全身が見えるように立つ。少女らしく簡単なカーテシーを披露する。満足そうな兄は腕を組んで笑った。

 あと数年もすれば王立魔法学院に入学する手筈の兄は身内目からしても恵まれた容姿をしている。きっと男爵家と言う肩書きがあってもそれなりにモテることになるだろう。

 何度考えても男爵家という身分に相応しくない顔面偏差値だ。むしろ階級が低いから顔で頑張れと言う神の思し召しかもしれない。


「モルヴィアナ、くるって回れ」

「こう?」

「うんうん、雪兎みたいで可愛いぞ」


 ゲロ甘な兄は朝からこの調子だ。

 30分前も回らされた。優しい妹はもう一回回ってやった。



 


 

「モルヴィアナ、こっちへおいで」


 レイモンドの訪問を六回ほど受けた後、ようやくおめかしという名の修練が終わった。ああだこうだと髪型は十を越え、多分何度か気絶した。時計の針はおやつの時間を通り過ぎた頃合いだ。

 デイビッドは一度も部屋を訪れなかったが、レイモンドの話しぶりを聞くに向こうで勝手に様子を伺っているらしい。

 終わったと言うものの、耐えるのはこれからである。

 魔力適正は17時頃から始まる。今年の参加者の魔力適正を測った後、その足でプレ・デビュタントは会場に向かうのだ。つまり今から二時間ほど、衣装を乱すような動きはしてはならないというわけだった。


「お父様、似合う?」

「ああ。可愛い私の天使だ。羽根でも生えてるみたいに軽いな」


 どっかで聞いたことあるセリフだな、と思いながら父に笑いかける。


 侍女達に振りまいた愛想の残りカスではあるが、デイビッドは満足そうにモルヴィアナを抱きしめる。このまま連れ歩かれるのだろう。

 貴族五歳児ってこんな感じなのだろうか。


「王城はすぐそこだ。疲れないようギリギリに行こうか」

「うん」

「朝から頑張ったからご褒美のクッキーだ。さっきキッチンからくすねてきた」

「後で絶対ヘレナに怒られると思う」

「だよなぁ……」


 ヘレナはモルヴィアナの母親が幼い頃から侍女として仕えている。デイビッドとヘレナの縁も長いものだ。

 この屋敷で働く者は幸運だと思う。父は少し親バカな気質はあれど自身の機嫌で身の振り方を変えたりしないし出身で人を蔑んだりしない。

 もちろんレイモンドとモルヴィアナを男手一人で育てているのでより良い人間でいようと頑張っているのだろうが、それを差し置いても良き人間だった。モルヴィアナはそんな人から生まれたことを喜んだ。今度こそ人並みに愛情だとかを受け取って誰かに渡せたらいいと思う。

 そんな些細な願い事を抱くが、多分父にバレたら「そんなのはまだ早い」とギャン泣きすることが目に見えていたので大人しく胸の内に収めておく。






 

 前時代的な馬車は移動中の揺れが凄まじい。舗装された公道だからまだマシだけれど、生活魔法で揺れを抑えなければ乗って数分もせずに腹の中の物を全て吐き出していたに違いない。

 王城までの道のりは中から外を確認してはならないらしい。基本的に護衛騎士に確認させるのが常だ。

 道のりは混みあっているようだ。先程から揺れもなくなった。特に一番に着きたいという願望もないのでゆっくりと中で家族水入らずの会話を楽しむのも乙なものか。

 外で何者かの声がした。若い男の声のようだ。モルヴィアナは即座に外の様子を確認しようと視線を向ける。いつもならば直ぐに広がる画面は【対象が範囲外にいるため確認することができません】と言う簡潔なテロップで遮られた。


 ―――気にしたことがなかったけど、相手を視ないとダメなのか。でもヘレナは今も確認出来るんだけどな。

 

 ここにはいないヘレナの情報を確認しようとすればすぐに取り出せる。つまりこの力を使うには必ず一度は相手の顔を見る必要があるというわけだ。

 モルヴィアナが自身の能力を研究している間にデイビッドが窓際に立った。外を見せないように小さく何かを唱える。生活魔法も防音魔法もデイビッドはそつなくこなす。今のはその一環なのだろう。


「外でなにかあったみたいだね」


 優しくモルヴィアナの頭を撫でながら扉を三度鳴らす。すぐに外にいる護衛騎士アランが状況を報告した。


「旦那様、少々混み合っているようです。抜け道の許可が降りているようですがどうされますか」

「……いや、お帰りいただくよう伝えてくれ」

「宜しいのですか」

「話すことは無い」

「承知致しました」


 本日の護衛騎士は二名だ。デイビッドが幼い頃から使えるアランと、アランが推薦したルド。

 フォイルナー男爵家の御者は主にモルヴィアナのせいで実務経験が十年必要なのだが、アランは護衛騎士もできる御者だったので外出によく起用された。

 モルヴィアナは確認のため中から二人の情報を読み取った。【ナビゲート】は指示通り二人の情報を開示してくれる。

 アランはモルヴィアナが生まれた時から護衛騎士をしているので当たり前のように表示される。勝手に人のスリーサイズ等を知ってしまうのは少しだけ申し訳ない気持ちになってしまう。

 別に知りたいわけでもない下半身のサイズまで知らされるのは本当に要らん機能すぎる。即刻やめろ。やめろと祈ったら消えた。―――意外と素直な機能だった。

 【緊張・心配】と書いてあるのを見て実績十年の男でもぷれ・デビュタントを乗せた馬車を動かすのは緊張するものなのかと微笑ましくなった。

 ルドの方は1年ほど前にレイモンドが拾ってきた孤児だ。くすんだ銀色が似ていたので拾ったとはレイモンドの主張である。

 

 このラペンドルドという国では髪色は家系の象徴とも言える。一族には必ず同じ髪の子が生まれ、それは他家の違う髪色の娘を貰い受けたとしても変わることがない。

 そもそも婚姻を結び嫁いだ時に魔力を馴染ませる婚姻の儀というのが存在し、一門に加わった時に髪色が変わってしまうのだ。なんというファンタジーか。

 この世界にある魔力という不思議な力が自ずと作用しているらしい。ナビゲートで確認したところ実際一族における髪色の決まりは「正しい知識」なのだと言う。

 なのでレイモンドが家系特有のくすんだ髪色に近い少年を拾ったことは理解出来た。

 

 ルドの状態は【冷静】のまま。十数年しか生きていない子どもにしては肝が座っている。師匠であるアランを凌ぐ落ち着きぶりだ。モルヴィアナはひとり驚いた。

 このプレ・デビュタントがルドの正式な護衛騎士デビューだったからだ。

 ルドの方は状態しか確認出来なかった。スリーサイズ――及びアレは分からない。勝手にアランの情報欄にアレが追加された。要らん要らん。消えた。

 今までの経験を考えると、やはりお互いが認識し合って会話することが必要なのだろう。

 ルドのことは一方的に知っているが、レイモンドの護衛騎士見習いなのでモルヴィアナ自身は言葉を交わしたことがなかったのだ。


 ――そういえば馬車に乗る時もアランが立ち会ってくれていたな。


 一つ自分の能力について知ることが出来た。


「もう少し時間がかかりそうだ」

「どうせ魔力適正が分かればあとは適当にパーティするだけだもんな」

「お兄様、ちゃんとリードしてくださいね」

「誰に物言ってるんだ。当たり前だろ」


 レイモンドは車内に氷の魔力を放出した。


「暑いだろ。まだ日が沈んでないからな」

「あ〜……冷たい。ありがとうお兄様」


 夏場の氷の魔力は身に染みる。涼やかな室内でモルヴィアナは背中の汗を乾かすことにした。世のレディ達はこんな暑さの中カッチリとしたコルセット等を巻き付けなければいけないのだから可哀想だ。

 一刻も早くコルセットをなくそう。

 

「あまり使いすぎるなよ、レイ」

「これくらいでバテないよ」

 

 家族水入らずなのだからゆっくり行こう、といつも通りの優しい顔で笑う。家族水入らずと言うが、うちの家はいつだって三人行動が多い気がする。

 文句を言うほどでもないので黙って頷いておくのだった。


 

 

 

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