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正しい悪女の作り方~婚約破棄を目指して悪役令嬢に成り上がる~  作者: 藍上御書
第二章「公爵令嬢モルヴィアナ・ラングラン」
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2 悪女は仕掛める(2)


「──あんたの言うことは大体聞いてきたが、これはどうかと思うぜ」

「引き受けた先から文句を言うな」

「誰だって言うだろ、これは……」


 隠蔽のコートを用意させたモルヴィアナは、ジャックを従えてから夜の公道を歩く。


 モルヴィアナの命令に不本意ながらも従ったジャックは、シャルリーズに簡単な別れの挨拶をしてとっととラングランの屋敷を出ていった。「今生の別れになるかもしれないぞ」と脅しても「アンタの元でそうなるなら、そういう運命だろ」となんとも薄情なことを言った。

 家族同然の想いを抱いていたくせに聞き分けが随分いいことだと不服に思っていたら、付け足すように「それが信じてるってことだよ」と珍しく年上じみた事をいう。

 まだ二十歳にも達していないのに大人の振りが随分と上手なことだった。


 ジャックの判断に、シャルリーズも文句を言わなかった。それどころか、夜中に屋敷を抜け出すモルヴィアナの後処理を願い出すぐらいだ。

 部屋に遺したモルヴィアナの氷の分身体の管理。今までは朝方になると溶け出すこともあったのだが、そばにシャルリーズがいるなら魔力の心配もない。いつもより余裕のある夜間飛行になりそうだった。

 

 足早に屋根の上をかけるモルヴィアナの後を追うように、ジャックも飛び上がる。


「誰が"これから王宮に忍び込む。魔力隠蔽のコートだけでは気がかりなのでお前も来い"だと思うんだよ。マジでアンタじゃなかったらトンズラこいてたさ」

「それは光栄だ」

「褒めてないんだって」


 軽口を言えるぐらいならば大丈夫だ。はぐれないよう釘をさせば、ジャックは不本意ながらに頷いた。

 王城に近づくにつれ警備の兵が増える。大捕物を終えたこのタイミングで、デイビッドほどの魔力探知を仕掛けてくる兵士はいないだろうが油断は禁物だ。

 

「厳密には王宮じゃない。罪状が固まるまでの留置場だ」

「重罪犯は王宮預かりだから、そいつが入ってる牢は厳密には王宮になるんだよ」

「理屈をこねるな」

「こっちのセリフなんだが」


 まだまだ文句が続きそうなジャックを知り目に 魔力探知(サーチ)で周囲を探る。ジャックには【薫風】で広範囲の情報収集を任せているので、おおよそ危険はないと言っていい。

 だがなんと言おうがここは犯罪者が一時的に放り込まれる場所である。モルヴィアナが想定するより強い人間もいるかもしれないので、こうして二人がかりで忍び込んでいる。


 尚もぶつくさ文句を続けるジャックに、シィ、と指先を立てる。目的地についたならばあとは役目を果たすだけだ。


「お嬢様、あんた今更元凶に会ってどうすんだ。俺が言うことじゃないが……憎しみなんてもん、持ち続けても苦しむだけですよ」

「驚いた。本当にお前が言うべきことではないな」


 未だレイハウス伯爵家で生まれた自分を捨てきれず、風の魔法を好きに使っているジャックにそんなことを言われるとは思わなかった。ジャックは未だに貴族のことを憎んでいるし、モルヴィアナ以外の貴族のことは金ヅルとしか思っていない。

 モルヴィアナは兼ねてから【ナビゲート】にて催促されていた【レイハウス伯爵家の秘密】クエストを追いかけていた。簡単なサブクエストらしく、内容は図書館で調べるだけのもの。ただ、雪の結晶を使って魔力探知を広げることによって、クエストクリアの報酬がかさ増しされた様だった。

 レイハウス伯爵家は風のリシュタンヴェルゼ公爵家の分家のようなものだ。レイハウス伯爵家のやらかしは、簡単に言えばリシュタンヴェルゼ公爵家への叛意らしかった。" 古代文明の叡智(オーパーツ)"の不法売買未遂。それがレイハウスが廃嫡に追い込まれた内容だ。


 ──こんなところで繋がってくるとはな。


 つまりヘレナの、もう名も消された男爵家の家宝を国外に持ち出し、それをリシュタンヴェルゼ公爵家の罪としてでっち上げようとして、捕まったということらしい。


 その後も、レイハウスの伯爵家のやらかしは、八公の権威を失墜させる行為だと重要視され、当時の伯爵家は一族郎党全員が極刑にされた。残された末息子のジョシュアだけが何も知らなかったとして罪を逃れた。平民として過ごすことだけを許されて。


 そのレイハウス伯爵家の穴に転がり込んだのがゴルドルフ伯爵家というわけだ。レイハウス伯爵家の事業を軒並み引き継いで利益を上げた。と言っても、リシュタンヴェルゼ公爵家はゴルドルフ伯爵家との関係を切ったようで、ツテがなかったゴルドルフ伯爵家はそのまま燻っていたジェイディスに繋がった。その結果がこの人身売買事件なのだから隅に置けない。

 おかげで、ヴァイオレットを興味本位で妻に望むような大馬鹿者のくせに、慈善事業には精を出すトンチンカンぶりも説明がつく。つまり全てはフリなのだ。隠れ蓑を探していただけ、というわけ。

 ゴルドルフ伯爵は骨の髄からずる賢く、金と女はに目がない馬鹿な男だっただけの話だ。


 こう来るとレイハウス伯爵家の没落もなんだか仕組まれているような気がする。当時の事件資料はろくなものが残っていなかったが、裁判は今回のモルヴィアナの件に次ぐ程の異例の速さで行われたらしい。当時その裁判を管理していたのが王ではなく王妃のみであったことも怪しさを増している。王妃が裁判に興味がなさそうなのは今回でよくわかった。

 もしかしたら、手を回した者がいるかもしれない。

 そんなことを考えてみたが、ジャックが過去にこだわるなと言い出したので、この件は一度持ち帰ることにした。ジャックも過去を忘れられるなら、その方がいいだろう。


「お前は見張りが来ないか見ていろ」

「本当に行くのか」

「私はお前ほど湿った感情を持ち合わせてはいないからな。処理するのに必要なだけだ」


 少し意地悪な返事だったろうか。

 モルヴィアナにとってもはやジェイディスは過去の男だ。もう二度と牢から出られない愚か者。それ以外の感情はあの場所に捨て去った。 

  好戦的な微笑みを浮かべて、モルヴィアナはジャックを振り返る。気まずそうに表情を崩した男を背に、モルヴィアナは牢屋に近づくことにした。

 

 複雑な魔法を何度も組み合わせた牢屋の鍵はモルヴィアナですら解錠に少し手間をかけさせられる。何個かの制限魔法を解きながら、項垂れたまま、ピクリとも動かない男のつむじを見た。

 愚かで矮小な罪人の果て。


「……致命傷では無い。 練習(リハビリ)すれば文字くらいは書けるはずだ。その誤魔化しはもう二度と使えないだろうが」

「……アーデルハイド、」

「絶望状態から抜けられないのか。哀れだな」


 ジャックの視線が面倒だ。気にすることはない、と示すために片手で追い払う。

 もとよりモルヴィアナは別に過激な復讐がしたいとか思っているわけではない。ただジェイディスがあまりにも発狂に近い絶望を抱いていたので、それは違うなと思った迄だ。


 竜が矜恃を歪められた時に感じる苦痛はそんな気狂いで済まされていいものではない。

 モルヴィアナは息をするだけの人形にもう一度話しかける。


「お前、あの時言っていたな。"あの方"と」

「お前は、…………モルヴィアナか」

「いかにも。名を呼ばれると怖気がするが」


 失われた腕が痛むのだろう。思い出したように恐怖した男の感情を弄る。状態解除出来そうなものは軒並み済ませてやる。


「今更何を……話すことなど何も……」

「勘違いするな。お前に許されたのは知っていることを話すだけ。私はお前の嘘がわかる。求められていることが何かは分かるな?」


 【真実の瞳】を解放する。慣れた仕草でジェイディスの首を掴めば、焔の魔法に怯えたのか震える唇を開いた。


「何も、何も知らないんだ」

「……」

「本当だ。あの方はある日突然現れた。女性にも男性にも見える姿をしていた。漆黒の長い髪をなびかせて──僕の本当の力を教えてくれると言った。名前も何も知らない。いつからかそばにいた。ずっと、そばに」

古代文明の叡智(オーパーツ)はそいつが?」

「あの方は、きっと人間ではない。私の元に現れた神様だと、そう言ったから」


 頸動脈に魔力を回す。瞳を合わせても、ジェイディスから嘘は感じ取れなかった。

 馬鹿な男。よりによってそんな甘言で。

  

「──信じよう」

「え」

「お前が嘘をついていないと視た」


 首から手を離す。残された腕で庇うように自分を抱いている。


「信じてくれるのかい」


 その言葉は無視した。


 【ナビゲート】には全ての言葉に虚偽がないことだけが記されている。黒い髪の男とも女とも思えない神。それが 世界樹(エルキドゥナ)が言っていた影なのだろう。神様の一部が変質したもの。

 伝説の類に出てくる邪神とかそういうものが影に当たるらしいが、今のところ影も表立って人間を攻撃する様子はない。

 あの空間で、エルキドゥナが 誓約(ゲッシュ)という言葉を使った。魂に紐づいた契約。きっと影は人間を直接壊せないし、エルキドゥナは直接影を攻撃できない。

 あれだけの茨に巻き付かれながら、エルキドゥナは攻撃の姿勢すらとらなかった。

 誓約という名の元に、色々詰まっていそうだった。


 神様が直接指示せず、このような謎の【ナビゲート】で道を示していることが全ての証左にも思える。


 聞きたいことは聞けたから、モルヴィアナは最後に釘を刺しておくことにした。ホッと胸を撫で下ろしている愚かな人間に。

 

「お前には初めから氷の魔力などない。まやかしに取り憑かれただけの阿呆が良くも母上をバカにできたものだ」

「違う、僕はッ……!」

「お前が生きようと死のうとどうでもいい。反省しようと、どうなろうと私の人生には関係ない。だが覚えておけ」

「僕は、僕は……ただ……」


 幼い子どものようにうめく。

 目の前の子どもの姿は、もうジェイディスには見えないようだった。


「ただ幸せになりたかった? 他者を不幸せにしてまで?」


 それは思い上がりと言うものだ。人間の享受できる幸せは己の手のひらに掴める分だけ。許容範囲を超えて望んだものが爆発することは多々ある。

 

「私はお前を一生許さない。精々自分のした事を悔いて死んだように生きろ」


 【ナビゲート】を確認する。状態異常にラベリングされるらしい絶望は未だ長く残っている。追い打ちをかけた言葉たちに、ジェイディスはまたもや絶望したらしい。

 でも、モルヴィアナには【状態解除】がある。問答無用で魔力を消費した。


「お土産をやる。継続的にお前の精神を 清掃魔法(クリーン)が綺麗にしてくれる。安心して狂うといい。朝が来る度にお前は正気を取り戻し、己のしたことと向き合うことになる」


 狂っておしまい、なんて許されるはずがない。用が済んだモルヴィアナは変わらず凛とした佇まいで闊歩する。初めこの牢にやってきた時と同じ表情で。


「お嬢様だけは敵に回したくないな」

「余程のことがない限り、私もここまでおいつめない」


 こうして、モルヴィアナはようやくアーデルハイドの仇を完璧に討ち取ったのだった。






 

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