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正しい悪女の作り方~婚約破棄を目指して悪役令嬢に成り上がる~  作者: 藍上御書
第二章「公爵令嬢モルヴィアナ・ラングラン」
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6 悪女は仕掛める(6)


 間の悪い人間、というのはどこにでもいる。

 今回はモルヴィアナ達が、とも言えるし突然現れたマデラ・ド・ラグランジュが、とも言える。シェリルを産んだ実の母。子どもを産んでも大人になれなかった、哀れな少女の成れ果て。


 どちらにせよタイミングが悪い。良かれと思って大人達は散り散りになり、少し離れたところにマクスウェルがいる。

 デイビッドのお墨付きである近衛騎士なので、危ういと思えばすぐに駆けつけるだろう。現にマデラが現れてすぐ、マクスウェルは距離を縮めてきた。

 公爵家の人々の話し合いに騎士が割って入ることは出来ないから、マクスウェルは機会を伺う必要があるのだろう。

 そう思考を回している間にも鬼の首を取ったようにマデラがシェリルを囃し立てる。絶望色に染まるのは一瞬で、すぐに淑女らしい仮面を身につけて、シェリルは即座に「申し訳ありません」と言った。


「御機嫌よう、マデラ様」


 もうモルヴィアナは (こうべ)を垂れる必要は無い。特に今日のモルヴィアナは王妃の伝令係のようなもの。立場も役目もとびきりのものを引っさげてやって来た。ヘコヘコと腰を折る必要も無いし、怒鳴り声に怯える真似だってしない。

 淑女とはその時々で高貴さを見誤ってはならないのだ。


「男爵家風情が……私を誰と心得るの!」


 以前顔を合わせた時は震え上がったモルヴィアナの顔を、今度はしっかりと睨みつける。どうやらこの数日でモルヴィアナ・フォイルナーという人間の扱いを決めていたのだろう。

 返答が気に入らなかったマデラは、眉根を釣り上げて不敬だと (そし)り出す。慌てて間に入ろうとするシェリルを── () ()の公爵令嬢であるモルヴィアナは、今度こそ引き止めることが出来た。


「お聞きになられていないようですね? 私、モルヴィアナ・ラングランと申します。貴方と同じく建国の八公に名を連ねる者……そのような謗りを受ける謂れはないかと」

「なっ……なに、っ……何をッ!」

 

 マデラが招待状を見て右手をあげた。虚弱体質に似つかわしくない加虐性は、どういうわけかシェリルにだけ向けられる。もう長く続いたその虐待に、すでにシェリルは抵抗を諦めた。逃れられない。

 モルヴィアナはその様子を歯を食いしばって眺める。モルヴィアナが手を出すことは火に油を注ぐことだと知っているから。


 幼子が手をあげられる、という状況は普通の人間からすると、見過ごせる者ではない。

 それでも、マクスウェルが命じられたのはモルヴィアナの警護のみ。当然、マクスウェルが優先して守るのはモルヴィアナである。

 

 なぜなら──シェリルは、今日から何者にも傷つけることが出来ないからだ。


 パン、と頬を打つ音が鳴る。もちろん振り下ろされたのはシェリルの頬で──吹っ飛んだのはマデラ・ド・ラグランジュだ。


「……え? あ゛ッ……ごほ、っ」


 ──虚弱体質というのは本当だったのか。自分の掌の衝撃で血を吐くとは。


 シェリルは日に何度受けても揺らぐことなくまっすぐ立って、ただごめんなさいと言っているのに。


「一体これは……」

「マクスウェル、もういいわ。私よりもシェリルを」

「いいえ、お二人共をお守りします」


 自分の命令を守りつつモルヴィアナの命令も違えない。さすがの判断力だ。

 モルヴィアナが気配に気づくより早く、マクスウェルが振り返った。それと同時に、マクスウェルの視線の先から悲鳴が上がる。


 マデラの一番近くに仕えていた女だ。愚かにもシェリルに精神的虐待を行った侯爵家の三女。マデラがシェリルに目を向けるよう、余計な口を挟み、ラグランジュの伝統だからと無断で毒を盛るような大馬鹿者。


「な、何をしたのですかシェリルお嬢様!」

「わ、私は何も、そんなっ……」


 ──この人、今の見てなかったんだろうか。


「マデラ様は公爵家のことを思って……なのに、こんな仕打ちを! 恥を知ってください! 前々から言っているでしょう、陰気な顔でマデラ様を追い詰めないでと! どれだけマデラ様のお気持ちを害すれば気が済むのですか……! 貴方がなんと呼ばれているか知っているのですか? ラグランジュの落し子……そんなだから誰からにも愛されず、こんな端っこでお茶会の練習をする羽目になるのですよ!」


 侍女の言葉にシェリルの頬に赤が差した。心の底から恥ずかしいと言いたげに顔をくしゃくしゃにして。思わずシェリルの顔を見られないように前に立つ。侍女のステータスにはストレス発散をしたかったらしいことが記されていた。

 彼女の中で今目の前にいるのは愛されないシェリルと、元男爵令嬢と、子爵家上がりの近衛騎士のみ。侯爵家出身の女からすれば、取るに足らない位だと判断したのだろう。

 その視線の先はシェリルを見つめていたけれど、愛されない娘に媚びを売るお前達もたかが知れている、といった侮蔑の意図も含まれているらしい。


 モルヴィアナ達は八公の中でも若い世代だ。貴族たちは決まった年頃に子作りに励むので、デイビッドとアーデルハイドのような 恋愛結婚(特殊な例)以外では次世代は殆どが同じ年頃に生まれる。たまたまモルヴィアナとシェリルと第二王子は都合よく同じ頃合に生まれた。

 ベビーラッシュは兄であるレイモンドの少し後だったらしい。高位貴族の子息息女は、およそモルヴィアナたちの二歳上が多い。


 だからシェリルもモルヴィアナと同じお友達がいない世代なのだ。八公の立場は高貴すぎておいそれと近づくことが出来ない。その上──ラグランジュ公爵家がシェリルに対する扱いは大々的ではないが、察するにあまりあるほど。

 愛されていないらしい子どもに媚びを売るほど、大人は優しくない。


 そんなシェリルの心の柔らかいところに触れた女を前にモルヴィアナの体が炎に包まれる。母譲りの苛烈な感情がむき出しになる。燃えるように体温が上がったのを感じて、指先から (ひばな)の魔力を──出そうとしたところで、不敬にも程がある言葉を吐いた女は吹っ飛んだ。


 文字通り、マデラと同じ方向へ。 瞬間に、怒りも蒸発する。めらめらと燃え上がる炎は密かに消化された。


 シェリルが自分の両手を見て怯え出す。そりゃそうだ。目の前で人が吹っ飛んだら驚くし、怖い。


「ち、違っ……私本当に!」

 

 モルヴィアナに勘違いされたくない彼女が、必死に違うと言い含めてくるのを、噛み締めるように享受して──このままではあまりに冤罪なので、即座にネタバラシをする。


「大丈夫、シェリルのせいじゃない。これはすべて招待状のせい」

「え……?」


 これがモルヴィアナが王妃殿下にオネダリした新たな招待状の仕組みだ。手紙を受け取った者は、問答無用でデイビッド・ラングランが確立した防御魔法が展開される。

 

 モルヴィアナの最強の後ろ盾であるデイビッドは、幼い頃からその身に悪意を向けられ、様々な死線を潜り抜けてきた。そうして、デイビッドが今もモルヴィアナの父として生きていてくれるのは、この特性の防御魔法のおかげだ。

 魔法士の能力に寄るが、内臓の一つ一つに課せられた防御魔法はどんな毒も即座に弾き、体外に排出される。それなりの吐血と苦痛を抱くが死ぬことは無い。

 

 悪意に反応する術式は、危害を加えようとする悪意を事前に弾いた。簡単な呪詛返しのようなもの。与えようとしたものがそのまま返ってくる。もはや防御魔法と言うよりは 【 反転魔法(リフレクト)】と言ってしまった方がわかりやすいかもしれない。特にラングランの持つ氷の魔力で発動する反転魔法は解毒に強いらしい。


 モルヴィアナが父に頼んで一生懸命施した反転魔法は、想いの力で強度が変わる。他の淑女の手紙がどのようなレベルになるのか、渡してみるまでは分からないが──きっと、どの手紙もシェリルの手紙の効力には叶わないだろう。

 手紙がある限りモルヴィアナの想いはシェリルを守る。そして、手紙は王妃の加護が付いているので汚せない。

 完璧な計画である。


 今シェリルが受けるはずだった痛みや苦しみは相手にそのまま返された。打たれるはずの頬はマデラの元へ、心を切り裂く痛みも侍女の元へ。

 自分の拳で吐血した女は先程までのヒステリーはどこに行ったのかという雰囲気で、ただ呆然としていた。隣に座る侍女も全く意味がわからないようだ。


「夫人にはラグランジュ公爵よりこの後説明がある予定だったのですが……タイミングが宜しくなかったみたいですね」


 マクスウェルが即座に膝をつく。視界の先には屋敷の中に入ったドミニクがいた。用事を終えた彼は無駄な行動は控え、すぐさま戻ってきたらしい。ヴァイオレットが帰ってくるより早いとは、さすがのモルヴィアナも予想していなかった。


 地面に這い蹲るマデラを見下ろしながら、ドミニクは会話を続ける。割と不敬な状況ではあった。


「お初にお目にかかります。ドミニク・ライツェンと申します。王妃殿下からのご要望につき、ライツェン伯爵家当主である私からお言葉を掛けることをお許しください。──簡単に説明しますと、シェリル様に降りかかる、災い、痛み、苦しみ、そういうものはモルヴィアナ様のファースト・ティーパーティーが行われるまでは跳ね返ってしまう、というわけです。シェリル様がなにかしたわけではありません。こと、この招待状に関して申し立てがあれば、全て包み隠さず国王に通達される旨を承っております。詳しい内情は、ラグランジュ公爵様にお伝えいたしましたので、後ほど報告があるかと思われます」

「王、妃? の、印籠? ゲホッ……なに、私は、今……何を」


 状況が掴めないマデラはドミニクに怒りを表すどころか子どもみたいに言葉を反芻する。

 

「──王妃の印籠か。何ともまぁ、力の無駄遣いを」


 瞬間、場の空気が凍りつく。濃厚な闇の魔力。シェリルの闇の魔力は量こそ多いが質としてはまだまだ洗練されていない。そのような、闇の魔力とは比べ物にならない──これが、ラグランジュの宵闇の魔力。

 

「ゲホッ……あな、た……」

「今日は安静にしろと命じたはずだが」

「でも、お客様、が……」


 言葉尻だけは、労りに満ちているのに声色に優しさはまるでない。一歩、また一歩と足を進める度に静寂が広がる。何処かで唾を飲み込む音がある。モルヴィアナもまた、緊張を感じていた。


「お前が相手をする必要は無い。おい」


 小手先で呼び出した騎士が即座に駆けつける。門番達とは比べ物にならない俊敏な動きでマデラの元に駆けつける。

 淑女に恐れなく触れるとは、騎士の中でも高位貴族の出なのだろう。マデラも触れられることに不服は感じていないらしい。

 慌てたように言葉を重ねると、既に流れた血がまた吹き出した。虚弱体質というのも大変なものらしい。先程まで元気に癇癪を起こしていたのはなんだったのだろう。


「待って、違うの。私は出来、……ゲボッ、ゴホゴホッ……」

「黙れ。早く連れていけ」


 取り付く島もない当主の言葉についぞマデラは何も言えなくなり、静かに屋敷の中に引き取られていった。

 当主が命じたのは夫人の退室だけだったので、残されたのは侍女たちのみ。引き際を誤った彼女はどうしたものかと困った様子だった。

 当主はもとより有象無象には興味が無い。侍女の存在すら目に入れずに、立ち尽くすシェリルを見た。 


「お、父様……」

「騒ぎを起こすなと再三言い含んだはずだが」

「申し訳ありません」


 いい、短く伝えた言葉には何も興味が含まれていない。モルヴィアナは震える拳を握って、目の前の男に頭を垂れた。公爵家の人間とモルヴィアナは同じ立場。たとえモルヴィアナが子どもでも、マデラに恭しく頭を垂れる必要は無い。だが当主は違う──クロイツ・ド・ラグランジュ。絶対的なラグランジュの当主。この男は、今のモルヴィアナより価値のある人間だった、ことこの場に置いては。


「ラングランの 雪花(せっか)をこの目で見ることになるとはな」

「お初にお目にかかります。モルヴィアナ・ラングランと申します」

「いい。堅苦しい挨拶など不要だ。ラングランの若造もろくな挨拶をしなかった」


 ──人の父親を若造呼ばわりとはな。


 頭をあげるよう言われ、モルヴィアナは微笑みを作りながら男を見た。シェリルとは似ても似つかない姿だ。 (くら)い印象を受ける瞳の色だけが同じ。

 モルヴィアナは初めて自分以外の者に場の支配権を奪われた気がした。魔力の量、質、どれをとっても引けを取らない自信があるのに、勝てるビジョンがいまいち浮かばなかった。力量差でいえばモルヴィアナの方が性能がいい。ならばこれが、【ナビゲート】に記された【八公の 矜恃】のスキルなのだろうか。【王家の矜恃】と同じ特殊階級のスキルなのだろうが、あちらと違ってこちらを害する意図があるような気がする。

 詳しい感情が読めないのがその証左だ。今、モルヴィアナはこの男に敵だと認識されているのだろう。


 ──まさか、家門にしか興味のない男に、妻への愛があるのか? だとしたら、何故ここまで放置できる。分からない……。

 

 分からないという感情は恐怖に繋がる。なるほど、勝てるビジョンが見えない理屈が何となく分かった。


「ラグランジュの当主様に質問する機会をいただけないでしょうか?」

 

 モルヴィアナの問いかけに、クロイツは好きにしろと言い放つ。敵だと認識しているのにモルヴィアナを相応しい敵だとは思っていない。

 シェリルに降りかかる災いは取り除かねばならない。それがもう付けられた傷だとしても、目の前にあるのであれば、モルヴィアナな全力で切除したいのだ。


「マデラ様のお怪我は、何も知らなかった故の事故なのです。説明は終わりましたので、今後はこのようなことがないと思われます。ただラグランジュ公爵夫人に怪我を負わせたのは事実。不当な処置であるとお思いならば、私から王妃殿下に包み隠さず口添えすることが出来ます」

「いい、元より出歩かせる予定ではなかった。こちらの不手際だろう」

「ご配慮感謝します。では──重大な名誉毀損に関する話なのですが」

「ほう?」


 面白い、と言いたげな眼差しには初めて人間らしさが垣間見えた。続けろ、暗にそう命じられる。

 シェリルはモルヴィアナの後ろで震えを我慢して、真っ直ぐに立っている。父親に、下を向くなと教えられたから、恐ろしくても前を見る。

 

「先程怪我を負ったのはマデラ様だけではありません。──そちらの」

「使用人が何か」

「シェリルに不敬な言葉を。この場でシェリルに相応しくない言葉を吐くことは、私を侮蔑することにも当たるかと」

「見たところ公爵夫人のような 反動(ケガ)はないようだが? 言った言わないの水掛け論をするつもりか?」


 次女のステータスが変化する。どうやらこの状況が"公爵に庇って貰えた"ことになっているらしい。人間の良いように理解する能力は恐ろしい。どっからどう見ても、小娘の主張をそのまま受理するのは腹立たしいからとりあえず反論しておくか、みたいな言葉遊びをされていると言うのに。

 モルヴィアナはにっこりと笑いながら、ポシェットの中に手を突っ込む。まだ改良の余地がある録音魔法が仕込まれた魔道具がどう考えても小さいサイズのポシェットから飛び出した。

 後ろの方で「今の何?」「どう考えてもサイズがおかしいだろ」「なんでポッケからタイプライターみたいなのが出るの?」と囁きが聞こえる。当初のポシェットの有用さも、合わせてアピールできた。

 そうして、問答無用で魔力を注ぐ。大音量でさっきの音声が流れ出した。

  

『 恥を知ってください! 前々から言っているでしょう、陰気な顔でマデラ様を追い詰めないでと! どれだけマデラ様のお気持ちを害すれば気が済むのですか……! 貴方がなんと呼ばれているか知っているのですか? ラグランジュの落し子……』


 やめて、と大声を上げたのは頬を染めた侍女である。無論、最初の時点でやめろと叫び声が上がっていたが、モタモタする振りをして止めなかった。停止方法がようやくわかった、というところで止める。その続きはシェリルが知られたくないのだと理解していたから、初めから流すつもりがなかったのだ。


「フォイルナーでぬるま湯のように育てられたと聞いていたが……なるほど、よくデイビッドに似たな」

「男爵家風情の情報を認識していただけるとは、光栄です」

「ふっ、……女でなければ、さぞラングランを盛り上げただろう」

「それはどうでしょう? 男だからと同じように育つとは思えません。──それに、ラングランには既に素晴らしい男児がいます故」

「あれはダメだ。やる気がない。とうにそうではない生き方を決めた者がつくには八公の椅子は重いだろう」

「私にはその心積りがあるように見えると言うことでしょうか?」

「レイモンド・ラングランよりは、という話だ」


 ──思っていたより会話をする男らしい。しかも、兄上のことまで把握しているとは。


 視線が向けられた侍女は、言い訳を並べようとしてどうしようもなくなり黙り込んだ。座り込んだおんなを見下ろす数十の兵士たちと目上の貴族。最早勝ち目のない争いであった。

 ありったけの侮蔑を含んだ視線が向けられる。間違いなくラグランジュ公爵は怒りを抱いている。


「……馬鹿なことを。()()はマデラが全てを失って産んだラグランジュの後継者だ。全てにおいてそう在るべきように育った。お前の発言は、お前の主を愚弄するものだ」

「ち、ちが、……私はそのようなつもりでは」


 ではどういうつもりで?──その言葉に、正しい返答は成されなかった。

 

「シェリル・ド・ラグランジュはラグランジュ公爵家唯一の後継者。此度の発言はラグランジュへの宣戦布告と見なす」


 そうして、王国の小さな侯爵家はひっそりと取り壊しになった。

 

 夢の中で最後までシェリルの心を蝕んだ女──王子様の心変わりを何度も伝え、何度も魅力がないからだと言い含めてきた悪辣な女に、ようやく罰を与えることが出来た。モルヴィアナはシェリルの手を握りながら、うっそリと笑った。


「録音なんて、いつ……? 分かっていたの? こうなることを」

「こんなに決着が着くとは思ってなかったけど……まぁ分かっててやった。そうなればいいな、と」


 ぎゅ、と手のひらを握られる。どうやらシェリルは、心を許した人へのスキンシップが近いのだと言う。知らなかった新事実は、脳内のシェリルダイアリーを一面に埋め尽くすほど嬉しいことだった。思わず手のひらに力を込める。


「きっとあることないこと書かれるわ」

「あることは肯定すればいいし、ないことは否定したらいい。それで信じない人は切り捨てる。ラングランは父の代からそうしている。──だから、私のことは全く気にしなくていい」

「──そう。貴方がいいなら、私は何も」


 今日は始まったばかり。名残惜しいシェリルとの逢瀬も、少しすれば終わる。なんせ今日は王妃の命令で手紙を手渡しする、という大義名分でやってきたので。


 今日の成果を噛み締めながら、軽いお茶会だけしようとシェリルに声をかける。お茶会の支度を終わらせて、ようやく戻ってきたヴァイオレットが、この惨状を目にして慌てふためくのを見ながら、モルヴィアナ達はリッチミルク入りのミルクティーを嗜むことにした。


 モルヴィアナは美味しい紅茶を飲みながら、静かに決意を固める。


 シェリルが悪女なんて呼ばれることにならないよう、丁寧に丁寧に、完璧な悪女になろう。


 そうして、モルヴィアナはシェリルのハッピーエンドを迎えるための計画を、ようやく 仕掛(はじ)めることが出来た。


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