表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
正しい悪女の作り方~婚約破棄を目指して悪役令嬢に成り上がる~  作者: 藍上御書
第二章「公爵令嬢モルヴィアナ・ラングラン」
44/45

5 悪女は仕掛める(5)


 上質紙に (したた)められた文章は、王妃自らが添削したものだ。随分と手の内が見えない王妃殿下だったが、ことファースト・ティーパーティの段取りに関してはモルヴィアナよりも熱が入っていたように感じる。

 宛名の書き方から相応しい季節の挨拶まで、まるで手とり足とりに、甲斐甲斐しいくらいだった。

 

 インクには土の魔力が込められ、 ()の下でキラキラと輝いている。モルヴィアナの署名は、モルヴィアナの瞳の色が滲んでいた。あえて筆で線を滲ませてからラメでサインをするのが最近の流行りなのだと言う。

 あちらの世界で幼い頃に流行った、手紙のデコとかいう概念を数段オシャレにしたみたいな文化だった。

 さらに、招待状には王家の紋章が記されている。特殊な印籠は王妃を示しており、この国で使えるのは正真正銘エリス王妃のみ。

 そのような特別製の手紙には、さらに仕掛けを込めていた。


 門番が検問をする。モルヴィアナの顔を見た途端、動揺が走った。きっと既に八公にはモルヴィアナの状況が全て伝わっているのだろう。八公は王族につなる公爵家であるが、その実権力で言うと王族に匹敵するものを持っている。現に、アーデルハイドが神竜であることも、本家筋の主要人物──つまるところ当主であれば理解している話だ。だから、モルヴィアナが正真正銘神竜の娘であるならば半竜であることも容易く理解できる。


 それらを全てわかっていたのに、五年前誰もが口を噤んでいたところが、八公らしい気位の高さを感じさせる。彼らは自分の血筋を重んじる。他者に頓着がないから、別に嫉妬もしない。だから、他の貴族を顧みない。噂話を気にしないのは、助ける気もないからということだ。


 まぁマデラのような変わり種もいるが──終わったことはどうでもいい。

 

 ラグランジュ公爵家も例に漏れず、当主以外にはモルヴィアナの真の素性は伏せられているが、その身にラングランの血が流れていることは通達がされているのだろう。兵士たちの視線は「あれが噂の……」みたいな含みを持っていたが、それらを全て無視する。

 

 新たに八公に加わることとなったモルヴィアナの前に兵士が膝を着く。どうやら名乗るのを待っているらしい。

 モルヴィアナはヴァイオレットに目配せをした。頷いた後、ヴァイオレットは自分名義の訪問に連れがいることを告げる。


 了承が取れたと認識し、本日の来訪理由を告げることにした。丁寧に名前を告げて。

 

「此度よりラングランの名を冠することになったモルヴィアナ・ラングランが、王妃殿下の名のもとに、 お茶会(パーティ)の招待状を持ってきたと伝えて」


 即座に門番は屋敷の主に伺いを立てることになった。ドキドキしながらその扉が開くのを待つ。付き添いの令嬢という訳ではなく、モルヴィアナという名を正々堂々と名乗ることが出来る。もう以前の片田舎の男爵令嬢ではない。


 モルヴィアナはあの日の約束を違えることなく、同じ立場を手に入れたのだ。


 ──来客の予定があるのに室内は質素なものだ。


 特に問題なく迎え入れられた屋敷の中は冬のように静まり返っていた。ヴァイオレットが準男爵家の出であることもこの寂しいお迎えの説明に着くのだろう。公爵家の家人は余程の理由がなければ基本的に子爵家以上の者が務める。主にメイドや執事は行く手に困った末息子や末息子の就職先として求められているからだ。


 そんな有力な就職先に準男爵家の者が大抜擢されたとなると、それは納得できないものらしい。──能力がふさわしければ平民でも招き入れるラングラン公爵家とは根っからの思考が違う。


 ──そんな些事はこの際考えることではない。


 モルヴィアナは新しくウィドウで作らせたポシェットの中にある物を握りしめた。小さな見た目に反して中はリュックほどの内容量になっているこのポシェットには【 質量可変魔法(ストレージ)】を掛けている。物質を生み出すことは出来なくても、空間を膨張させることは思ったより簡単に行えた。

 

 魔法とは、魔力という対価で奇跡を起こす術式のこと。どのような不思議にも魔力という対価が消費されるが、存在しないものを作り上げることは、神様ではない人々には不可能な話だ。半竜であるモルヴィアナでも、無限に近い魔力保有量を持ちながら、無から物質を作り出すことは不可能だった。それが出来るのはあの不思議な空間を無から作り出した女神エルキドゥナぐらいだろう。

 つまるところ四次元ポケット等という摩訶不思議な物は作成出来なかったが、それに近い有限の物入れであれば誤差として認識されるという話だった。これはモルヴィアナが最近発見した中で一番有用な原理である。

 モルヴィアナは荷物は多い方だ。用心するに越したことはないし、何より過不足を一番恐れる。そんなモルヴィアナにも太刀打ちできないものがある。世論というやつだ。

 

 貴族令嬢は荷物を持つ必要はない。使用人に管理させればいいのだから。そのような考えから淑女は滅多に大きな鞄など利用しない。手のひらサイズの財布みたいな何か、それがこの世界の女性用の鞄だ。

 この度モルヴィアナが作ったポシェットならば、見た目は淑女の 矜恃(プライド)を守れるし、荷物は沢山持ち込める。内容量は持ち主の魔力量に左右されるが、逆にそれが自分の能力の高さを象徴させることに繋がると信じている。

 これまでものは少なければ少ないほど高貴な女性だったが、これからは物を持てば持つほど素晴らしい女性であることが主流にしていきたい──だから、これは世紀の大発見と言っても差し支えないだろう。

 きっと教科書があれば本日の日付は女性のファッション革命の一つに数えられるはずだ。モルヴィアナは自己肯定感が高かったので、そうしたり顔で笑った。

 ウィドウ夫人はモルヴィアナの講演を清聴したあと、目を銭の形にして流通させやすい販売用のポシェットを制作し始めた。デザイナーが一番必要とするのは、こう言う心から信じてくれるサポーターだと思う。


 そんなモルヴィアナの自信作からゆっくりから取りだした手紙を眺める。誰にも傷つけることのできない、完璧な招待状だった。

  

 今日モルヴィアナがラグランジュ公爵家に来たのはこの一枚の手紙を渡すためである。

 王妃との面会の日、モルヴィアナが彼女に唯一頼み事をしたのが、この招待状のシステムについてだった。



 ◇ ◇ ◇


「手紙を、自分の手で……?」

「はい、私は私の手紙を自分の手でこれから顔を合わせることになる方々に送りたいのです」

「その心意気は素晴らしいけれど……」


 暗に王妃の表情からは意味がわからない、という感情が伝わった。【王家の矜恃】を貫通する問いかけだったことが少しだけ嬉しい。

 招待状は送ればそれで済むものだ。パーティに参加するかどうかは向こう側の自由だし、わざわざ手渡しする意図は無い。

 ただ、モルヴィアナは自分の体でシェリルに渡したかっただけだ。


「もちろん王妃様の言いたいことは分かります。私のお披露目をするのだから、わざわざ会いに行く必要は無い。みなが、私を見に来るためのパーティなのだから──でも、私は昨日まで誰にも名を知られなかった片田舎の男爵家の者です。誰も私を知らないし、知ろうともしない」


 モルヴィアナは自分が竜であることを隠すこととした。シェリルと友達になる時に種族の違いが隔たりになることは避けたかったからだ。彼女に説明するには、もっと仲良くなってからがいい。モルヴィアナにはらしくない、ネガティブな感情だった。

 だがそんなことを竜であるモルヴィアナは認識しない。竜であることは、誇り以外の何物でもないからだ。


「何より、私は醜聞がどのような結果を産むか、何よりもわかっています。そして、今の私をよく思わない者がいることも。王妃様のご好意で開いていただいたこの晴れ舞台を、そのような結果には絶対にしたくない。せめて八公の方々には私の手でお渡ししたいのです」


 せめてシェリルだけにでも手渡ししたい。でもそれがバレてはいけない。他の八公に伺いを立てるのはそれこそ本当に面倒くさいが、この際手段は選ばない。一番に彼女のところに迎えるのであれば、なんでもいい。


 王妃はため息をひとつこぼして、しょうがないなぁ、と言った。まるで普通の女の子みたいな声色だった。

 

「つまり、貴方が手渡しする手紙に何かしらの仕掛けをしたい、と言うわけね」

「そこまでお見通しなのですね……」


 シェリルが手紙を受け取った瞬間、何がなんでも私が守る。お茶会が始まるまでは、シェリルは何者にも傷つけられない。傷つけたものには印をつける。

 そのついでに、ほかの子どもも守ってやろう。


「私の魔法がどこまで通用するかは分かりませんが、悪意に反応する魔法術式は知っています。我が家ではブルックに師事しておりますので」

「貴方の気持ちはわかるわ。何よりも、ね」


 含みのある言葉選びをしながら、王妃はリッチミルクの容器を傾けた。新しく煎れられた紅茶がまた白に染まる。砂糖を一欠片摘んで、静かに沈む音がした。

 数秒の沈黙の後、王妃は納得したように笑う。


「わかったわ。私も力を貸しましょう。こういうのは、後ろ盾をしっかり使うといいのよ、モルヴィアナ」

「後ろ盾……?」


 他の余力があると見抜かれているのだろうか、と警戒する。モルヴィアナが持っているものといえば偉大な父と兄、屋敷のみんな、それからヴァイオレットに── シェリルへの想い(たいせつなきもち)。でも父と兄以外がモルヴィアナの後ろ盾になり得るかと言うと難しいところだ。


 王妃はなんだか遠いところを見るように見上げた。思い馳せるような顔。すぐに視線は戻されて、高貴な身分のほほえみを浮かべた。


「私がお茶会を表立ってしない理由のひとつだったの。お茶会前の不祥事はよくあるわ。何せ、呼べる人数には限りがありますから。でも、あなたの話を聞いて初めて思いついた。そうね、初めから、守ってあげればよかったのね。──ならば、私の特別な印籠を使わせてあげましょう」


 王妃が許可を出した書類だけに記される印籠。それは、誰にも汚せない届け主にだけ開封できる魔法の印籠なのだという。土の魔力は守りに特化した魔力とも言われている。

 王妃は「私の取っておきなのよ」とイタズラがバレた子どもみたいな顔をした。


「貴方にはとっても素晴らしい後ろ盾がいらっしゃるわ。今回はもちろん、私と──貴方を何よりも愛する、貴方のお父上が、ね」


 どうして父が警戒するのか分からないほど、目の前の女はとても素直な色をしていた。



 ◇ ◇ ◇


 そういうわけで、手元にある手紙はシェリルにだけ触れることが出来る魔法の手紙となっている。

 魔力適正の時に魔力は国に登録される。向こうの世界で言う、DNA的な感覚なのだろう。特定の人にだけ開封権のある手紙、なんとも強力な招待状だ。


「御機嫌よう、シェリル様。モルヴィアナ

 ・ラングランと申します」

「……御機嫌よう、モルヴィアナ様。私は、シェリル・ド・ラグランジュと申します」


 既に見知った間でも公式の訪問は初めてだ。モルヴィアナの姿──厳密にはこの大名行列みたいな出迎えを見たシェリルは、珍しく驚いた表情を素直に見せた。それから一瞬映った喜色に、思わず飛び上がるほど喜んでしまいそうだった。


 ──シェリル、私を見て喜んでくれるんだ。


 モルヴィアナは逸る胸を落ち着けて、此度の大名行列の責任者となった男を見る。

 

 ドミニク・ライツェン。此度の裁判でモルヴィアナが誰よりも感謝している男。付き添いに |ライナス・ロックウッド《王妃の兄》を遣わされる所だったが、ちょうど裁判の資料提出を報告に来たドミニクとすれ違い、どういうわけか国王が「デイビッドが近衛騎士で同伴できないのにライナスが同伴出来たら可哀想だろ。間をとってドミニクにしよう」という思いつきをぶつけたため、被害者となった人だ。

 ドミニク・ライツェンは公正な人間だ。国王の言い分に何一つ間違いがないことと、自分の仕事が本当に運悪く終わってしまったことで、仕方なく付き添ってくれている。そういう正直な所が、モルヴィアナは好ましく思っていた。

 幼な子のはじめてのおつかいに見知らぬ男が付き添うものではない、と言い切りわざわざ" ライツェン伯爵家(じぶんち)"の馬車を出すのだから本当に真面目なのだろう。


「ラグランジュの青き華にご挨拶します。王妃殿下よりモルヴィアナ様の付き添いとして馳せ参じました、ドミニク・ライツェンと申します」

「お久しぶりですね、ドミニク様。先日は対処いただきありがとうございました」

「いえ……こちらこそ、通報の旨助かりました」


 最近のラグランジュ領の問題と言えば、ラグランジュ領にて天然記念物となっているラグ・パンサーの密猟だろうか。珍しい夜行性の豹はラグランジュの闇の魔力と相性が良いらしく、ラグランジュ領の護りとしても機能しているのだとか。そのラグ・パンサーを密猟だなんて、馬鹿なことを考える者もいたのだと思ったものだ。

 モルヴィアナに真実は話すつもりは無いのだろう、二人とも抽象的な単語をいくつか交わして、その事件は終わったことを暗に示していた。


 ドミニクが咳払いをすると同時に近衛騎士が揃って隊列を整える。


 もちろん王妃様の名の下で、一日を掛けて八公の領土を渡り歩くことになるので、隣に控えるのは近衛騎士である。父も近衛騎士のひとりなのだが、ここで父を指定するのはラングランが王家に擦り寄っていると思われる可能性もあるので排除した。兄も父も不服そうに家と王宮で留守番だ。

 代わりに使わされたのが以前モルヴィアナが吹っ飛ばしたマクスウェルである。

 たとえ失態の原因である子どもの警護でも近衛騎士は真剣にやり遂げる。デイビッドがお墨付きを出した騎士でもある彼は、モルヴィアナから見ても裏表のない素晴らしい騎士に見えた。【ナビゲート】にも変わらぬ数値が記されている。

 モルヴィアナが手紙を手に取ると、マクスウェルは敬礼しながら王家に託された使命を果たす。ドミニクの後ろでビシ、ともう一度背筋を伸ばした。


「こちらの招待状はシェリル・ド・ラグランジュ様にのみ開封権のあるものです。王妃殿下より期日まで姫君達は強力な守護魔法を施すことを許されました。ようやく花開かせたモルヴィアナ様の晴れ舞台を、どうか共にお祝いください」


 聞いたこともない効果に使用人達はたじろぐ。付け足した、「姫君に何かあれば原因となったものにそれなりの罰が下ります」というセリフにさらにざわめきが走った。


 ──考えていることはわかる。今までの失態は、どうなるのか、が気になるのだろう。


 モルヴィアナの力をもっても、既に行われた怪我の悪意にアクセスすることは出来なかった。モルヴィアナの最善は、これからパーティの日までのシェリルの体の安全だ。

 心まで護ることが出来ないのは、 忸怩(じくじ)たる想いだけれども。


 今回の手紙お渡し道中は、モルヴィアが淑女と交流するために催した、という体だ。だからドミニクは二人が手紙を確認したのを見て、周囲の人間を遠ざけることにしてくれたようだ。マクスウェルをそばに置いて、他の騎士たちで公爵家当主の元に向かうらしい。モルヴィアナが用意した手紙以外にも、国王がドミニクに何枚か手渡していたのを確認している。


 ヴァイオレットもモルヴィアナの思考を理解したのか、淑女らしい上手な退席の言い訳を告げて場を後にした。十分も経てば戻ってくるであろうことが分かる。


 周囲にマクスウェルしかいなくなったことを 魔力探知(サーチ)で確認する。マクスウェルにも話の内容が聞こえず、視認出来る程度の場所で護衛するよう言い含めれば、二つ返事で頷いてくれた。自分の力に自信があるものは無茶振りをしても許してくれるから好ましい。


 ようやく二人きりになったところでシェリルは求められていることを理解したらしく、しょうがないと言ったふうにため息をこぼした。


 渡した手紙が恭しく開かれる。しっかりとインクをなぞって、魔力を確認しているらしかった。ふ、と零れるように笑う。


「王妃殿下の紋章。これは、私には──いいえ、誰にも断ることの出来ない手紙ね」

「ええ、誰も。私が貴方に会うことを止められない」

「有言実行なのね」


 それはどういう感情なのだろうか。手紙をだいじに手のひらで抱えたシェリルは、モルヴィアナの名を指先でなぞった。呆れているようにも見えた。

 不安な気持ちが伝わってしまったのか「嫌味ではないわ」と微笑んだ。


「私は貴方のことが本当に好きで……だから、これぐらいのことは何でもなかった」


 なんだか、そう言いたくなった。まるで褒めて欲しいとねだる子どもみたいだと、言葉にした後で思う。

 それを理解したたのか、シェリルはまた堪らないと言いたげに笑った。素直な微笑みに見えた。

 

「公爵家は貴方の力ではないわ。貴方より前の素晴らしい人達が紡いだ全ての歴史を言う」

「それは……その通りだと思う。私も、自分の力だけで成し遂げたとは思っていない」


 足先に目を向ける。冬の最中のラグランジュはコートを着ていても寒いと感じる。指先に保温の魔法をかけておいたが悴んだような痛みが走る。

 緊張しているのだと自覚する。


「でも、そうね……ええ」


 吐息が白く染まる。落とされた声色は、今まで聞いたなによりも軽やかだった。


「私のために何かをしたいと言って、本当に私の元に来てくれたのは貴方が初めてだわ」


 手紙を開く音がする。紙のこすれる響きは胸が高鳴るようだった。本当に心の底から漏れだしたような言葉は、シェリルの本心に思えた。

 無粋な【ナビゲート】なんて使わない。シェリルの前では、何にも意思疎通を邪魔されたくない。

 真っ直ぐに見つめた先の視線はモルヴィアナを見ていない。でもそこに記されたモルヴィアナの名を、シェリルは大事そうに見ていた。

 それだけでいい。それだけで、ここに来た価値があるから。


「──シェリル。信じることは辛く険しい道だね」


 ──そう、私もそうだった。誰かを信じることも、愛することも、諦めていた瞬間があった。


 モルヴィアナが仮初で与えられた家庭は、シェリルと同じく穏やかさのないものだ。まだマシだったのは、モルヴィアナ自身に興味がないから、余程のことがなければ加害されないことくらい。

 愛して欲しいと思う心も消え果てて、そこに在るから生きているみたいなものだった。


 ──でも、そんな私に射した一筋の光が、貴方のひたむきな姿だった。

 

 神様が見せた夢の中でも、シェリルの結末はあまり変わらない。シェリルは愛されることなく、裏切られ、その後は多分死んだのだろう。場面を切り取ったみたいに流れてくるシェリルの人生の一つ一つは、モルヴィアナが感じるよりもっと酷く冷たいものだったように思える。

 

  ──でもシェリル、貴方は王子が貴方を突き放す最後の最後まで、愛されたいと、それだけのために走っていた。


 ただ初めて自分を見てくれたからというその想いだけで。その真っ直ぐな心が、とても美しいものだと思った。モルヴィアナが生きた何十年には到底辿り着けない重みがあった。


 ──今度こそ、その想いを無駄にはさせない。たとえシェリルが誰を好きになっても、私は貴方が人を愛したみたいに、貴方を愛してみせる。


「モルヴィアナ・ラングラン公爵令嬢……」

「ええ、なんでしょう。シェリル・ド・ラグランジュ公爵令嬢」


 モルヴィアナはもう、シェリルを真っ直ぐに見る資格がある。それだけが嬉しい。

 こぼれた微笑みは余所行きの繕ったものではなくなっていた。続きの言葉が予想できないのは初めてで、心臓の鳴る音に身を任せ、ただその姿を眺めている。


「貴方のことを、……ヴィー、と呼んでもよろしいかしら──と、友達になるのであれば愛称? と、いうの? いるでしょう、そう言うの。分からないけれど」


 音が世界から消えて、モルヴィアナは思わず動きを止める。張り巡らされた様々な思考は飛び散って、脳内は一瞬に初期化された。

 何の含みもない上擦った声で考えるより先に声をあげる。


「っ、うんっ……! もちろん! 私、貴方と話がしたくてここまできたんだから! シェ、シェリー?! ああっ……でも私、シェリルの名前の全ての響きが好き! どうしよう!? どうしたらいい?!」

「なら全ての響きで呼ぶといいわ。私が許すなら……誰も、何も文句なんて言えない。今の貴女には」


 耐えきれなくて思わず抱きついた。きっと以前なら何をするのだと怒られただろう。友達であるモルヴィアナは「はしたないわ」と窘められるだけ。

 その上、背中に手が回されるのだから嬉しい。あわさった胸の鼓動が同じ動きをしている。「きっと私たち、仲良くなれるわ」──そんなことを伝えると、恥ずかしそうに笑ったシェリルは「まだ始まったばかりよ」とこれからを期待させることを言う。

 

 それはとんでもなく幸福で、今までの全てが報われたみたいな気持ちだった。



 





「お客様が来ていると言うのに、私に何の言伝もないとはどういうことなの!」


 ──と、乱入者が現れるまでは。


  


閲覧ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ