4 悪女は仕掛める(4)
コンコン、ノックの音が響く。扉を開けて中に入るついでに出された音は、訪問の挨拶にしては気軽すぎる。許可を出していないのに入室する人間は兄くらいなので、モルヴィアナはいつも通り朝の挨拶をする。
朝の訓練を終えたレイモンドはルドを連れてモルヴィアナの様子を見に来たらしい。スローライフを愛していたモルヴィアナが、朝から慌ただしく支度を始めたとなるとお出かけか何かだと察するのは簡単だ。朝の訓練を切りあげて部屋に寄ったらしい。この広すぎる屋敷は訓練場から少し遠い。
「それで、朝から用意してんのか?」
「もちろん。許可が取れたなら急がないと」
連日やることが増えるから、モルヴィアナは最近働き詰めである。
公爵令嬢の朝は早い。出かける日は二時間ほどかけて用意をせねばならないところを簡易的な衣装を作成して、時短に励んでいる。何度も選ぶのはナンセンスだから、昨日のうちに服は決めておいた。
侍女たちに任せたら長引くので。
「お、新作か。可愛いな」
「お兄様ってほんと、これみよがしなフリルが好きなのね」
「その言い方は語弊があるだろ」
モルヴィアナが新しい衣装を手に入れる度、目ざとく気がついて褒めてくれる。その言葉のどこにも嘘は無いのが、モルヴィアナは一等好きだった。
きっと髪の先を少し切ってもレイモンドは気づいてくれるだろう。今日選んだ服だって褒められると思って選んだ。言うならば計画通りと言うやつだ。こういう時、酷く甘えているような気持ちになる。
以前のモルヴィアナがどんなに欲しがっても得られなかった満足感。ここが存在していい場所だと言われているみたいだった。
昨日から修練所は整備が始まっている。ラングラン公爵家の改修工事と言うことで様々な魔法士達が参加を望んだが、父は既に信用できる人間と出来ない人間を選別していた。フォイルナーの時から関係があった魔法士達以外は殆ど断られたらしい。
そのこともあり人数は慢性的に足りない。なのでレイモンドも昨日から改修工事に参加させられている。使える人間であれば問答無用で使うのがフォイルナーのやり方だ。もちろんルドも合わせて駆り出されていた。
休憩時間を捻出してすることが自分のおめかしを見に来ること、であるのが嬉しい。単純な妹としての喜びだ。
連日、手の込んだヘアメイクをしたせいか頭皮に違和感がある。オシャレは好きだが、痛みを我慢してまですることでは無いと思っているので、新しくウィドウに発注したカチューシャで前髪を止めて、髪を休ませる。ベルベット生地のリボンが衣装と合ってとてもいい。
前から思っていたが、ウィドウのイメージの再現力は目を見張るものがある。モルヴィアナのイメージ図と寸分違わぬ商品が届く度、新鮮に驚くのだ。あの日デイビッドに連れられたのはかなりの幸運だった。
最近は外を歩く時ウィドウに持ち込んだ今迄にないデザインを身にまとっていた。それが王都で受けたのか、ウィドウファッションという名で流行っている。その勢いに乗ってドレス以外も売り出すように勧めると、ウィドウなら全てが揃う、としてバカ売れしたらしい。辺境の地にあったドレスショップは今や王都で最も有名な高級ファッションセンターとなった。女性の実業家というのも珍しいのか、ファッション界の新たな風としてウィドウ夫人は引っ張りだこである。モルヴィアナが手がけたデザインは、売上の何割かが収入として支払われることになったので、またもや財産は増えるばかりとなった。品格維持費ですら使いこなせていないのに。
だから今度のファースト・ティーパーティーも、ウィドウでとびきり高級な衣装を頼むつもりだ。
「お嬢様、ヴァイオレット様がお目見えです」
ヘレナの言葉に慌ててレイモンドを部屋から追い出す。出かける時間は決まっているのだ。さっさとお家の工事を終わらせて来てとオネダリをすれば、レイモンドは渋々といった様子で修練所に戻って行った。
レイモンドと入れ違いに入室したヴァイオレットは、モルヴィアナの顔を見た途端に膝から崩れ落ちるように倒れた。淑女らしさの欠けらもなく、素直に地面にしゃがみ込む。
理由はすぐに推察できたが、可愛らしい生徒らしく盛大に驚いておく。
「ヴァイオレット?! 大丈夫ですか?!」
どうやら本当に腰を抜かしているらしい。年の頃には似つかわしくないよぼよぼとした動作で腰を下ろす。
「す、すみません。先程氷塵の騎士様にお会いしてしまい……腰を抜かしました」
「ああ……そう言えばあれ以来うちに来るのは初めてですものね」
でも氷塵の騎士様は辞めてあげて欲しい、そう伝えるとデイビッドも同じことを言っていたらしく、「お二人共似たような声色で仰るのですね」と嬉しそうに呟いた。
デイビッドだって突然家庭教師が腰から崩れ落ちたら驚くし、そこいらで囁かれている噂話の小っ恥ずかしい二つ名などで呼ばれたら頭を抱えるだろう。少なくとも本人には言わないでやって欲しい。
「い、今まで私は……憧れの方と、言葉を交わしていたのに、ッ……その一つ一つを目に焼き付けず、享受していたとおもうと。も、勿体なさすぎて」
「ヴァイオレット、その話はまた今度聞かせてください。今日は大切な任務があるのです」
心の底から悔しそうなヴァイオレットは、ハンカチを歯噛みしながら号泣していた。防水魔法がかけられている淑女のメイクは泣いたところで崩れたりしない。
──本当にあの話好きなんだ……。
モルヴィアナは先生が場所を選ばずに号泣するのを見て、多分これがドン引きという感情なのかと思考を整理した。
「もちろんです。氷塵の騎……こほん。デイビッド様からお話は聞き及んでいますので」
「よかった! ではラグランジュ侯爵家に連れて行ってください!」
ヴァイオレットは気を取り直して、淑女らしい佇まいで同じ馬車に乗り込んだ。
◇ ◇ ◇
「お嬢様、なんだか会わない間に美しくなられましたね」
馬車を揺らして数分後、ヴァイオレットはしみじみと言った様子でそう言った。視線はモルヴィアナの髪に向いている気がする。
ラグランジュ侯爵家はラングラン公爵家から少し遠い。公爵領はそれぞれ王城を中心に領地分けされた形で点在している。当主一家は王都近くの土地で暮らすことが義務付けられているため、自分の住む屋敷と領地を定期的に往復することが必要となる。これは八公が持つ莫大な遺産を少しでも消費させるためなのだとか。
「髪色のおかげでしょうか? どうやらこれが、本来の私の色のようです」
「きっとそれだけではないでしょう……」
謙遜の多用は返って失礼に当たる。モルヴィアナは嬉しいと表情に出した。
「モルヴィアナお嬢様がラングラン公爵家のお嬢様だったなんて、お知らせを受けた時は腰を抜かすかと思いました」
【ナビゲート】を眺める。モルヴィアナのステータスには【 半竜】の記載が追加された。【神竜】の権限は手に入れていたが、自分が【半竜】であるステータスはまだ確認できていなかった。話を聞かされただけではステータスに表示されなかったそれは、モルヴィアナが心の底から理解した時に刻まれたようだ。
モルヴィアナの表情を伺いながら、ヴァイオレットが意を決したように名前を呼んだ。思わず背筋を伸ばして、ヴァイオレットの言葉を待つ。
「……シェリルお嬢様も、私以外に高位の家庭教師に数人師事しています」
思わず動きを止める。その後何を話すつもりなのか、考えなくとも分かったから。
そこから続く話が聞き届けるに値しないと理解した。
「モルヴィアナお嬢様も、他の家庭教師を頼られた方が……準男爵家の私だけでは、きっとお嬢様の外聞に、」
「必要ないわ」
彼女の小さな口が否定の言葉を並べる前にピシャリと言い切る。次の言葉を話す暇など与えなかった。
ヴァイオレット。モルヴィアナが初めに見つけた使える駒。
知識は豊富だけど、口が軽そう──それが、モルヴィアナが初めに言語化した印象だ。
モルヴィアナは外の世界を知らなかった。興味を持つ必要がなかったから。
ヴァイオレットは、モルヴィアナに素晴らしいプレゼントをくれた。ラグランジュ公爵家の家庭教師という立場は、何よりも早くモルヴィアナをシェリルの元に届けてくれた。
だから、モルヴィアナはヴァイオレットを認めることにした。大切な人の一つに。
竜は恩を倍にするし、仇は三倍にする。だから──ヴァイオレットはヴァイオレット自身が嫌になるまで、家庭教師をしなければならない。
それが筋と言うものだから。
「必要ないと言ったの。ヴァイオレット、私には、貴方だけでいい。他は求めてない」
真っ直ぐに夕焼け色の瞳をのぞき込む。手のひらを重ねると、ようやくヴァイオレットはこちらを見た。
「ですが……」
「誰かに何か言われた? 私は、自分のことは自分で決めるわ」
気になることがあればなんでもしてあげる。視線に込めた意味を、ヴァイオレットは暗に読みとった。モルヴィアナはもう片田舎のフォイルナー男爵家の可愛い娘ではない。建国の八公。この世界で高貴とされる八つの一族のうちの一つを掲げる者になった。
建国の八公の威光は絶対だ。誰も軽んじてはいけない。だから──ヴァイオレットが家庭教師だと言うくらいで叛意を抱く有象無象は正さねばならない。
──そう、愚かにもシェリルを傷つけた者たちも、許してはならない。
そういうことなので、モルヴィアナはその信念にしたがって自分の扱いも大切にすることにした。自分を大切にしないものに、誰も愛せないのだから。
「だから、安心して私の傍にいてね」
ニッコリと、子どもらしい微笑みに変えると、ヴァイオレットは安堵したように息を吐きだした。馬車の中はまた緩やかな空気が流れる。
「──お嬢様、申し訳ありません。私は今、モルヴィアナお嬢様を試してしまったのですね」
「気にしませんよ。きっと不安になっただけでしょうから」
「ええ、そうです」
むん、と両手を胸の前で握りしめる。モルヴィアナの方を向いたヴァイオレットの瞳には自信が満ち溢れていた。うん、そうでなくては。
「私、もっとモルヴィアナお嬢様にふさわしい家庭教師になります!」
「まぁ、楽しみです」
だって今日は、モルヴィアナが勝ち取った同じ立場ってやつで、永遠の愛を証明しなくてはならないのだから。
気がつけば黒檀色の門は眼前に広がっていた。荘厳な装飾がその権力を象徴している。ラングラン公爵家とはまた違う、魔力に溢れた建物。
待ちわびた──ラグランジュ公爵家の入口である。
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