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正しい悪女の作り方~婚約破棄を目指して悪役令嬢に成り上がる~  作者: 藍上御書
第二章「公爵令嬢モルヴィアナ・ラングラン」
42/45

3 悪女は仕掛める(3)


 ラッセンベルグ城は白を基調としたシックな印象を受ける、国を代表する城だ。王家の一族が受け継ぐ魔力に、光の魔力が多いのが理由だとされている。

 

 黄金の装飾に彩られた扉が開く。両端に控えた近衛騎士は恭しく膝を着いた。

 王宮筆頭侍女がモルヴィアナに頭を垂れて、真っ直ぐに進むように促す。


 そこは室内とは思えないほど広々とした庭園が拡がっている。ロックウッドの公女でもあった王妃らしい、地の魔力に満ち溢れた空間だった。


「ようこそいらっしゃいました。ラングランの雪花」

「エリス、もう彼女は雪花では無いよ。春は訪れ、薔薇のように咲き誇っている」

「それもそうですね」


 国王夫妻の挨拶を耳に入れながら、モルヴィアナは隣に立つ父の姿を確認する。【ナビゲート】には強い警戒を示すステータスが記されていた。

 デイビッドは王妃──エリス・フォン・ロックウッド・ラペンドルドと公式の場で言葉を交わしたことは数度のみだという。あれだけ王城に通っていたというのに、王様と会話して終わるとかいう徹底ぶりだ。

 どうやら他の貴族に見つかると面倒になるから、王の執務室に直接訪れていたらしい。

 なんだか、他人事には思えない対応である。


 ──シェリルに迷惑をかけたくないから、部屋に直接手紙を送り付けた私と、面倒だから部屋に直接訪れる父上。血の繋がりというのは、ここまで似るものなのか。


 そんなことを思い出しているうちに、デイビッドはよそ行きのほほ笑みを浮かべて挨拶をする。


「……お招きいただき、光栄です」

「王国の主にご挨拶を。モルヴィアナ・ラングランです」


 続くようにカーテシーを披露すれば、あの裁判所では一度も見せなかった、穏やかな微笑みが落とされた。柔らかな印象を受ける大人の笑顔。

 席に着くように案内された先には、既にティータイムの準備が出来ている。適度に温められたティーカップたちに使用人が紅茶を注ぐ。

 王妃がミルクの有無を聞くので、とりあえず受け取ることにした。口の中でまろやかに混ざり合うミルクは、南端のリッチヴェルトで生産されている"リッチミルク"に違いない。


「とても美味しいです。王室御用達のロイヤルティーがリッチミルクの濃厚さで深みを増していますね」

「あら、よく分かりましたね。リッチミルクは ロックウッド(うち)の特産品ですの」

「はい、一度だけ飲んだことがあるのです。ホットミルクにしていただきましたが……未だに忘れられないくらいに美味しかったです」

「ふふ、嬉しいことを言ってくださるわね。では今度のティータイムにはこのリッチミルクをプレゼントさせてちょうだい」

「宜しいのですか?」

「ええ、ファースト・ティータイムに相応しい逸品ですから」


 ファースト・ティータイムはプレ・デビュタントを迎えた貴族令嬢に課せられた権利であり義務だ。もちろん法律できまっているわけでは無いが、普通の淑女であればどのような下級貴族でもとりあえずやる。

 一般的なただのお茶会とは違い、今後を左右しかねない重要な場だ。言うなれば淑女が自分のプレゼンをする場である。

 自分のセンスと家門の人脈を披露する絶好の晴れ舞台。魔力適正受けたプレ・デビュタント達はお互いに挨拶を交わし、ツテを作る。あのように必死に言葉を交わすのも頷ける。

 フォイルナー男爵だった頃は数人の近所の貴族とヴァイオレットだけで済んだが、今のモルヴィアナはそのような質素なパーティは許されない。既に、招待状を送っていないのに、匂わせの手紙が後を絶たないのだ。

 これが建国の八公の威光である。

 モルヴィアナのことを何も知らないのに、まるで素晴らしい人みたいに綴られた お世辞(ポエム)に頭が痛くなるというもの。

 

 そんな注目のファースト・ティータイムで適当な飲み物を出すわけにはいかない。腹の読み合いをすることなく特別な飲み物を手に入れられたのは僥倖だった。 

 

「ファースト・ティータイムのことは何処までお聞きになって?」

「プレ・デビュタントを終えた姫君たちがお互いに誘い会う、初めてのティーパーティーと聞き及んでおります」

「まぁ素敵。完璧ですね」


 たわいない会話は毒気のないものばかり。日々の暮らしのことや、フォイルナー男爵家の事業など、子どもでも答えられるレベルの読み合い。裁判所で王妃がティータイムの申し出をした時の不穏さはどこにもなかった。

 背後に立つ父と王の視線が気になる以外は。

 なぜ王様も当たり前のように立っているのだろうか。不敬の範囲が分からないので、とりあえず黙ることにした。

 

 すると王妃は胡乱な視線を男二人に向ける。


「王子様方、姫君の秘め事に耳を傾けるものではありません。王がそのように後ろから見つめていては、モルヴィアナも心から楽しめませんわ」


 要するに邪魔だからどっかにいけよ、みたいなニュアンスで紡がれた言葉に王様はヤレヤレ、と言いたげな顔をしたし父はなんとも納得いかない顔をする。

 父の反応は分からないでもない。モルヴィアナは昨日公爵令嬢という名を手に入れたばかりのピチピチの幼女である。五歳になるまでのすべてを王都外れの領地で蝶よ花よとチヤホヤされて生きてきた。もちろんチヤホヤされるに足る美貌も、理由も分かるのだが──貴族のいざこざで愛する妻を無くしたデイビッドにとって、モルヴィアナを一人置いておくことは何よりも恐ろしいのだろう。

 現にアーデルハイドは死んだのだから。

   

「失礼を承知致しますが、私は……」

「近衛騎士デイビッド。貴方の晴れ舞台は終わりました。モルヴィアナに花を持たせてやるべきときでは?」


 デイビッドが言い終わるより先に王妃が言葉を重ねる。強気な語尾に思わずデイビッドも口ごもった。

 王妃は機嫌をわるくしたわけでもなさそうだが、デイビッドがここで渋るのも印象が悪い。

 王族の意見を妨げるのは、建国の八公にも許されていない。


「お父様。私、王妃様とファースト・ティータイムの計画を立てるから、少しだけ待っていてくださる?」


 ──私のことで、王妃の印象を悪くする必要は無い。


 モルヴィアナはたとえ相手が王妃であれど、言い負かされるなんてことは無い。どうやら彼女の目的はモルヴィアナと二人きりでお話することのようだし。

 腹の中を読めないのが人の当たり前なのに、長らく【ナビゲート】とかいう力を使いすぎた結果、依存に近い感情が芽生え始めているのだろう。

 モルヴィアナは王妃と会話することによって、以前の勘を取り戻そうと考えた。


「貴方はアーデルハイド様のお話を聞いたことがあるかしら」

「はい。父から少し」


 デイビッドが居なくなった途端にその話を振るとは。真の目的はファースト・ティータイムではないのかもしれない。眼前に広げられた様々な 専用衣装(オート・クチュール)の設定画を手に取りながら、王妃の言葉を待つ。

 沈黙の合間に向けられた視線はじっとりとしていた。顔の造形全てを確認するみたいな眼差しが嫌にひっかかる。


「アーデルハイド・ルージュドラグーン。それが彼女の神名よ。彼女が竜として飛来したのは一度きり。王都を駆ける姿はとんでもなく美しかったわ。まるで燃える星のようで──」


 ティーカップが音もなく置かれる。王妃が話すのは、デイビッドが王都に戦果を持ち帰った時の話だろう。モルヴィアナがデイビッドから聞いた話では、アーデルハイドが竜の姿を形どったのはシャンヴァルスの戦いただ一つだった。


「それはそれは美しい人だった。私が、声をかけることも出来ないほど……」


 【ナビゲート】はいまだ彼女の心を映さない。【王家の矜恃】を確認する権限がないからだ。どのようなスキルか把握出来なければ解除もできない。


「本当に、綺麗な……緋色の瞳」


 真っ直ぐに伸ばされた手袋越しの指差しが頬に触れる。ゆっくりと撫で下ろされ、いつの間にか目元に添えられていた。

 話したことがない、と言う割に彼女の瞳には懐かしさで溢れていた。


「この世で一番美しい (ルージュ)


 一体その眼差しはなんなのか。聞いてみようと思った瞬間に、王妃は美しい微笑みを浮かべて、手を引っ込めた。


「さ、モルヴィアナ。素敵なパーティにしましょう。必要なものは私が教えて差し上げます。……招待状は、どうしましょう?」


 何も話す気はないのだろう。美しく彩られた化粧の下には何かが隠れている。でもそれは、王妃に限ったことではない。

 【ナビゲート】で世界を見ているモルヴィアナには人のおぞましい内面が淡白な言葉で記されたままだ。だから、その微笑みの中に何かを隠していても驚きはしない。

 だってモルヴィアナだって幼い子どもの仮面を被っているのだから。

 

「僭越ながら、王妃様。私、相談したいことがありまして──」


 気を取り直して、今出来ることをやるだけだ。


 ◇ ◇ ◇


 王妃とのお茶会は成功と捉えて良さそうだ。モルヴィアナは【ナビゲート】に記された成功報酬を見つめながら、また基本ステータスにポイントを割り振った。素早さが上限に達したらしい。今後は違うステータスに割り振らねば。

 モルヴィアナが以前行ったお茶会では好感度がどの程度上がったのか確認することが出来たのだが、【王族の矜恃】のせいで何も分からない。

 だが【ナビゲート】が映る人々のすべてを暴く代物ではないことが分かったのは大きい。受け取り方によっては、今後他のステータスで見れないものがあるかもしれないことを示唆している。

 これは神様が与えたらしいけれど、あれだけ弱っていた神様なのだから、不備があってもおかしくはない。

 モルヴィアナは慢心しないよう心掛けた。


 さて、王妃とのお茶会が盛り上がった後モルヴィアナは王妃の庭園を後にした。デイビッドが外に控えていればそのまま帰ろうかと思ったのだが、火急の知らせとかで少し席を外しているらしかった。

 王妃が好意で王宮内を好きに見学する権利をくれたので静かに観察することにした。王妃の庭園も素晴らしかったが、王宮の中庭も賞賛すべき出来栄えだ。季節に相応しい花が植えられ、草木は丸いフォルムに切りそろえられている。

 遊び心なのか、まるで迷路みたいな通路の所々にチェス駒をモチーフにしたと思われる剪定木が並んでいた。

 王宮の中は平和だ。それぞれ邪な事を考えている者はいるが、そのどれもがモルヴィアナが手ずから正すほどのことでもない。人間にはそういう曖昧さがあるものだ。

 一通り確認したので、そろそろデイビッドを探しに行こうと思った矢先に闇の魔力を察知する。即座に【魔力探知】で確認すると、モルヴィアナの数歩先、地面に蹲る形で人間がいた。

 

「何者だ」


 隠れている、と言うに相応しい格好。まさか声をかけられると思っていなかったのだろう。その物体はモルヴィアナの声に返事をせずに、じっと嵐が去るのを待っているようだった。


 数秒経っても姿を表さないので、確認のために草むらに入っていく。草をかき分けた先にいたのは。


「あ……」

「子どもか?」


 薄汚れた服に包まれた黒色の子どもだった。地面に這いつくばったまま、モルヴィアナを見て震え上がる。まるで恐ろしいものを見つけたみたいな表情。

 伸びきった髪は先が縮れ、細くなっている。ケアなどを施されたことの無い髪だ。その隙間から覗く瞳は真っ赤だった。

 いつもの癖で状態を確認してしまう。


 ──ナビゲートに頼らないでおこう、と思ったばかりだったんだがな……。


 視線をスクロールさせて、見たことない数字が目に映ったところで思わず動きを止める。


「よんじゅうご?」


 体温:45°──どう考えても健全な人間の体温ではない。


「貴方、名前は?」

「う……ァ……」


 どうやら呂律が回っていないらしかった。これは熱から来るものなのだろう。動きも若干怪しく、近づこうとするだけで震える始末だ。


 息を吐き出すような小さな音が「わからない」と形になる。名前を把握できないということはこれ以上情報が出ないということだ。どうやら平熱が45度と言うわけではないので、明らかに発熱だった。だとしたら人間の体の構造的に動くことはできないはずだが。


「なら、貴方は他者になんと呼ばれているの?」

「ゥ……」


 どう考えても痛めつける目的で付けられた傷が体に刻まれていた。執拗に右手首を狙っている切はり傷は剣のあとだった。


 よくここまで生きてきたものだ。素直に驚いた。ステータスだけで言うと、死んでいてもおかしくない。慢性的な毒に侵された体の耐久値は地に落ち、体力はギリキリのライン。毒見係でもさせられているのだろうか。

 モルヴィアナの問いかけに困ったように震えている。どうやら、名前を呼ばれることすらないのだろう。使い捨ての使用人ということだった。


 画面に現れた情報を軽く見つめる。この子どもの名を知らないし、話したのも今が初めてだが、服装や出で立ちからして下級使用人にあたると思われた。この世界では同い年くらいの少年がこんなボロボロになるまで働かされると言うわけか。

 モルヴィアナは今まで貴族として生きてきたし、この世界の人間には階級が存在することも理解していた。だが、そう言っても自分に仕えてくれている人々や、領地で生きてる人々を痛めつけようなどと思ったこともない。

 貴族という位を手に入れただけで特別だと思い上がる人間には辟易している。


 何より気になるのが。


 ステータス欄に刻まれた所持スキル。【邪神の視線】──これが何を示すのか分からないが、邪神という単語には心当たりがある。

 エルキドゥナが言っていた影とかいう存在。それらは、この世界では邪神だとか魔王だとか言われている、と。


 【ナビゲート】の説明を読むに、この世界に蔓延る呪いというものの正体が【邪神の視線】。このステータスが付与された人間は知らずのうちに世界樹である女神エルキドゥナではなく世界樹の影を信仰するようになると言う。

 信仰とは不思議なもので、自然とその人のためになることをしたくなる。何度もモルヴィアナが死んで、シェリルが破滅するのは、周りの人間がそう仕向けているから、ということなのだろう。

 

 曰く、魅了のような効果があるのだというそれは、すぐに解除できる簡易の呪いだが、女神エルキドゥナに対する信仰心がなければ簡単に再度汚染されるということらしい。

 モルヴィアナが生まれてきてから出会った人たちにはなかった文字列だった。


 それとも、モルヴィアナが今まで世界樹の影なんて存在を認識すらしていなかったからなのだろうか。


 【ナビゲート】から軽快な音が鳴って、【正解!】と表示された。自分は消滅の危機だと言うのに、やかましい神だな。


 悪意のない行いを罰することは出来るのだろうか。私が神であれば出来る、と答える。

 でも膨大な人間を殺しても──手に入るのが安寧とは限らない。

 

 ここで邪神に侵された子どもを殺したらひとつの脅威は減ると思う。少なくとも一人、邪神の信仰者はいなくなるのだから。

 

 でも、それに果たして意味はあるのだろうか。たった一人死んだとして、シェリルがハッピーエンドになるとは限らない。

 こんな、一人ぼっちの男の子に。


 モルヴィアナはほんの数瞬の間、悩んで──そして、【状態解除】した。簡易的な魅了だから魔力をほとんど消費せずに終わる。だがこの呪いは、気を抜けばすぐに再発する。まるで病だ。


 【信仰心を高めて邪神から解放しよう!】等というふざけた文字列がよぎる。

 

 ──仕方がない。信仰心の作り方などは知らないが、やってみるしかない。


 モルヴィアナは指先に氷の魔力を集める。その指で、怯える男に「動くな」と命じて触れた。恐怖に歪められた男の表情は次第に不可解なものを見る目に変わる。

 どうして、そう言いたげな視線。


「……これは」

「氷の魔法。こうすると冷たいでしょう。女神様の思し召しよ。今貴方はすごく熱いの。苦しくて仕方がないでしょう。でも大丈夫。女神様がこうしてって言ってるから」


 こんな真冬なのに──麻の布を巻き付けただけの衣服。しかも所々破れて、洗ってもいないので血痕なんてものもある。きっと殴られたのだろう。首元には締められたあともあった。


 目が見開かれる。体温が平熱に戻った所で手を離した。氷の魔力は浄化作用がある。彼の体内に結晶を仕込んで置いたので、今後高熱を出しても死ぬことは無いだろう。


 モルヴィアナは優しい人間ではない。愛するのは家族と家門の人間──それからシェリルだけ。シェリルのためを思ってできることしか頭にない。


 目の前に死にかけの人間がいた。その子には悪いはなかった。その子には──闇の魔力が備わっていた。

 平民の子に魔力が宿るのは、親のどちらかに魔力があったから。きっと彼も望まれなかった子なのだろう。

 シェリルと同じ、闇の魔力。モルヴィアナが手を差し出すに相応しい理由だ。


 だからこれは別に、優しさではなかった。


 ──この記憶をいつまでも覚えておけ。女神に感謝しろ。そうして、二度と邪神に見つからない心を手に入れろ。


 少なくともそれは、モルヴィアナが一番望むことだから。


 ──ただ真っ直ぐに生きろ。いずれそれはシェリルのためになる。


 男の唇が震える。小さな声で「どうして」と紡がれた。ステータスは見えないけれど、苦しみから開放されたことを喜んでいるようには見える。

 

「女神様がそうするように言ったからよ」


 モルヴィアナはとりあえず、代行者としてやるべきことに【邪神の視線】の解除ってやつを登録した。

 【ナビゲート】には役目を遂行したモルヴィアナを褒め称える言葉と、ただ増え続ける魔力が表示されている。

 

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